思春期1
『今日はビックリすることがありました! 肌着だけじゃ胸が辛くなってきたからブラがほしい、って姫美が言うので、下着を買いにショッピングモールへ! 姫美ブラデビューです! おめでとう!』
姫美が11歳の誕生日を迎えた一ヶ月後。育良は買ってきたブラの写真を自身のアカウントにアップした。
『女の子の成長過程の中で、ブラデビューは大事なイベントです。これからも可愛く成長していってね!』
投稿を終えると、すぐさまフォロワーからたくさんの反応がくる。
『姫美ちゃん、可愛いブラが買えてよかったね!』
『そうだね。もう小5だもんね。子どもの成長は早いなあ……』
『これからも姫美ちゃんが元気に過ごしていけますように!』
ふふん、と思わず洗い物の最中に鼻歌を歌い出してしまった。
SNSを見ていると、まるでフォロワーさんたちと一緒に子育てしているような錯覚に陥る。
姫美が生まれた時から、ずっとフォローしてくれている人もいる。
みんな姫美のことを愛してくれている。私の娘を。私の家庭を。
人生は順風満帆にいっている——そう思っていた。
『娘が嫌な友達にいじめられているみたいなんです』
意味深で断片的な情報をアップすると、次々にフォロワーたちから心配の声が寄せられた。
『いじめ!?』
『大丈夫ですか!?』
『大変だー!』
育良は、二階の自室に上がってしまった姫美の言葉を思い出していた。
『何年も前のことを、大勢の前で揶揄われたらしいです。5歳になるまでオムツが取れなかったことを、教室で揶揄われたのだと。娘はショックのせいで自分の部屋から出てきません……私は母親としてどうすればいいのでしょうか』
そう投稿すると、娘への同情と友達に対する怒りの声が届く。
『クラスのみんなの前で、そんなこといじられたの? ひどい……それはショックですよね』
『娘さんかわいそう……そんなことする子、もう友達じゃないよ!』
『大変な状況だけど、そんな時だからこそお母さんが寄り添ってあげなきゃですね!』
フォロワーの優しさが、傷ついた心に沁みる。
『みなさんありがとうございます。姫美には言ったんです。嫌がってるのに揶揄ってくる友達なんか友達じゃないよ、って。今後その子とは距離を置いた方がいいと伝えたら、姫美は怒って凄い剣幕で二階に上ってしまいました』
育良は凄まじい集中力で文章を打っていく。
『私の言い方が悪かったんです。娘にとっては仮にも友達だというのに、キツイ言い方をしてしまった。もうちょっと傷ついた娘に寄り添う口調で伝えるべきだったのに……私はダメな母親です』
自罰的な文章をアップすると、フォロワーたちの温かな慰めの声が次々にやってくる。
『お母さんの気持ち、娘さんにもちゃんと伝わってると思います。大丈夫です』
『きっと時間が経って落ち着けば、元の元気な姫美ちゃんに戻ってくれますよ』
『私が娘さんの立場だったら、お母さんにそう言ってもらえるのはめちゃくちゃ嬉しいです! 気に病まないでください。育良さんは良いお母さんです!』
止まない通知に、不安定にされた心がだんだん穏やかになっていくのを感じる。
『ありがとうございます。夕飯の時、姫美と改めて話し合ってみようと思います』
『みなさんお騒がせしました! 先日の姫美のいじめのことですが、例の友達とは話し合って仲直りしたそうです!』
翌日、育良はそう投稿した。
『おお!』
『ドキドキしながら待ってました!』
『許したんだ。優しいね、姫美ちゃん』
スマホの画面が祝福で埋め尽くされる。それを見て育良は、全て一件落着したのだという実感が湧いてくる。
『ただお母さんへの態度は、まだちょっと厳しめです……(汗)。そろそろ反抗期が始まる時期だし、これからこういうことが増えてくのかも……(涙)』
姫美ももう11歳だ。女の子だから「うるせーババア!」なんて言葉遣いは流石に出ないと思うけど、今よりもっと酷い反抗期が来るかもしれない。
そんなことを思って憂鬱になっていると、通知音が鳴った。
『素直になれない年頃ですよね……』
『親の心子知らず、ってやつですね。大人になってから親のありがたみって気づくんですよね』
『反抗期は子育ての中でも大変な時期ですけど、頑張って乗り切りましょう!』
『育良さんは良いお母さんですよ! これからも応援してます!』
こんなにたくさんの人に応援されるなんて。ネットがなかった時代ならありえないよなあ……。
育良は、自分が子育てをする時代にSNSが普及していて良かったと、しみじみ思った。




