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<3・Fussing>

 大騒ぎしている二人はまだ、トーリスの存在に気付いていないらしい。トーリスは建物の影から注意深く二人を観察した。もしできることが何もなければ即見なかったことにして逃げよう、という後ろ向きな決意もあってのことだが。


――『分析』発動。……あー。


 相手の能力を正確に知ることができる、この能力。相手から一定の距離が必要、かつ相手の姿が霧が土煙で隠れていないことが条件(もっと言うと、人間でいうところの顔にあたる部分が見えていないと効果がないこともわかっている)という問題もあるが、戦場ではかなり役立つのも間違いない。

 手榴弾を両手に持って大騒ぎしているふとっちょの男性のスキルは、『爆発』。どうやら見た目通りのものであるようだ。爆弾と名のつくものを遠くから爆発させることができる。例えば手榴弾はピンを抜いて一定時間が過ぎるか、もしくはその状態で衝撃を与えると爆発するのが基本なのだが、彼は逆に「自分が安全圏に逃げるまで爆発させない」ということもできるというわけらしい。

 ただし、効果範囲は自分の今いる場所から50メートルが限界。

 爆発物の威力もある程度増減できるが、当然50メートル離れた自分がまきこまれない程度の威力が限界ということになる。大規模なダイナマイトなんかを超遠隔で爆破させる、ほどの能力ではないということ。

 そしてあのふとっちょ男性のネックは、体力がないことである。瞬発力はあるので現在はあのノッポ女性を引き離して逃げてはいるが、長く走るのは得意ではない。多分、少しほっとくと疲れて倒れてしまうだろう。ただその際、今両手に持っている彼の手榴弾が問題だ。この距離からではピンが刺さっているかどうかわからない。もしピンが既に抜かれていて、男の能力で爆発が封印されていた場合――彼が気を失うと同時に能力が解除されて爆発してしまう可能性が高い。非常に危険である。


――そして、もう一人の女性は……。


 ノッポの女性の能力は、『大地』。どちらかというと工事現場の掘削か何かに向いてそうな能力である。自分がいる場所から一定範囲の地面の柔らかさを自在に変化させることができる能力らしい。例えば彼女が地面に手を触れて念じれば、そのまま足元をプリンも同然の柔らかさにすることも可能。地面を掘ってトンネルを作りたい時なんかは、重機もいらずさくさく素手で穴掘りができるので非常に便利だろう、もちろん、リアルタイムで硬さを変更することもできるので、掘ったトンネルを鋼のごとく強化することも可能だ。

 そして、彼女が離れても効果は永続するのが、さきほどのふとっちょ男性の爆発スキルとの違いだろう。柔らかくした地面を掘り、それを強化しながらながーいトンネルを掘ることも可能。――どう見ても、こんな辺境の司令部にいるような人間のスキルとは思えないのだが。


――へえ、痩せているように見えて、彼女はかなり鍛えてるんだな。細マッチョタイプか。


 運動神経は全般的に、前の男性よりも良い。瞬発力で彼に劣るが、体力ならば彼女の方に軍配が上がるだろう。腕力も、一般的な女性よりずっと強いようだ。すぐに捕まえられないのは――恐らく性格上の問題。ふとっちょ男性が持っている手榴弾が怖いのかもしれない。

 結論。

 もうじき、あのふとっちょ男性の体力が尽きて、女性に捕縛される。あとはあのふとっちょ男性が気絶する瞬間に手榴弾を奪って、そして――。


「ひい、ひい、もう駄目じゃー!」

「つ、捕まえた!」


 トーリスが考えている間に、男性の動きが止まった。女性がタックルする形でふとっちょ男性を捕まえる。その途端、男性の手からぽろっと二つの手榴弾がころげおちた。

 今度はその手榴弾を素早く観察する。あれはエル52X型手榴弾。小型で威力は低い。特に、密閉された空間を大きく吹き飛ばすだけの威力はない。

 ただ、空気中で、間近で爆発すれば大怪我をするのは間違いない。既にピンは抜かれている。落下の衝撃では爆発しないが、ピンを抜かれてから爆発するまであと六秒――!


「そこの女性の人!手榴弾を、スキルで埋めちゃってくれ!」

「え!?」


 ここで、トーリスが叫んだ。女性は太っちょ男性を抑え込んだまま、驚いたようにこちらを見る。手榴弾は二人のすぐそばに転がっている。時間がない。


「その手榴弾、エル52X型は地面に埋めたら威力が激減する!急げ、あんたのスキルならできるはず!爆発まであと三秒っ!」

「!!」


 その言葉に、女性ははっとしたように地面に手をついた。すると、手榴弾の周囲だけピンポイントに地面の色が紫色に変わっていく。ずぶぶぶぶ、とまるで沼にでも沈むように地面の中へと消えていく手榴弾。恐らく一時的に、地面の強度を液体レベルまで下げたのだろう。

 そして手榴弾が見えなくなってすぐのことだった。




 ぼんっ!ぼぼんっ!




 地面の下で、低い音がした。同時に僅かにぶるっ、と大地が震えるのを感じる。どうやら、地面に埋めたことで手榴弾を安全に爆発させ、処理することができたらしい。


「よ、良かったあ……」


 トーリスは思わずその場でしゃがみこんでしまった。何がどうしてどうなったのかさっぱりわからないが、ひとまず危機を脱することはできたということらしい。

 まったく、異動早々とんだ災難である。一体どうなっているのだ、この司令部は。


「ふふふ、見てましたよー、トーリスさーん!」

「!?」


 突然、後ろから高い声。ほえ!?と慌てて振り向いたトーリスは、ぽかーんと口を開けることになるのである。そこには、この司令部にいるとは思えない、あまりにも場違いな人物が立っていたのだから。

 そう、そこにいたのはとても小柄な――少年。まだ声変わりもしていないような可愛らしい声と、小学生相当にしか見えない愛らしい顔と華奢な体躯で――しかし明らかに軍服を着てそこに佇んでいたのである。


――しかも、今。俺の名前、呼んだ?


 茫然とするトーリスに、少年は手を差し伸べて言ったのだった。


「どうやら、貴方は私が見込んだ通りの人物であるようだ。……ようこそ、第十司令基地へ。私がここの司令官……クリストファー・ミシェル少将です。長いので呼び名はクリスで結構。どうぞ、よろしくお願いしますね?」




 ***




 クリストファー・ミシェル。

 間違いない。自分達が噂に聞いていた、そして前の司令官から聞いた『無能力者』の司令官の名前だ。だがまさか、その人物がこんな、小学生の子供だなんて思ってもみなかったわけだが。

 司令室に案内されて、思わずそこをつっこむと。彼はおいおいと机の上に突っ伏して泣きまねをしながら言ったのだった。


「私、そんなに幼く見えます?見えるんです?コンプレックスなんですよこれでも……!実は、今年で四十五歳なんです、これで……」

「ワッツ!?冗談ですよね!?」

「マジです。大マジです。免許見ます?……お酒買うたびに、軍の身分証明書と運転免許見せて、それでも偽造と疑われる私の気持ちなんてきっと誰にもわからないんでしょうねえええ!」

「お、おうふ……」


 うそやん、と思いながらトーリスは少年――にしか見えない司令官が差し出してきた免許証を見た。間違いない。誕生日から計算すると、本当に四十五歳を過ぎている。

 そして、証明書に映っている、長い銀髪に緑目のボブカットの少年と、目の前の少年()は紛れもない同一人物だ。声変わりを忘れたとしか思えないような高くて愛らしい声、繊細な顔立ちの美少年。一体だれがコレを見て、四十五歳のオッサンだなんて信じるだろう?


――ま、まだ実は女性でしたって言われた方が全然信じられるぞ。マジか。マジなのか。何でやねん。


 スキルを持たなかった代償か何かで幼児化してしまったんだろうか、なんてつい失礼なことを思ってしまう。さすがに上官に対して、そんなことまで言うほど馬鹿ではないつもりだったが。


「……まあ、とりあえず。私のことは横に置いておきまして」


 ほい、と彼は横に物を置くようなジェスチャーをする。小柄すぎて、椅子の背もたれが大きくはみ出してしまっている。どう見ても椅子と机の高さがあっていないのだが、これで作業できるのだろうか、彼は。


「改めまして、ようこそトーリス・マインさん。私がここの司令官、クリストファー・ミシェルです。気軽にクリスさん!って呼んでくれていいですよ?ていうか呼んでください」

「は、はあ。どうもこんにちは。トーリス・マイン中尉です」

「さっきはありがとうございました。いやあ、うちの司令部って、面倒臭い人が多いもので。さっきのバランさんの暴走もそう。貴方が落ち着いて対処してくれていなかったら、怪我人が出ていたかもしれません。追いかけていた女性……レナさんも貴方に感謝していましたよ」


 バランさん、というのはあのふとっちょの男性だろう。そういえば、女性が男性の名前をそう呼んでいた気がする。


「俺は何もしてません。レナさん……っていうのが背の高い女性ですよね?彼女が自分のスキルで対処しただけです」


 トーリスが正直に告げると、いいえ、とクリスは首を横に振った。


「貴方の指示あってこそです。レナさんは優秀な兵士ですが、パニックになりやすいこと、慎重になりすぎることが難点でして。貴方が指示を出してくれなければ、爆発に巻き込まれて怪我をしていた可能性が高いでしょう。……そもそも彼女は、その性格のせいで……戦場から逃げ出してしまって、それでこの司令部送りになったという経緯がありましてね」


 はあ、とクリスはため息をついた。


「なお、バランさんの方は酒癖が悪くて……以前いた第五司令基地で酔っ払って喧嘩して、それで追い出されたみたいです」

「あ、ハイ。なんかそうだろうなとは思ってました……」

「まあ、此処にはそういう人が揃ってるんです。別の司令基地で要らないと判断された人。もしくはトラブルを起こして除隊させたかったけど体面上させづらかった人が異動させられてくるんですねえ。まあ、かくいう私もろくなスキルを持たない、最弱の無能力者司令官と大評判ですから。人を押し付けるのに十分だと思われてるんでしょう。この司令基地も、こんな辺境の土地に追いやられるあたりお察しです」


 やっぱりそういうとこなのか、ここ。俺は眩暈を覚えて頭を抑えた。

 確かに、自分は己の部隊の仲間を死なせてしまった経緯がある。その上で司令官に口答えして、嫌われてしまったというのも理解できる。

 しかしだからといって、こんなコンビニもスーパーもないところに押しこんで厄介払いしなくてもいいではないか。そりゃあ、前線から一人無事に生きて帰った平の兵士をすぐに責任取らせてやめさせたなんてことになったら、軍としても非常に体面が悪いのかもしれないが。


「貴方は、今。貧乏くじを引かされた、と。そう思ってるんでしょう?」

「!」


 そんなトーリスの心に気付いてか、にやにやと笑いながらクリスは言ったのだった。


「貴方の考えは正しいですよ。何故ならこの基地には、ある大きな命令が下りてきているのですから。つまり……この基地の部隊だけで、敵の『タワー』を最低一つは破壊せよ、とね」


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