1、崩壊した「三十日戦争」の計画
大陸暦三三九年、十二月末、開戦から約一ヶ月が経過した時点で、帝国の首脳部が描いていた「今年中の迅速な勝利」という計画は、完全に崩壊していた。
リソスフェア地峡。主攻勢目標であった「フリーデリケライン」は、帝国軍が流した血で赤く染まりながらも、依然として大公国軍の手中にあった。鋼鉄の巨人と謳われた帝国の重装騎士団が、大公国の弓手と障害物に行く手を阻まれ、残骸を晒している。
ガドリン湖北方では、ヤベイナでの大公国の反撃により、帝国軍のフリーデリケラインへの側方迂回作戦は阻止され、戦線は膠着した。
中部戦線でも、精鋭の名をほしいままにしていたラティルス・アストラガルス両騎士団が、デュモルチ街道の深い森に吸い込まれるように壊滅した。貴重な装備は大公国軍のゲリラ戦術によって奪われた。
「今年中に大公国を地上から消滅させる」という皇帝ジュゼッペの傲慢な夢は、大公国の厳しい冬と、白い幽霊のように音もなく忍び寄る敵兵の抵抗によって、無残に打ち砕かれたのである。
帝国兵たちが直面していたのは、敵の刃よりも凄惨な現実だった。
帝国軍の内部は、外敵よりも深刻な病に侵されていた。兵站は崩壊し、弾薬よりも先に食糧と燃料が尽きた。
フリズナ公爵らの粛清で有能な将校を失った指揮系統は硬直化し、現場の惨状を無視した正面突撃の命令だけが空虚に響く。
捕虜となった帝国兵の瞳に宿るのは、忠誠心ではなく、飢えと凍傷、そして底なしの絶望だけであった。




