<18・Escape>
無事に偵察部隊は帰還した。
あとはどのようなルートでトンネルを掘るか決定し、実行に移すだけだ。
「侵略者がやってくる、ずっとずっとずーっと前なんですけどね」
ミーティングルームにて。
クリスはプロジェクターの準備をしながら、トーリスに言った。
「戦時中に、捕虜たちが収容所を脱走する計画を立てる……という映画があったんですよ。彼らは部屋の床にこっそりトンネルを掘って、そこから収容所の外に逃げようとするんです」
「あ、その映画、俺も見たことがあるかも」
トーリスは目を見開いた。大昔の人気映画とはいえ、大昔どころではなく大昔の作品だ。当時はまだブルーレイどころかDVDもなかった時代ではなかっただろうか。凄まじい人気を誇ったため、そのあと何度も復刻されて発売されたらしい。
あの映画はオープニングからして最高だった。とくにメインテーマ曲がいい。戦時中の捕虜の話なのに、登場人物たちがみんな明るく悲壮感がないというのも。
「主人公が野球大好きなんですよね。野球のボールをフェンスの外に投げて、取りに行くって名目で監視体制を確認したりとか」
「そうそう」
「収容されてる人達がみんな明るくて。しかも、一人一人武器がある。敵国の言葉が話せる奴とか、バイク乗るのが得意な奴とか。そういう人達がそれぞれの能力を持ち寄って、協力して未来を掴もうとするのがかっこよかったなあというか」
なんとなく、クリスが言いたいことがわかった。
今の自分達と、映画の男達は似ているのだ。一人一人は、よその基地から追いやられた落ちこぼれでしかない。しかも司令官は、無能力者と蔑まれるほど弱いスキルしか持たない、身体能力からっきしの頭でっかちの少年と来ている。無論、トーリスだってそう。分析スキルは戦場で役立つとはいえ、もっと強くて有効打の打てるスキルを持つ人間なんかいくらでもいるのだ。
でもそんな自分達も力を合わせ、それぞれの武器を有効活用すれば。今まで他の基地の奴らが誰も成し遂げられなかった戦果を上げることもきっとできるのだ。
そう、この第十司令基地だからこそ。
己の弱さを認める勇気がある、自分達だからこそ。
「昔の映画や、本には。我々に大切なことを教えてくれるものがたくさんあります」
ぽん、と白いプロジェクターの機材を叩いてクリスが言った。
「暑苦しいと言われることもありますがね。私は昔から、『落ちこぼれや無力な者達が仲間と力を合わせて運命を打ち破る』という、少年漫画さながらの熱血展開が大好きでして」
「あー、むっちゃわかりますわ」
「子供の頃は、小さな小魚たちが集まって大きな魚のふりをして敵を撃退する……って絵本が好きだったなあって。……個々の能力で凄い人はたくさんいます。でも、どんな凄い人だって完璧なんてことはない。必ず穴がある。仲間がいれば、その穴を補い合えるけれど……強すぎる人は仲間を必要としない分、孤独になりやすいのです。だから、いざという時助けて貰えないことも少なくない。それって、とても寂しいことだと思いません?」
「確かに。チート無双できる最強スキルの持ち主ぃ!とか仲間が必要には見えませんもんねえ。もう全部お前ひとりでいいじゃん、みたいな」
「そういうことです。何より」
にっと笑って言うクリス。
「悔しいでしょ?そういうなんか腹立つチートな存在を、たくさんの弱者でも寄り集まれば倒せる……って。そういう風に信じなきゃ、マジでムカつくじゃないですか。信じる理由なんてそれでいいと思うんです。他の誰かから見て、子供っぽいものだったとしても」
「……確かに」
機械の準備ができた。ややざわついていた者達がぴんと背筋を伸ばして正面を見る。
部屋が暗くなり、画像が映し出された。会議の開始。しかし、前回と比べて画像を見つめる者達の目には明らかに強い希望の光が宿っている。
トーリス、ロック、ケンスケの三人での調査がうまくいき、最高の結果を持ち帰ってきたからに他ならない。
敵の兵器の種類がわかった。その効果範囲が、センサーも含めて地上にしか機能しないということも。
同時に、地雷の殆どは恐らく地面の浅いところに数個埋まっているのみ。森の出口まではセンサーも爆弾も何一つ設置されていなかった。もう少し森の中はロックを連れて細かな調査をする必要があるかもしれないが、森が安全だとわかったのは大きな収穫だ。
同時に、ルートさえ間違えなければ安全にトンネルを掘れって敵の真下まで行けるということも。
「既に、皆さんに周知したとおりです」
クリスが話し始める。
「私が考えた『トンネル掘って敵の塔も戦車も戦闘機も何もかもぶっ壊しちゃえ作戦』は実行可能ということがわかりました。はい皆さん拍手!」
「司令!その作戦名はセンスなさすぎです!そしてサツイ高すぎでーす!」
「え?じゃあ『みんなぶち壊してOK作戦』の方がシンプルでいいですか?」
「短ければいいというものではないでーす!」
彼がジョークを言ったことに気付いた兵士の一人が、すぐに手を挙げて乗った。途端に上がる笑い声。この空気が好きだな、とトーリスはしみじみ思う。
軍に入った時は思いもよらなかった。こんな風にあったかい基地が、仲間が、この世界にあるなんてことは。
「ロックさんの見立てによると、荒野を通る直線ルートは、塔を出て十キロも進めば敵の対地砲の射程に入る可能性があるとのこと。このルートの詳細を調査するのは危険でしょう。見晴らしも広すぎますしね」
「つまり、このルートには他にどんな武器、センサーが設置されているか確かめることが困難ってことだ」
クリスの説明を補足するトーリス。
「よって、トンネルはやや迂回する形で掘るのが望ましいと思う。同時に、崩落や事故に備えて避難できる洞窟と避難用ルートをいくつか作ることにする。迷わないように、複雑な構造にするつもりはないが」
というか複雑な構造にされると困る、と心の中で補足する。軍の学校を卒業する折、マップリーディングはきっちり叩きこまれているがそれはそれ。普段はものすごく方向音痴という自覚があるのだ。
ましてや景色が変わらない地下で、正確に現在位置を把握し続けるのは難しい。今はGPSもあって昔より遥かに迷いにくくなっているとしても、だ。そうそう迷子にならないような、シンプルな構造にするべきだろう。
実際、複雑な構造にしない、と言った途端席に座っている兵士の何人かが露骨にほっとした顔をした。同じ危惧をした人間は少なくないようだ。
「敵は、森を基本的に焼きたくないという意図が透けて見えますからね。森が火事になった時、どれくらいの被害が出るか未知数だからなのか、他に理由があるのかはわかりませんが」
「そういう意味でも、森の下を通るのが安全ということですね」
「はい。ですので、今回調査部隊が通ったルートの真下に、そのままトンネルを掘っていくのがいいと思われます。安全のため、トンネルの入口は人類の生活圏からではなく、中立地帯、つまり第十塔のすぐ近くから掘ることにしましょう」
それは、万が一のことを考えての対応だろう。
トンネルを掘って敵地に侵入するということはつまり、場合によってはそのトンネルを逆走して敵に利用される可能性もあるということだ。
バリアの内部からトンネルを掘れば、物資や兵器の搬送は容易になる。しかしその代わり、敵がバリア内部に容易く侵入できてしまうことも意味する。
――トンネルを、敵の支配地域の中まで掘れば……奴らの町に侵入することもできるんだろうが。トンネルから出たところでハチの巣にされたんじゃ意味ないしな。
何より、支配域の町などの様子が、どのようなものになっているのか完全に未知数だ。ロックやケンスケの能力を持ってしても、何もかも知ることなどできるはずもない。
やはり、塔の真下と基地の真下にまでトンネルを掘って、レナの能力で崩壊させ戦力とバリアを同時に削る――目的はそこまでにとどめておいた方がいいだろう。
「トンネルをどこまで正確に掘れるか。地盤をどこまで調整し、正確に爆破できるか。……あとはそこにかかっていると言っても過言ではない」
トーリスはまっすぐ、中央の正面テーブルに座っている二人を見つめた。
「バラン・ドル軍曹。レナ・ゴーン軍曹。君達の頑張りにかかっている。やってくれるな?」
「イエス、サー!」
「も、もちろんです、サー!」
トーリスの呼びかけにバランが、そして緊張気味のレナが答えた。レナは慎重派だが、だからこそ今回の任務には適任。
何より今回は、直接敵と対峙する必要がない。レナも、普段の戦場より力を発揮できる可能性が高いはずだ。
「では、これより詳細なルートの説明と、掘削部隊のシフトや方法について解説する!立派に任務を果たすように!」
トーリスの言葉に、集団は総じて「イエス、サー!」と力強く答えたのだった。