狂う7
「なんでこんなことしたの!」
お母さんの顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
目元が何度も擦ったみたいに真っ赤で、私は大変なことをしてしまったのだと理解した。
なんて馬鹿なことをしたんだろう。
「ごめんなさい……ごめんなさい、お母さん……」
号泣してお母さんに抱きつくと、温かい両手が背中に回る。
お母さんの背中は、想像していたよりも小さかった。
こんなにか弱いお母さんに、とてつもない心労をかけたんだ。
私の胸は罪悪感と後悔でいっぱいになった。
「学校でいじめられているのね」
憤然とした顔つきになるお母さん。
「ねえそうなんでしょう!? ずっと辛かったのよね!? 誰!? 誰にいじめられているの!?」
下駄箱に入れられた赤飯のことを思い出して、息が詰まって言葉が出てこなくなる。体中から変な汗がダラダラと出てきた。
「なんで何も言わないの! 黙ってちゃわかんないでしょ!!」
大きな声で責められて体が硬直する。こちらを咎める視線が突き刺さる。
「わ、わかんない……」
「わからない? そんな答えはないでしょ」
「本当にわかんないの……。下駄箱にせ、せ、赤飯が入れられてて……だ、だれが入れたのかわかんなくて……」
「下駄箱にご飯が……?」
お母さんは口元を押さえて「なんて酷いことを……」と涙を流した。
私のために泣いてくれるお母さんを見て、私が受けた仕打ちに同情してくれる姿を目の当たりにして、閉ざしかけていた心の扉がまた開きかけていく。
私は、今まで学校の子たちから受けてきた嫌がらせを、ポツポツと打ち明けていった。
話の途中で、お母さんはまた私を抱きしめた。
「ごめんね、姫美。気づかなくてごめんね。ずっと辛かったよね。ごめんね」
わかってくれたの?
お母さんが軽い気持ちでやったことが、私をここまで追い詰めたんだって——。
「お母さん、学校に行って抗議してくるから」
「……え?」
「お腹を痛めて産んだ娘をこんな目に遭わせて……いじめの首謀者も、いじめに気づかなかった担任も、そんな生徒を育てた先生たちも許せないわ」
お母さんは、しきりに「許せない」と言った。
学校が全て悪いのだと言わんばかりの態度に、私は涙も引っ込んだ。
「姫美は可愛いから、レベルの低い子に妬まれちゃうのね。可哀想に。小学校ですらこんななんだから、中学校はもっと酷いはず。——姫美」
お母さんの頭の中では、どんなストーリーが進行しているのか飲み込めないまま、私は反射的に返事する。
「中学は私立のところにしよう。公立の学校は危険だから」
「え……」
「私立なら治安も良くて、いじめっ子もいないはずだから——お母さん、色々調べて姫美にピッタリの学校見つけてくるからね」
お母さんは気づいてないんだ……。
私がいじめられた原因は、お母さんにあるんだってことを。
お母さんは、もはやクラスメイト全員があのアカウントを知っていることを知らない。
私が話さなかった。話したくなかった。
「違うよ!」
「なに? なにが違うのよ、姫美」
「あのね…………」
言葉が出てこなくなって、お母さんが苛立っている気配が伝わる。
「私がいじめられた理由は……理由はね……」
手のひらに爪が食い込む。
全てお母さんのせいだと、そう叫ぶべきだと心が言っている。
お母さんが私の成長を全世界に晒したから、こんなことになってるんだから!
お母さんが私のおむつ事情も、初恋の時期も、出来の悪かったテストの答案用紙も、初めて買ったブラも、生理が来たことも、全部全部ネットに上げちゃうから、私はあんなに揶揄われて嫌な思いしたんじゃん!
全部お母さんのせいだから!
頭の中ではそんな言葉が渦を巻いているのに、お母さんを前にすると何も言えなくなる。
何を言ったところで、わかってもらえない気がして。私の叫びが無駄にしかならない気がして。
何も言わない私の頭を、勘違いしたお母さんが優しい手つきで撫でる。
「大丈夫。お母さんに任せておけば安心だから」
昔はそうだった。幼い私にとってお母さんは真っ先に頼る存在で、お母さんに相談すれば何かしらの解決策が見つかる、という安心感があった。
でも、お母さんを信頼して何もかも相談した結果、こうなった。
足場が音を立てて崩れ落ち、奈落に落ちていく感覚だった。
しかし、これはまだ序の口だった。
私はもっと暗い穴に落ちることになる。
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