2章
初めて一緒に帰ったとき、平然と日傘を差した彼に芽唯はとても驚いた。真夏ならわからないでもないが、まだ四月だったのだ。同級生の男子から「春の紫外線はバカにできないよ」と、いつだったか母親に言われたのと同じセリフが飛んでくるとは思ってもいなかった。
日笠くんはちょっと──いや、かなり変わっている。
それは芽唯の主観だけではない。学年で一番成績の良い彼は、学年どころか、全校生徒のあいだでちょっとした有名人だ。
日笠くんを有名人たらしめたのは、彼の趣味である「誕生日集め」だった。
人の誕生日を収集し、データ化して、誰かの誕生日の当日になれば本人のクラスまで赴き、お祝いの言葉をかけ、パーティー用クラッカーの糸を引く。それは生徒でも教師でも、知人でも知らない人でも関係ない。祝われて悪い気はしないからか、文句を言う人は誰一人としていなかった。芽唯も今までに二度、祝ってもらったことがある。
なぜそんなことをするのか? と問われたとき、日笠くんはこう話したらしい。
「みんなそれぞれ反応が違って面白いから、この人ならどういう反応になるかっていう実験なんだよ」──と。
日笠くんからあふれる知識欲と知的好奇心は、「変人」のレッテルを貼られるのに充分なほど、凡庸な高校生たちの目に異様に映っていた。
駅に降りる階段の手前で、日笠くんは日傘をたたむ。地下鉄から地上に出てきた人たちはそれを見ると、訝しげに空を見上げて、手のひらで何かを受け止めようとした。
空は嘘みたいに晴れ渡っている。
雨が降っていないことを確認すると、人々はそれぞれの方向へ散っていった。
すれ違いざまに、高齢のおじいさんが日笠くんに声をかける。
「おにいさんが傘差してたから、雨降ってるのかと思ったよ」
男子高校生と日傘の組み合わせは、アルバイトの面接に就活スーツで臨むくらい、非常識ではないがミスマッチのようだった。一緒に帰る回数を重ねた芽唯でさえ、驚きはしないがいまだに慣れてもいない。
目尻に皺を寄せたおじいさんに、日笠くんも満面の笑顔で返す。
「日傘です。熱中症対策にもいいですよ。東京じゃ、大雨よりも暑さのほうが危険だから、夏になったら試してみてください」
日傘普及運動は学外でも続いているようだ。
返事の代わりに片手をあげて立ち去ったおじいさんの背中を見ながら、
「うーん。なかなか普及しそうにないなぁ。日傘」と、日笠くんは本気で悩んでいる。
芽唯はいつも、社交的な彼の性格を不思議に思っていた。中学まで、頭の良い人物のイメージといえば、瓶底メガネの物静かなガリ勉タイプだったからだ。
日笠くんの学ぶ欲求は、自分の内側だけでなく、外側に放出されている。つまり、陽キャなのだ。きっと陽キャの「陽」が、日傘で日光を遮っているにも関わらず、彼をキラキラと輝かせているに違いない、と芽唯は常々考えていた。