カーテンと/二年生五月②
「ん?」
朝食後、食器洗いを手伝ってから自室に戻ると。
換気ともう一つの目的で開けてある窓からあまり馴染みのない音がしてそちらを見る。
「桃香?」
「あ、はやくん」
朝食前、朝の「日課」から一時間ぶりに顔を見る桃香が本日の天気のように笑って手を振ってくれる。
その手は羽織っているパーカーの袖を肘まで捲っていて、肩には白い何かを掛けている。
「いいお天気だから」
「ん」
「カーテン洗おうかな、って」
「なるほど」
とても桃香の部屋らしい薄桃色と白いレースの組み合わせ。
「ピカピカにして、お出迎えするから」
確かに隼人専用の通用口にあるものではあるが。
「終わったら、そっちに行くね」
「ああ」
頷いてから、際限ないな、と思ってしまう気持ちを一言でいう。
「待ってる」
「うん」
***
「えへへ、いらっしゃい」
その日の夜。
いつものように桃香の部屋にそっと迎えてもらい、軽いハグを。
体温と感触を確かめて深い安堵を感じた後、身を離した時だった。
「はやくん」
「ん?」
「ちょっとだけ、目をつむってくれる?」
「わかった」
また何か思いついたな、と心の中で微苦笑するも素直に従う。
ほんの少しだけ、桃香からのを期待したもののその場合少し屈まなければならないため桃香からのそういう促しの仕草がある筈だがそれは無く、ただ待機状態となっていると何かの音がした。
朝方、聞いた覚えがあるような気がする音だった。
「桃香?」
「まぁだだよ」
思わず名前を呼んで尋ねれば、悪戯っぽく甘い声で返される。
「んんと?」
「まーだだよ」
「……」
「はやくん、こういうときは?」
「もういいかい?」
促された作法に従ってもう一度訪ねれば。
「もういいよ♪」
心の底から楽しそうな返事が。
「……」
「ももか、どーこだ?」
元々幼い寄りの所がある声が、完全に童心に返って笑いを含んで促してくる。
ただ、どこだも何も。
全然時間は無かったし、声はすぐそこからするし、カーテンの裏からミルクティー色のほんの少しだけ先端に癖のある髪が見えている。
「桃香」
洗いたてのカーテンを二枚、大切なプレゼントの梱包を解くように捲る。
「見つけた」
「えへ……見つかっちゃった」
にこりと笑う顔にレースカーテンがかかっている様に思うことがない訳ではなかったけれど。
桃香の声に引き戻される。
「はやくん」
「ん……」
「捕まえて、くれないの?」
促されて。
それ以上に表情と声色に駆られて腕を伸ばして引き寄せる……さっきのものよりほんの少しだけ乱暴に。
「えへ……」
「ん?」
「たのしい」
満点の対応だったらしく、桃香の手も隼人の背中に回って、抱き締め返される。
「楽しくって、しあわせ」
「ああ……俺も」
胸の奥底から息を吐きながら応じる。
「かくれんぼ、久しぶりだったね」
「そうだな」
反射的に応じてから、改めて考えると声に笑いが混じる。
「はやくん?」
「いや……」
「?」
「桃香は昔から、隠れ方がシンプルだな、って」
そう言うと、桃香が軽く身じろぎして胸に埋めていた顔を上げる。
「だってね」
「ん」
「隠れるのも好きだけど、一番なのははやくんに見つけてもらうことだもん」
「……」
「ね?」
上手く返す言葉が出なかったけれど、表情で充分だったのか満足そうに笑って軽い頭突きで桃香が帰って来る。
「はやくん」
「うん」
「明日も、お天気いいみたいよ」
昔の頃のような、でも決して同じではない声で桃香が囁く。
「いっしょに、遊びに行こうね」