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16/22

<16・Rock>

 最初はトーリスとケンスケ、二人だけで偵察を行う予定だった。しかし、ここで嬉しい予想外が起きる。

 トーリスがまだろくに話したことのなかった中に、この任務に大きな適正を持つ人物がいたのだ。


「よろしくお願いするっす!自分、ロック・エルゲート三等兵っす!第十調査部隊に所属してるっす!」


 がちがちに緊張しているその人物はなんとまだ十五歳。なんと、軍に入ってまだ一年に満たない新兵である。

 思わずトーリスは青年の顔をまじまじと見つめた。トーリスより少しだけ背が低い彼は、まだ少年と呼んでさしつかえない、あどけない顔をしている。窓から差し込んでくる光で、金髪がキラキラと輝いていた。同じ色の太陽のような瞳で、緊張しつつも憧れに満ちた目をトーリスに向けてくる。


「自分、まだ新兵ですけど、役に立てるならと思って志願させてもらったっす!自分の能力、きっと役に立つと思うっす!」

「スキルの名前は……“敵意”?へえ、確かに調査向きの能力だな」

「お褒めに預かり光栄っす!」


 分析能力を使えば、すぐにロックのスキルがなんなのかは把握できる。彼はどうやら、人の目には見えない敵意を視覚と聴覚で判断できるというタイプのスキルの持ち主らしい。

 これは単に、殺意を持った敵兵が近づいてきた時察知できる能力に留まらない。

 なんと、ロボットや戦闘機といった、心を持たないような機械の気配も感じ取ることがでいる。例えばロボットがこちらに銃を向けて構えているとしよう。その射程に入る前に、それを察知して回避することができる能力だというのだ。

 殺意や敵意のみならず、敵を捕らえるために張り巡らせているセンサーなども視認することが可能だという。これは非常にありがたい。むしろ、彼が一緒に来てくれるならばこの任務の成功率は各段に上がるだろう。


――本来なら、一番最初に俺に紹介されても良かったくらいの人材だな。それがなかった、ということは……。


 そういえば、とトーリスは思い出した。今日の午前中の訓練。50メートルを何度もダッシュする訓練で、何人か明らかに遅れていた新兵がいたことを。その中に、この目立つ金色の頭があったことを。

 分析能力の上でも明らかだった。彼はまだまだ発展途上。身体能力の面で、他の兵士より大きく劣るのだ。銃や判断力においても、まだ見習い兵士といったところだろう。


「ロックさんはまだ、見習い兵士のようなものですから。正直、今回の任務に連れていくのは気乗りしなかったんです」


 司令室にて。椅子に座ったまま、困ったようにクリスが言う。


「しかし、今日のミーティングに参加して……どうしても自分も参加したいと、ロックさんから仰られて」

「そうだったのか」

「どのような任務でも、一番大切なのは成し遂げるという大きな決意です。ロックさんにその覚悟があるのなら、私が止める理由はありません」

「はい、自分、頑張るっす!」


 ロック少年は、びしっと敬礼をして言ったのだった。


「自分は五年前、兄を戦場で亡くしました。どうしても、兄の仇を取りたいんす!お願いします、足手まといにならないよう全力を尽くします。自分を任務に加えてください!」

「……そっか、君も……」


 ケンスケが同情したような眼を向ける。彼も、敬愛する叔父を五年前に失った人間だ。重なるところがあるのだろう。

 この基地には、そういう人間も多いのだ。自分が直接参加していなくても、大切な人が死んだり、その悲劇において何もできなかったことを悔やんでいる者達が。


「……君の覚悟はわかった。調査は一週間後から、数回に分けて行われることになる。それまで、君の能力の底上げと、必要な訓練をみっちり行う。何がなんでもついてこいよ?」

「はい!」


 トーリスの言葉に、少年は肩を震わせて力強く返事をした。トーリス、ケンスケ、そしてロック。この三人の少数精鋭で偵察任務を行うことになる。

 自分達の情報が、作戦成功のカギを握っているのだから。


「約束してくださいね、皆さん。絶対生きて帰ってくるように」


 クリスはそんな自分達を見つめて言ったのだった。


「私は誓ったのです。五年前のような犠牲者はもう出さない。うちの部隊からはもう、誰一人死なせないとね」




 ***




 そして、一週間後の早朝。

 トーリスはケンスケ、ロックとともに中立地帯に降り立っていた。中立地帯は森になっているエリアと荒野になっているエリアがあり、荒野になっているエリアも巨大な岩がゴロゴロしているので遮蔽物は少なくない。

 が、上空からの監視を考えるのであれば、今回は森のルートを行く方が無難と思われた。というわけで、第十司令基地からJ塔までの道のりとしてはやや遠回りの道を行くことになる。直線距離ならば司令基地からJ塔までは十二キロほど。今回は大回りして、ニ十キロ近くを歩くことになる。


「今回戦車も使わないし……というか使えないし。ステルス迷彩の装備もがっつり着込んでる上森ルートだから、そうそう敵に見つかる心配はないけど。その代わり、ステルス迷彩のせいで、互いの姿が視認しづらくなってる。お互いを見失わない範囲で、距離を取りながら進むぞ」

「イエス、サー!」

「イエス、サー!!です!!」

「よし」


 塔のすぐ傍を出発し、そこから半径5キロ程度の範囲ではまず敵の支配エリアからの攻撃が届かないことがわかっている。しかし、それ以上の距離は正確な調査ができていない。定時連絡をしながら慎重に、敵のセンサーや地雷が埋まっていないかどうか確認しながら進む必要がある。

 ちなみに、味方側の地雷は気にする必要がない。以前にも語ったように、今主流となっている地雷は踏んで爆発するものではなく、センサーで敵が通過したのを判断して遠隔で爆破するものだからだ。

 ようするに、間違って味方が踏んでもそれだけで爆発するようなことはない(もちろんそのまま足を踏んでも爆発はしない)。森の中にもいくつも爆弾は埋まっているが、それを気にしなくていいのはかなり有難いことだと思う。

 同時に、今回はロックとケンスケが一緒にいる。敵が埋めた爆弾が近くにあればロックがわかるし、そちらの方向を見ればケンスケが地面を透かして爆弾の姿を判断できる。そして、兵器に視認可能な距離まで近づくことができれば、今度はトーリスがそのスペックを正確に判断できるというわけだ。三人それぞれ、足りないところを補い合って進むことができるのである。

 まあ唯一の懸念点は、この中で誰も部隊長をやったことがなく、万が一戦闘になった時の戦闘能力という意味ではロックもケンスケも大いに不安があるということだが。


――でも、今回の任務は基本的に、敵に見つからないことが大前提だ。そういう意味では、この二人は向いている任務かもしれない。特に後方支援タイプのケンスケには。


 思った通り、5キロ地点までは特に問題なくルートを進むことができた。ここまで来たら連絡を入れることになっている。中立地帯、近くに敵の気配がないことをロックのスキルで確認。その上で、トーリスは無線のスイッチを入れた。


「こちらトーリス。予定通り、5キロ地点に到達。今のところ敵影なし、敵の地雷の類も見当たらない。……森の中には何も仕掛けてない可能性もあります」

『了解。油断はしないように。その付近はナツカバの群生林ですから、確かに炎を使うような武器は使いづらいでしょうね。下手に爆発物でも使ったら、あっという間に火事になりそうですし。中立地帯の森林がどうなってもいいというのなら彼らはまるごと焼いてくるかもしれませんが……まあ、それをやるようなら百年前にもうやってるでしょうね』

「そうですね。とりあえず、一度軽食を取って先に進みます。では、次の連絡にて、オーバー」

『警戒を怠らないように。オーバー』


 無線の向こうにいるのはクリスだ。自分達の位置情報は発信機でモニターされているし、定期的に周囲の様子を写真に撮って送信してもいる。今のところ、妨害電波が出されている様子もなし。先日C塔で大失敗したばかりなのに、また別の塔を狙って歩兵が近づいてきているとは思っていない、ということなのだろうか。

 もしくは大きな基地が近くにあるJ塔が狙われるはずがない、とタカをくくっているのか。もう少し近づいたら、中立地帯にも警備兵がうろついている可能性が出てくるが。


「自分、軍に入ってから悩みがありまして」


 軍用チョコレートバーを開けながら、ロックがため息をついた。


「実は、コレがあんまり好きじゃなくて。美味しくないなって思っちゃうんです。基地の食堂のご飯は美味しいのに……」

「……大丈夫。チョコバーがまずいって思ってんの、お前だけじゃないから」


 トーリスはついつい苦笑して言う。


「あれ、前々から改善要望出してんだよ。つか、多分どの基地からも出てる。それなのに、味が全然美味しくならねえの。おかしくね?市販のチョコの方が全然美味いって変じゃね?」

「あ、自分の味覚がおかしいわけじゃなかったんすね。よかった」

「ぼ、僕もこれは好きじゃないです。ハイ。缶詰には美味しいのもあるんですけど」

「ああ、わかるわかる。俺、サバの缶詰は結構好きだぜ。ミソが入ってるやつが特に好き。あれくらいのクオリティでチョコバーも作ってほしいよなあ」

「あ、あれは確かに美味しいですね、ハイ!」


 ケンスケも話に入ってくる。三人で雑談しながら、それぞれハイカロリーのチョコレートバーを一本ずつ消費した。戦場でお喋りなんて、と思われるかもしれない。しかし、敵が近くにいない状態ならば、冗談まじりの雑談も大切なことなのだ。

 雑談をする。ジョークを言う。そうすることで軍人は、自分達はまだ正常だと、余裕があると自己暗示することができるのだ。そしてその気持ちの持ちようが、結果に大きく影響するのは言うまでもないことである。


「よし、行くか。一キロ進んだらまた報告だ」

「イエス、サー!」


 GPSを起動させ、位置を常に確認しながら三人は進んでいく。

 人類の未来をつかみ取り、希望を持ち帰るために。

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