校正者のざれごと――「この木なんの木」と校正のお金の話
私は、フリーランスの校正者をしている。
先日校正した本では、たくさんの企業を傘下に持つ会社の例として、日立グループについて書いてあった。そして、あの有名なCMソングの歌詞が出てきた。私の記憶では、大きな木の映像の上にたくさんの系列会社の名前が流れている。
歌の歌詞が出てきたときは、許諾が必要になるので編集者に注意喚起する。そしてもちろん、その歌詞が正しいかどうか確認する。このCMソングは『日立の樹』といって、日立グループのホームページにある「日立の樹オンライン」で確認できる。
「この木なんの木 気になる木 名前も知らない木ですから……」
何度も耳にしているので、まあ間違えることもない。ところが、気になるところが出てきた。それは、歌の最後の台詞の部分。
「システムの日立グループです」
あれ? 確かよく耳にしたのは「Inspire the next 日立グループです」だったような。「日立の樹オンライン」にあるCMソングのページを見ると、このCMは第1代から第9代まであるという。歌詞はすべて同じはずだが、最後の文言は違っているかもしれない。しかたない。第1代からすべてのCMの動画を確認する。すると、使われている時代によって最後の文言が違っていることがわかった。私の記憶にあった「Inspire the next 日立グループです」は第8代。「システムの日立グループです」はどのCMの台詞にもなく、第5代で「システムで考える~」、第6代で「システムとエレクトロニクスの~」となっていた。ちなみに第5代までのCMの画面には「システムの日立グループ」の文字はあった。調べものをして疑問が出てきたときは参考になるページのコピーをつけることがあるが、今回は歌詞。音でしか確認できないので、何度も繰り返し聞いて、すべて文字に起こして、ゲラ(校正紙)の余白に書き込んでいく。結局、この1行のために半日以上を費やしてしまった。そして私の頭のなかは、「この木なんの木~」のリフレイン。
校正の依頼を受けるとき、たいていは、いちおうざっくりとした金額の提示がある。提示の仕方は本によって違うが、ページ単価だったり、文字単価だったりする。たとえばページ単価が300円で250ページの本であれば、1冊で75000円。文字単価0.5円で42字×16行×250ページの本であれば、84000円という具合。これを、どのくらいの時間をかけて作業するかによって月々の収入が決まるということだ。もちろん、それぞれの本には締め切りがあるのでそれに間に合うように作業する。そして、悲しいことにフリーランスの身としては、単価のいい悪いを判断して仕事を受けたり断ったりするということは基本的にない。というか、できない。
ここで、作業内容と校正料金との兼ね合いが問題になる。先ほどの『日立の樹』のように、1行の文章に半日費やしてしまうとどうなるか。一度気になってしまうとどうしても深く調べたくなってしまうが、あまり時間をかけすぎるのも問題がある。出版社によって求められるものもちがう。すべてについて細かく調べてほしいという会社もあれば、あらかじめしてほしい作業と不要な作業を提示されている場合もある。もちろん、それが校正料金の違いにもなる。
あまりはっきりとした料金の提示がないまま依頼されるというケースもある。それぞれの本の内容によって作業量はかなり違ってくるからだ。歴史小説のように細かい調べものが多い場合もあれば、軽い感じの自己啓発本のように、あっさりと読めてしまうものもある。このような場合には、作業が終わった後に、出版社との交渉で料金が決まってくる。
ちなみに、私は校正の合間に教材の執筆の仕事も受けているが、執筆は基本的にページ単価を提示されて依頼が来る。そしてたいていの場合、校正よりも単価が高い。先ほどの例で校正の1ページの単価を300円と書いたが、執筆ではページ単価3000円ということもある。ただし、1ページにかかる時間は執筆のほうが圧倒的に長い。手を止めて考える時間が必要なので、すんなりと進められることがあまりない。内容によっては、1日に終える作業が3ページ、4ページということもある。1日8時間、ページ単価3000円で4ページの作業を終えたとすると、時給換算で1500円。
ちょっとあからさまに金額を書きすぎて、そろそろやめておこうかな、という気になった。ここで示した金額はあくまで一例で、校正のページ単価が200円を切っていることもあれば、500円を超えることもある。執筆でも千円台ということもある。令和7年度の最低賃金の加重平均額は1121円だそうだが、それを下回るような仕事ももちろんある。
「日立の樹オンライン」には歴代CMの動画以外にもおもしろい情報があった。CMの映像に出てくる木はハワイ・オアフ島にあるモンキーポッドという木なのだが、実はほかにもあり、全部で4種類だという。そして、最新の第9代のCMは、あの系列会社の名前の一覧が流れていない。先日校正した本には、今の時代は系列会社をたくさん持つよりも、経営をスリム化していく傾向があると書いてあった。CMもそんな時代を反映しているのかも。
調べものをして得る知識は、時給換算では割に合わない場合もあるが、次の仕事に役立つかもしれない。そんなことを思い、調べものの深みにはまる。ある意味、仕事なのか、好奇心なのか。でも、好奇心につられて仕事をするのも、悪くない。言い訳かな。




