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30001人に殺された娘  作者: 絶対完結させるマン


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15/16

悟り

 ***


 50歳の姫美は『引きこもりの娘と私』の読者レビューを見ていた。


 一日10回『引きこもりの娘と私』を検索して、最新の反応をチェックするのが、長年の日課になっていた。


 やめた方がいいと思っていてもやめられない。


 『娘ひどくね?』

 『普通に性格ゴミだよね』

 『俺が母親だったら、とっくに殺してるwww』


 漫画の中の"娘"に対する怒りと嫌悪感迸る感想が、画面を埋め尽くす。


 漫画の中の姫美を見れば、そんな感想が出てくるのは自然の流れと言えた。


 いい年して働きも勉強もせず、家から出ることすらせず、献身的な母親に辛くあたる。漫画の中で姫美はいわゆる"毒子"として描かれていた。


 確かに描かれていることは事実だ。


 お母さんが作ったオムライスを床に払い落としたことも、誕生日にお祝いとして作ってくれた赤飯を口に入れた瞬間吐き出したことも、買ってきてくれた服を「そんな服死んでも着ない!」と拒絶したことも。


 全部全部、私がやったことだ。真実だ。


 でも。でも……。


 やるせない気持ちが高まり、姫美は檻の中の動物のように狭い部屋の中を歩き回る。


 姿見に映った自分の姿に、愕然とした。


 樹皮のようにボロボロで薄汚れた肌。箒のようにパサついた硬い髪。ひび割れた土色の唇。たるんだ三段腹。


 決して触れたいとは思えない醜い中年女が、そこにいた。


 姫美という名前の面影を微塵も感じさせない容姿だった。


 姫美は、鏡を衝動的に叩き割っていた。


 「ああああああ!!!」


 フケが部屋に散乱するのも構わず、頭皮をかきむしる。


 「姫美! 何してるの!」


 母親が部屋に入ってきて、姫美を取り押さえる。


 「うぅ……ううぅぅ……!」

 「なんなのもう……」


 皺だらけのドン引きした顔が、割れた破片に映り込む。


 年をとった。お互いに。


 50代の娘を取り押さえる70代の母。


 この状態を他人が見ればどう思うだろうと頭を過って、憂鬱に拍車がかかる。


 その日から、部屋に鏡を置かないようにした。


 翌週、ヒステリーを起こして部屋の姿見を叩き割る姫美が、漫画雑誌に掲載されていた。


 『引きこもりの娘と私』は、それなりに長く続いている雑誌の週刊連載を勝ち取るまでの人気作になっていた。


 自分の悲しみ、怒り、錯乱。全て漫画のネタにされる。


 お母さんは私の人生を搾取してる……。


 ねえお母さん。

 私オムライスそんなに好きじゃないんだよ。


 子どもが好きなものといえばこれだ! って考えで作ってたんだろうけど、私はオムライスよりもおひたしとかゴーヤチャンプルみたいなやつの方が好きなの。


 服だってピンクとか赤とか明るい色の物を昔から買ってくれたけど、私は水色や紺色の服の方が着たかった。


 印税で買ってもらったスマホで、お母さんのSNSアカウントを久しぶりに見る。


 『姫美ももう50歳。家の中にいて運動しないので、もう全身だるんだるんです……(笑)。まさかこの年になるまで自立しないとは思いもしませんでした』


 強く噛んだ唇から血が流れ、ボロボロの唇がまた傷つく。


 『でも、どんな無様な姿でも私の大切な娘であることは変わりません。体力が続く限りは私が娘を守ります』


 その投稿についたコメントと、好意的なコメント一つ一つについたお母さんの返信に一晩かけて目を通して、姫美はようやく悟った。


 お母さんは絶対に変わってくれない。




 姫美がトイレのために下に降りると、夕飯の支度をしていた母に話しかけられる。


 「ねえ。ピーラーってどこにあるんだっけ?」

 「え……二番目の引き出しでしょ」

 「ああ、そうだった。最近忘れっぽくてダメね」

 「忘れっぽくて、って……」


 何年間も同じ場所に仕舞っていた物を忘れるなんて、あり得るだろうか。


 違和感が確信に変わったのは夕飯を食べている時だった。


 「お父さん、今日は早く帰ってくるといいね」

 「何言ってんの。お父さんはずっと前に家を出ていっちゃったじゃん」


 そう返すと「あなたこそ何言ってるの」というような顔をされた。


 母は認知症になっていた。


 徐々に体力もなくなっていき、家事をこなすことも困難な状態になったのはあっという間だった。


 力を失っていく母に比例して、姫美は日に日に不思議な活力が湧いてくるのを感じていた。


 いつの間にか、外にも出て歩き回ることもできるようになっていた。


 前みたいに幻聴が聞こえてきたり、視線が突き刺さってくるような感覚もない。


 まるで母親の生命力を、娘が吸い上げているようだった。


 母がトイレに失敗して、便座の上に小便が垂れていたのを発見した時、姫美は天啓とも呼ぶべき考えに打ち抜かれた。


 漫画を描けなくなった育良は『引きこもりの娘と私』を完結させた。


 漫画を描けなくなった育良は、"先生"でも何でもないただの無力な老婆になった。


 完結のタイミングと同時に、姫美はSNSアカウントを作り、記念すべき最初の投稿をした。


 『母のありがたみがようやくわかりました! これからは私がお母さんを支えていこうと思います!』


 次々にやってくる祝福たち。


 『おめでとう! 最高の完結の仕方したな……。もうお母さんを困らせないでね!』


 そのコメントを読んで、姫美はほくそ笑んだ。


 そう。『引きこもりの娘と私』はこれで完結。


 これからは新しい物語が始まる。

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