幼年期
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『今日退院しました〜! 久しぶりの我が家はホッとしますね! 赤ちゃんも喜んでる気がします』
育良は、スマホで文章を打ち込むと、生まれてまだ日が浅い娘の写真を撮った。
『これが私の天使の姫美ちゃんです〜。お姫様のように美しいのでこの名前にしました〜。これからよろしくね姫美ちゃん』
文章と共に新生児の写真を投稿すると、すぐにフォロワーたちから反応が来た。
『可愛い! 退院おめでとうございます!』
『この頃が一番可愛いんですよね〜! 出産お疲れ様です!』
次々と労いと賛辞と共感の声が届く。育良のフォロワーたちは、そのほとんどが子育て世代の女性だった。
『みなさんいつもありがとうございます! これからは、姫美ちゃんとの楽しい日々をちょくちょく投稿していくつもりなので、今後とも温かい目で見守っていただければ嬉しいです!』
妊娠中につわりの辛さを吐き出したつぶやきを投稿したことが、事の発端だった。
自分の感情を整理するために書いた文章に思いの外反響が返ってきて、育良は「一人じゃないよ」と言ってもらえた気がした。
それから妊娠中の生活についてSNSで呟くのが日課になり、日を経るにつれてフォロワーは増えていった。
『幸せのおすそ分け、ありがとうございます!』
そんなコメントが来て、自分の存在が誰かの役に立っているのだという多幸感が、じわじわと育良を満たしていく。
可愛い我が子の写真を見せる。そしたらみんなが喜ぶ。その反応を見て私も喜ぶ。
幸せの円環が出来上がる。
姫美と共に退院してから、一ヶ月。
毎日が大変だけれど楽しいことの連続で、育良は上機嫌だった。
『姫美ちゃん可愛いね〜、って言ったら、ニッコリ笑いました! こっちの言葉が何となくわかるのかな?』
『絶賛お昼寝中です! スヤスヤ眠ってま〜す。どんな夢見てるのかな?』
『今日も夜泣き……姫美ちゃんを抱えて近所の公園に。早く機嫌直して〜!』
ハッピーな文面の中に時折育児のしんどさを混じえると、フォロワーの反応は目に見えてよくなった。
『うちの子も夜泣きが酷かったです。なんで泣いてるのかわかんないと不安ですよね……』
『うちは壁の薄いマンションでしたから、夜泣きが始まると毎晩近所の広い公園に出ていました』
『赤ちゃんって寝てほしい時に寝てくれなくて、夜になってもお目目ぱっちりってことありますよね。基本自己中なので(笑)』
『育児』『子育て』とは、こんなに多くの人間の関心を惹きつけるものなのかと、育良はあまりの反応の良さに驚いた。
画面の向こうの誰かに鼓舞されることで、孤独が癒される気がした。
母親として尊敬され、"同志"として共感されることで、自分がこの世にとって有益な存在だと太鼓判を押された気がした。
子育てに関するつぶやきをあげることで、フォロワー数は右肩上がりに伸びていった。育良の生活は、育児中心のものに変わった。よって発信することも育児のことばかりに変わった。
独身時代とは比べ物にならない数のフォロワーが手に入った。
『今日は姫美ちゃんの一歳のお誕生日! お姫様のドレスを着せてもらってご機嫌です』
その文章と共に、シンデレラモチーフの子ども用ドレスを着て、慣れない服に居心地悪そうに袖を引っ張っている一歳の姫美の写真がSNS上にアップされた。
『今日は入園式! 姫美ちゃん、幼稚園で友達100人できるかな? 100人は無理でも、友達たくさんできるといいね!』
その文章と共に、幼稚園の門前で撮った家族写真。
『もうすぐ小学校の入学式! 姫美ちゃんにピンクのランドセルを買ってあげました! 親バカかと思われるでしょうが、世界一可愛い〜!』
その文章と共に、ランドセルを背負った姫美の写真。
育良は健やかに成長していく娘の記録をつけるような感覚で、SNSへの投稿を続けた。
『体操服はもう買いましたか?』
フォロワーの一人から、そんな質問が来た。
『たそたぬき』という姫美が5歳の頃からフォローしてくれているユーザーだった。
『入学説明会で買いました!』
『体操服を着てる姫美ちゃんが見たいです』
大切なフォロワーにそう言われて、育良はすぐに姫美に体操服を着せて、笑顔でピースをした姫美の写真をアップした。
すぐさま大勢のフォロワーから、好意的な反応がくる。
その反応の一つ一つを真剣に確認しながら、育良は幸せを噛み締めていた。
ああ私はなんて幸せなんだろう。
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