第7話「和算島殺人事件 七」
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そうして全員が和算城の中央に集まり、雅に注目する。
「まずは一三一〇-七三-二と書かれた注射器の中身をビーカーに入れる。水酸化ナトリウム溶液だね」
ビーカーに透明な液体が注がれる
「それから一二四-〇九-四と書かれた注射器ですが、これはヘキサメチレンジアミンです。常温だと固体なのであらかじめ鍋に沸かしたお湯で溶かします」
注射器をお湯に入れると雅の予想通り、中身が溶けた。それをさっきのビーカーに適量入れる
「次に、一一一-五〇-二と一一〇-五四-三と書かれた注射器を試験管に適量混ぜる、前者はアジピン酸ジクロリド、後者はヘキサン」
二つの注射器の中身を試験管に入れ、振る
「そして試験管の中身を、ビーカーに注意深く入れる。ここではガラス棒を伝わらせて入れましょう」
全員がビーカーを見る。それはまさに化学の授業で実験を見ている生徒たちのようだった
「液体が二層に分離しましたね。上面をピンセットで慎重に取ります。すると糸が出てくるので試験管に巻きつけます」
ピンセットで取り、試験管に巻きつけていく。それはどんどんと伸びていき、最終的には1m程度の長さまでになった
「最後にこれを水で洗うと・・・」
「完成だ!!! ナイロンの糸。後はドライヤーで乾かせばより強度が増すよ」
「な、なんと・・・」
安藤は思わず声が出る
皆が驚き、その場に拍手が起きる
さらに雅はそのナイロンの糸を燃やす
「さっきと同じ匂いだ!」
壁山と安藤が御毒
江口は下を向いたままだった
「この島でナイロンを作れるのはあんただけだよ・・・"江口 光"」
そう言うと江口は顔を上げ雅を真っすぐ見つめたまま、不敵な笑みを浮かべる。それは案内役としての優しい顔ではなく、殺人犯としての顔だった
「あぁ、そうだよ。私が綾波を殺した」
全員が驚いた。少なくとも案内役として接していた時は優しさの権化であったから
「何故・・・何故なんだ!!!」
雅が問う
「この島の真実を知ってしまったからだよ」
「ったくアイツもついてないな、深く知ろうとしなければそれで良かったのに」
「真実・・・だと」
雅は反芻する。昨日、綾波は「この島の真実を知った」と言っていた。江口はそれを聞いていたのかと考えた
「まぁいいさ、どうせ私の最期は近い。教えてやるよ。この島の真実を」
江口が島の真実を語り始める
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歴史上、和算島には間宮派の人々が住んでおり大飢饉で全滅したと言われているが、それは偽りの歴史である。本当は集団自決によって全滅したのだ
何故集団自決したのか。それには”悪魔崇拝”が関係している
当時、幕府に迫害されていた間宮派は反幕府思想へとなりつつあった。何とかして幕府を壊滅させたいと考えていた時に、一人の女性が「悪魔崇拝」を勧めた
当初は受け入れられることはなかった。しかし女性が悪魔崇拝による予言で誰かの死を次々と当て始めると、人々は瞬く間に悪魔崇拝に傾倒しはじめた
もちろんこの予言はでたらめであり、女性が当時付き合っていた男性と協力して殺人をしていたのである
女性が教祖となり、教祖が言ったことは皆従うようになった
そうして何か月が経ち、ついに教祖は全員が自決することによって悪魔”サターン”が降臨し、幕府もろとも世界を終焉させると言ったのだ
その結果、教祖と付き合っていた男性以外は自決した。何故男性は自殺しなかったのかといえば予言がでたらめであることを知っており、死への恐怖があったから
男性は全員の遺体を地面に埋め、1人江戸へと帰った。帰るや否や幕府関係者に尋問される。その際、反幕府思想や悪魔崇拝に関係したことを言えば処刑されるのではないかと思い、全員大飢饉で滅んだと答えた
・・・
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「それが・・・この島の真実」
雅は唖然としていた。同時に疑問もあった
「何でそんなことを知っているんだ? まさか」
「そのまさかだよ。俺は男性の子孫さ。代々受け継がれてきたんだよ。この話は」
「そしてトリックと言えば・・・雅君、君の言う通りにやったよ。綾波の首を絞め、殺してからお風呂場まで運ぶ。それからロープで首吊りにして、君の言ったトリックを実行すりゃ完成さ」
全てを語り終えると江口はふらふらとコンロへと向かい、コンロ下の棚を開ける
「!」
警察官が何かに気づき、大声を上げる
「凶器を捨てろ!!!」
江口は包丁を持っていた。しかしそれは誰かに振り下ろされることはなかった
「さらばだ! 屑共!!!」
そういうと自分の胸に包丁を突き刺した。赤黒い液体が噴き出て、力なく倒れていく
綾波が殺され、犯人である江口は自決
空は黒い雲で覆われていた
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その後、和算島での事件は大々的なニュースとなった。ただニュースでは和算島の真実は語られることはなかった
雅といえば、綾波が死んだことによるショックで自室に引きこもっていた
「哲・・・ご飯は・・・」
「ありがとう、でもいいよ」
力ない言葉が垂れる。その時、玄関のチャイムが鳴る。親が勝手に対応してくれると思いきや、母がノックする
「哲、あなたに会いたい人がいるって」
なんだなんだと思いながら玄関を出る。そこには意外な人物がいた
「お久しぶりです、日比谷です」
「日比谷さん! そ、それに安藤さん!?」
「よぉ、雅」
そこには優しく微笑む日比谷さんとニヤケ顔を浮かべる安藤がいた
「・・・つまらぬものですが、どうぞ!。それと・・・」
そう言うと雅にお菓子を差し出してきた。それも高級な。そして、綾波が持っていた大学数学の参考書まで
「え、え、貰っちゃっていいんですか? それにこれ、綾波さんのじゃないですか!?」
「犯人を当ててくれたお礼です。探偵みたいで、私の娘もかっこいいって・・・。そしてこの参考書ですが、綾波さんが生前渡してほしいって・・・まるで自分の死を悟っていたかのような・・・綾波さんが死んでショックだと思いますが、あなたなら立ち直れると信じてます!」
「・・・ありがとう」
「雅、お前は今分子警察署の間で話題になってるぜ。密室殺人を解いたスーパー高校生ってね! これからもお前に捜査を協力してもらうかもな!」
「高校生に協力してもらうって・・・後、今回の事件は偶然に頼った部分が大きいからなぁ」
(事実、船であの番号を見ていなかったら事件は迷宮入りだったかもしれない・・・)
空は雲で覆われていたが、段々と日が差してきた
(綾波の分まで、心から数学を楽しもう)