狂う3
飛ぶような勢いで家に帰ると、呑気な顔をしたお母さんがテレビドラマなんか見ていた。
「なにしてんの!」
「え、なに。おかえり」
なんでそんな怒ってんの、とおかしいのはお前の方だと言わんばかりの眼差しで見てくる。
頭にカッと血が上る。
「晒したんでしょ! 生理きたこと! 今すぐスマホ出して!」
「え。ちょっと! 勝手にいじらないでよ——」
テーブルに置いてあったスマホを、勝手に手に取ってSNSを起動する。
『姫美に初潮が訪れました』
その一文を目にした瞬間、全身の血の気が引いた。
手が震えてスマホを取り落としそうになると「危ない!」とお母さんがすかさずキャッチした。
スマホが一番大切なもののように、取り乱している私よりもスマホに傷がないか熱心に確認している。
「生理が来た」と伝えた時のお母さんのはしゃぎようを思い出す。
——それはめでたいわ! お祝いしなくちゃね。
いそいそとご馳走の準備を始めたお母さんに、私はそんなことしなくていいよ、と言った。恥ずかしかった。いつも通りに接してほしかった。
赤飯が食卓に並んだ時は、流石にギョッとした。
お父さんは予期せぬご馳走と赤飯に驚き「なんなの。今日は何かめでたいことがあったの?」と嬉しそうにお母さんに訊いた。
お母さんは生理のことを言いはしなかったけれど、意味深な含み笑いを繰り返してお父さんに目配せした。
勘の悪いお父さんがようやく察した瞬間、私は穴があったら入りたいと思った。こんな状態で食事なんかできるわけないと思った。
でも、お母さんがせっかく気合いを入れて作ってくれたご飯だ。食べたくないと言えば、きっとお母さんはすごく悲しむ。
だから私は、無理しながら何とか食事を口に押し込んだ。泣きそうになるのを顔に力を入れて必死に耐えながら。
「なんでバラしたの! 最悪なんだけど!」
「ちょっと。少し落ち着いてよ——」
「落ち着いてられるわけないでしょ! なんで? なんでいちいち私に関するアレコレをSNSにあげるの! 世界中に監視されてるみたいだよ……」
床にへたり込んで顔を覆う。
「ちょっ、ちょっと何泣いてるの。こんなことで」
本当に意味がわからない、というような口調だった。
「だって嬉しかったんだもん。姫美が大人になっていってることが。姫美は大したことないって思うのかもしれないけど、初潮は女の子の成長に欠かせない大切なイベントなのよ? 本当にめでたいことなんだから」
「…………」
本当に同じ話題を話してる? お母さんのずれた発言にそう思わずにはいられなかった。
「幸せのおすそ分けをしたかったの」
お母さんは不特定多数の人に私の成長を言いふらして、幸せをもたらしたかった——らしい。
「子どもの成長って微笑ましいものでしょう? SNSに子どもとの写真をあげてる親なんかごまんといるわよ。私のフォロワーさんだって、娘と海に行った時の写真アップしてたし」
他の人が当たり前のようにしてることを、なぜ私だけ糾弾されなければいけないのかわからない。
お母さんの言動が、表情が、そう訴えていた。
これは男子に言われたことを伝えなきゃわかってもらえない。私がどんなに惨めな気持ちになったか。
言おう。言わなきゃこのお母さんにはわかってもらえないと思っても、どうしても口が動かない。
「でも……でも私は嫌なの……もうお母さん、SNSやらないで……」
お母さんはギョッとして、なんてこと言い出すのだ、という表情になった。
「わかった。姫美のことはもう書かないようにするから。だったらやめなくてもいいでしょ?」
ね? ね? と焦ったように訊き返すお母さん。
これ以上私のことを晒さないでくれれば、私はそれでいい。お母さんの言葉に頷くと、お母さんはあからさまにホッとした。
「それにしても『世界中に監視されてる』だなんて大袈裟ね」
お母さんが台所に行き、夕飯の準備を始めようとする。
「芸能人でもないただの小学生のことなんか、誰も気にしてないって。自分のことを世界中が見てると思うなんて、大した自信ね」
どうして余計なことを言わないと気が済まないのだろう。
自意識過剰だと嗤われても、筋道立てて論破する気力なんて湧いてくるわけなくて、私は唇を噛んで耐えるのが精一杯だった。




