1章
福島芽唯は日笠くんと一緒に帰る。それは、どちらかが「一緒に帰ろう」と口にしなくても、成り行き、あるいは自然に、そうなる。月に二度、図書委員の当番で貸出と返却の対応をした日だけ。
高校三年生の春からクラスの図書委員になった二人は、放課後に三十分の業務を終えて、上履きをスニーカーに履き替える。
昇降口の三段だけの短い階段を下りると、日笠くんはスクールバッグから取り出したワンタッチ式の折り畳み傘を慣れた動作で開いた。
空は晴れ渡っている。
梅雨の季節だというのに、雨の一滴も降ってきそうにない天気。
突き刺す太陽光の主張に元気を奪われつつも、雨よりはマシか、と手で庇をつくった芽唯に日笠くんが問いかける。
「福島さんも入る? けっこう日差し強いよ」
「遠慮します。日傘で相合傘なんて聞いたことないし」
もう一人分のスペースを空けていた日傘の位置を元に戻して、日笠くんは残念がる様子もなかった。
「そう? 紫外線、甘く見ちゃダメだよ。女の子なんだから」
「日焼け止めは一応塗ってますー」
それにしても……
外側は白、内側には黒い生地の張られた傘を眺めながら呟いた。
「日笠くんが日傘ねぇ……」
「そうそう。おもしろいよね」
「自分で言うかな」
日傘を持った見返り美人図のような体勢で、日笠くんは笑っていた。
「美容男子は増えてるけど、日傘は恥ずかしいって男子もいるだろうから、俺が日傘を差すことでその恥ずかしさを薄めてあげられないかなーって」
「じゃあ日傘を差すのは自分のためでもあって、美容男子のためでもあるんだね」
「そだよ。でも、その結果、日傘男子が増えるのかっていう俺の実験でもあるから、結局は自分のためになるのかな? だからこうして春先から日傘差してるんだよ。夏にどうなるか楽しみだなー」
「実験……」芽唯が呆れていると、日笠くんは続ける。
「まぁ、それだけじゃないんだけどね」
まだ他に理由があるのだろうか。首をかしげると、日笠くんは小学生みたいな口調で「なんでもなーい」と駅までの道を先に歩き出した。遅れて、芽唯もその背中を追っていくと、太陽もあとをついてきた。