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<19・Rena>

 ルートが決まれば、あとは異星人たちにバレないように、こっそりトンネルを掘り進めるのみである。

 特に今回は、森の中は地上を行っても安全である、ということをトーリスたちが証明している。浅い場所にも深い場所にも、地雷の類がないことは確認済み。崩落にさえ気を付ければ、そうそう敵に見つかる心配もないだろうと思われた。

 ここからは塔の付近からトンネルを掘り始める部隊と、出口で運ばれてきた土を移動させる部隊。それから基地に残って防衛や、そのほか任務をこなす部隊に別れることになる。

 最終的にトンネルは基地のすぐ近くではなく、森の入口で、敵地から望遠鏡でも確認しづらい位置を計算して掘り始めることにした。出入口には蓋をつけると同時に、換気扇などを設置して空気を送り込み続けることになる。崩落のリスクと、それから窒息の危険を最小限に抑えること、避難ルートの設置などなどを考えてトンネル設計には一週間時間をかけた。そこは、建築士の資格を持つ兵士の力添えがあったと言っておく。同時に、以前炭鉱で働いていたことがある人物の助言も大きく役立った。

 設計と機材の準備が終われば、いよいよ掘削作業の開始である。

 基本はレナが先行し、掘りたい土のみ柔らかい素材へ転換させる。そして、掘り進めることができたら通ったあとの地面は、極めて頑強なコンクリートに材質転換させる、ということを繰り返していく。彼女が柔らかくしてくれた土を、同行する掘削部隊がどんどん小型の機械とスコップで掘り進めていくというわけだ。

 半分以上手作業なので途方もない時間がかかるように思われるが、レナの力があればどんなに固い土もプリンのように柔らかくさくさく掘れるようになる。普段から鍛えている屈強な兵士たちならば長時間続けることも可能、というわけだ。

 問題は、レナ本人に代わりがいないので、彼女は休憩以外の時間はずっと地下に入りっぱなしになってしまうということだが。


「レナ、あんただけは簡単に交代できないからな。スキルを使うのも疲れるだろうし、疲労がたまってきたらきちんと言えよ?」


 基本的にはクリスは司令室に残り、現場にトーリスが入ってレナをサポートすることになる。司令官がそうそう現場に出てきてはいけないというのもあるが、そもそもの話クリスは他の兵士たちより明らかに腕力も体力もないのだから仕方ないだろう。

 本人は「この間もお酒買えませんでした!なんですか、私そんなにお子様に見えますか!?」とおいおいと嘆いていたが(いや本当に、あのショタな見た目と声で中年のおっさんの年なんて詐欺だろとしか思えないわけだが)。


「私は大丈夫」


 土壁の補強をしながら、レナは頷く。


「それより、いつもの警備任務とか、清掃とか、そういうの全部他の人に任せちゃって申し訳ないくらいだわ。いくら司令基地が異星人に対策するためにあるとはいえ、他にも内地の警備とか、犯罪の取り締まりとか、そのほか庶務雑務とかいろいろあるっていうのに」

「餅は餅屋だ。そういうのは得意な奴らがいるから今回は任せておけって。この仕事は、レナにしかできないんだから」

「そう言って貰えると嬉しいわ。……正直、私にしかできない仕事があるなんて、ずっと信じられなかったことだもの。私はいつも……誰かのお荷物なんじゃないかって、そんなコンプレックスがあったから」

「そうなのか?」

「ええ、そうなのよ」


 彼女が柔らかくしてくれた地面を、他の兵士たちと一緒にスコップで掘っていく。本当に、普通の掘削作業よりはるかに楽ちんだ。固い地面に当たったら、そこでレナにまた能力の“かけなおし”をお願いすればいいだけなのだから。


「私は……自分が戦うのに向いてない人間だってこと、昔からわかってたの。……本当はね。自分が殺されること以上に、誰かを殺すことが怖くて仕方ないのよ。間接的に殺すことなら今まで何度もやってるくせにね」


 レナは寂しそうに笑って言う。


「前の戦場でもそう。本当に逃げたかったのはそれ。……相手はロボットだったのに、よ?」

「ロボットはロボットでも、人間みたいな動き方をするロボットだったって聞いてる。しかも、喋ってくる奴もいたんだろ?……躊躇しちまうのは当然だ」

「ええ、そう言ってくれた人もいた。でもね。……その喋るロボットがひしゃげて、潰れて、配線が飛び出して動かなくなって。……それだけで怖いと思ってしまうような人間が、生物を撃つことなんてできるはずないのよ。私は兵士として、致命的な欠陥があるわ。戦うことも、守ることもできない。争うことさえ苦手で、いつも一人で黙々と体を鍛えて自己満足するしかないんだから」


 だからね、と彼女は続ける。


「今回の任務は、本当に私向き。何も解決してないことはわかってるけど、ちょっとほっとしてるの。……今回私は、敵と対峙せずただ、トンネルを作ればいいだけなんだもの。地道でコツコツとした、縁の下の力持ちの方がずっと向いてるわ。情けないけどね」


 そうだろうな、トーリスは心の中で呟いた。

 むしろ、彼女向きだと思って今回の仕事を全力で勧めた経緯もあるのである。彼女は身体能力こそ高いものの、人と争うことが極端に苦手な性質だ。兵士として克服しなければいけない、致命的な弱点なのかもしれない。でも、生来持った弱さも、優しさも、そう簡単に変えられるものではないし変えていいものでもないとトーリスは思うのである。

 弱いからこそ、誰かに優しくもなれるのが人間だ。

 そして人を殺すことを躊躇う人間にしかない強さもまた、この世の中には存在するのである。それを持ち続けられる人間が、軍の中にいてもいいのではないか。だってそうだろう。

 自分達は一歩間違えれば誰でも簡単に、悪魔に堕ちてしまえる。そういう場所に存在しているのだから。


「……情けなくなんかないさ」


 ざく、とスコップが土の中に埋まる。


「俺は前の基地にいた頃な。偵察に来た異星人を殺したことがあるし……なんなら、内地で犯罪者を撃ったこともある。ピストル持ってる強盗犯だったから射殺許可が出てて、俺は一切お咎めなしだったんだけど。実は、俺が殺したやつってその数人だけなんだ」

「そうなのね」

「まあ、まだ軍に在籍して日が浅いせいもあるけどな。……初めて殺したのが異星人の偵察兵で。実は撃つ時には、特に躊躇いなんかなかったんだよ。俺は五年前の事件を知ってたし、ずっとニュースでも新聞でも『異星人はこの惑星を人類から奪った悪だ』って聞いてたからな。その悪に一矢報いることができる、って高揚してたくらいだ」


 でも、とトーリスは続ける。


「撃った途端、そいつがもんどりうって倒れて。頭がザクロみたいに割れてさ、大量の血が出て、脳みそが飛び出して。……血の色が、地球人と同じ、赤だったんだよな……」


 そして、その死に方が。人間とほとんど変わらないもの、だったのである。

 確かに異星人は聞いていた通り、人類とはまったく異なる姿をしていた。人類とは違う蒼い肌。背中に生えた、コウモリのような羽根。目は金色で、肌には鱗のようなものが生えていて。さながら魚人のような、不思議な見た目であったのは確かだ。

 だが、痙攣し、脳みそをぶちまけ、死の淵にあるそいつは。泡をふきながら、何かをぶつぶつと呟いているのだ。

 そいつの言葉はわからなかった。ただ、一瞬苦し気な金色の眼と眼があってしまって、そいつの目からぽろりと涙がこぼれるのを見たのだ。そして理解してしまった。

 そいつはきっと――死にたくない、助けて、と言っているのだと。


「死にたくないって、そいつの目が言ってた。人間と同じように泣いていた。それを見た途端、俺はその場から動けなくなったんだ。他にも偵察兵がいるかもしれない。さっさと仕事を続けなくちゃいけない。わかっていたのに、動けなくなっちまったんだよな」

「……異星人も、人類と同じように、泣くのね」

「ああ。……気づいたら、一緒にいた先輩にひっぱたかれてた。しっかりしろ、って怒鳴られてやっと俺、自分で自分を抱きしめてガタガタ震えてたことに気付いたんだ。撃ち殺したあとで、その実感を得たんだ。俺は今、人間として超えてはいけない一線を越えたんだって」


 わかっている。

 奴らは人類の敵で、放置すれば大量の兵士がなだれ込んできてたくさんの人間が殺されたかもしれないということは。

 自分達の家族や仲間を守るため、当然のことをしたはずだということは。

 それなのに、震えが止まらなかった。一番恐ろしかったのは殺したことではない。なんの躊躇いもなく、敵だからという大義名分の上でイキモノを撃ててしまった自分が怖くてたまらなかったのである。


「間違ったことはしてない。今でもそう思っている。俺は任務を遂行しただけだ。俺が殺さなきゃ、別の兵士が殺してたんだろうしな」


 でも、とトーリスは俯いた。


「そのあとにな。強盗犯を撃っても……そんなに怖くなくなっちまってたんだよ、俺。殺した一人目は人間じゃないし、異星人だし、その時はあんなに怖かったのに。……なあ、昔からミステリードラマとかでよく犯人が言ってるだろ?一人殺したら、二人も三人も同じだって。そういう気持ちになっちまうんだって。あれの言いたいこと、はっきりとわかった気がしたんだ」

「タガが外れてしまったってこと?」

「そうだ。一人殺したら、もう二人目も三人目も関係ないってどっかで思うようになっちまうんだ。……だから、本来なら、誰も殺さないで生きていけるならそれが一番いいんだよ。一人殺すか、殺さないか。そこには絶対に超えられない大きな壁があり、溝があり、境界線があるんだ。おかしいよな。人間、食うために牛や豚は罪悪感もなく殺すし、その肉を食って生きてる。害獣だと決めつけたクマや猪だって簡単に撃ち殺すのに、偽善的だよなあ……」


 人の姿をしているというだけで、あんなにも恐ろしくなる。まったく偽善者もいいところだ。

 でも、その感覚さえ忘れてしまったら。人はきっと、人として大切なことを失ってしまうのだろうとも思うのである。


「人を殺すのが嫌だ、怖いって。そう思える気持ちがあるなら、それはきっと大事にしておくべきことなんだ。今の俺だから、そう思うんだよ」


 誰かが言っていた。人を殺せる人間は強いが、それは“取り返しのつかない強さ”であると。

 何故なら戻ることができないからだ。

 人を殺すことなく生きていた、そんな頃の自分には――けして。


「レナがまだ、誰も殺してないなら。あるいは殺していてもまだ、人を殺すのが怖いと思うなら。……それを、恥だと思ってくれるな。そりゃ、あんたを叱る人間はいるかもしれねえけど。俺は……そういう奴も、軍に必要だって思うからさ」

「トーリスさん……」


 レナは、少しだけ目を潤ませて、やがて微笑んだのだった。


「……ありがとう。……本当にありがとう。わかったわ。私は……私にできないことを、きっと成し遂げてみせるから」


 その会話を、他の兵士たちは黙って聞いてくれていた。

 不思議なことに。土を掘るざくざくという音が、少しだけ軽くなったような気がしたのである。


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