球技大会/二年生五月
「おう、ネギに勝利」
「お?」
「あん?」
「一五分後に、待ってるからな!」
ビブスを脱ぎながらコートを後にしてきた蓮がもう一つの準決勝を先に終えていた隼人たちのクラスチームに指を突き付けて通り過ぎていく。
「まあ、概ね予想通りの組み合わせになったね」
そう言いながら蓮の後ろを歩いてきた誠人がにこやかにそんなことを言う。
蓮と誠人のクラスのチームは現役の二人に加えて中学校までの経験者で揃えた有力チーム、一方で隼人たちのクラスは現バスケ部のエースを中心に身体能力の高い面子を集めて構成されていた。
「まあ、僕としては望むところではあるんだけど」
「……」
「こことそこに複雑そうな人が居てね」
それを受けた友也が軽く片目を閉じる。
「そうだったね」
「……別に、俺は大丈夫だけど」
「じゃ、綾瀬さんは……」
言いながら三人の目は応援の生徒たちの群れに向けられる。
自分の出場競技を終えて体育館にやって来ている桃香は、琴美と絵里奈に挟まれて真剣(?)な表情をしている。
前の試合は自分のクラスのチームの猛攻に拍手を、その前は隼人のブロックやリバウンドにガッツポーズを生き生きと披露していた、のに。
「普通に、自分のクラス応援しろって言ったのに」
「おやおやー」
「吉野はそれでいいのかい?」
友也と誠人に両脇から肩を抱かれる、ものの。
「別に、今回は仕方ないし……自分のクラスのことを優先したからって桃香がどうこうだって全く思わないし」
「ふーん」
「ほー」
「へー」
「とどのつまり何があろうと桃香の気持ちは自分のモノって言いたいわけね?」
軽くどつき合っていた勝利や連にまで睨まれたところに、いつの間にか近くに来ていた花梨が軽く火種を放り込んでいく。
「やっぱどさくさ紛れにボールぶつけてやろうか」
「やめとけ根岸、それよりは池上とかにヤらせろ」
「あ、あのー……」
確かに。
蓮たちのクラスの女子からは微笑ましく見られているものの、男子からはまだ若干ほんのりとした殺気が時々飛んできているのを自覚してはいる。
絵里奈曰く「頭では彼氏持ちだとわかっていても折角同じクラスになった学年トップファイブ入りの可愛い子を独占すれば恨まれるよね」とのこと。
「あら、いいじゃない」
「吉野君頑丈だし」
「そうそう、ペナルティ稼いで楽に勝たせてもらうぜ」
「いくら隼人でもフリースロー五回投げれば一回くらい入るよね」
「試合終わったら桃香に保健室でお手当してもらえばそれでチャラでしょ」
軽い騒ぎに便乗してきた美春や真矢にもからかわれながら。
準決勝よりこっちの方がよっぽど疲れたな、と溜息が出る。
「……」
そしてつい、桃香の姿を求めてしまうものの。
悶々と体育座りで自分に何かを言い聞かせている桃香ではなく、その両脇の琴美と絵里奈が素敵な笑顔で手を振ってくれたのだった。
「……っと」
一年生の決勝が終わり、二年生の部の決勝が開始され……数センチばかり高い相手選手とのジャンプボールを制して勝利へとパスを放る。
いっけー! と美春の大きな声に代表されるように自クラスの方は沸いたのが耳に入り、チームメイトを追おうとした視界の端には軽く呻く相手クラスの応援団が映る。
お預けを食らっているかのような何とも言えない顔をしつつも、自分のクラスに声援を送っている桃香も。
「……」
我慢しているという意味なら一番気力が湧く笑顔を封じられているのは同じだよな、と改めてそれは一旦心の引き出しに仕舞い。
自分の役割に従いゴール付近へとダッシュする。
試合の方は点の取り合いのシーソーゲームになり、終盤へと流れ込んでいた。
その中で徐々に徐々に、積極的にリバウンドを狙うもののシュートには殆どいかない上にそれを外した隼人への警戒は緩んでいるように思えた。
正確には、緩めているというよりはもっと危険な点取り屋たちへ意識が流れて行っている、というべきか。
そして残り一分、相手チームのシュートが決まり一点ビハインドとなった時点で、友也から一瞬だけ目配せが来た。
友也が入れたボールを勝利が運び全員が切り込んでいく中、隼人はスリーポイントぎりぎりの所定の位置に移動し。
「誠人!」
「くっ!」
気付いた蓮の声で友也へのマークを外してこちらに全力ダッシュする誠人が跳ぶ上からシュートを放つ。
果たして。
それはリングで跳ねた後ボードに跳ね返され再度リングに激しく何度か当たりながらも。
「……入った」
最終的にはネットを通過して、ブザー音と共に体育館の床に跳ねていた。
「やったな、吉野!」
「打ち合わせ通り」
「おっと、ネギ君たち、ストップストップ」
「おーおー……ブレないこった」
駆け寄ってくる今年からクラスメイトの他二人を、訳知り顔の友也と勝利が制している声を聴きながら。
隼人は苦笑いを浮かべる。
それは決して綺麗とは言えないゴールにではなくて。
「ははは……」
思わず思い切り掲げそうになった両手を合わせながら、そっと座り直して周囲に謝っている桃香に対して、だった。
***
「だって」
「うん」
「はやくん、格好良かったもん」
帰宅後、隼人の部屋で。
少し頬を膨らませながら、隼人が奢ることになったカップアイスを食べている桃香が呟く。
「まあ」
「うん」
「桃香はよく我慢した、とは思う」
桃香が食べているチョコクッキー味と同じシリーズの抹茶を一口食べてから、隼人も呟く。
「最後の最後にアレだったけど」
「うー……だって、はやくんの初ゴールだよ?」
「……初、じゃない」
「でも、はやくんだってちーっちゃく右手だけガッツポーズしてたじゃない」
「……」
実はご指摘の通りだった。
「わたし、見てたんだからね」
「まあ、決められて嬉しかったのは確かだし」
「うんうん」
おめでとう、と言いながら桃香がスプーンに自分のアイスを乗せて差し出してくる。
そうされてしまうと抗えなくて素直に口に入れられる。
「いつのまに特訓してたの?」
「ん? ああ」
自分のものより結構甘めのそれを食べきってから、説明をする。
「特訓までしたわけじゃなくて、事前に一番入る確率が高い位置を確認して少し体育の授業中に練習しただけ」
「そう、だったんだ」
「桃香」
「ほえ?」
「そもそも、そんな時間なかったのは知ってただろ?」
昼休みに下校時、等々……ちょっとした空き時間ならともかく、特訓とまで言える時間を桃香に知らずに捻出するのは不可能と言える。
「そっか、そうかも」
納得、と頷いた桃香に今度は抹茶味を差し出してから。
「桃香の方こそ、どうだったんだ?」
「え?」
「大分派手にガッツポーズしそうになってたけど」
「だって……うれしかったし」
「それは俺も嬉しいんだけど」
ごちそうさま、とスプーンを置いてから。
「男子のバスケットは準優勝だったけど、クラス順位は総合優勝だったし誰も気にしてないよ、って」
「ならよかった」
「むしろ……彼氏さんの活躍なら仕方ないよね、とか、はやくんのこと格好いいって言ってくれた子もいて、うれしかった」
「ん……そう、か」
去年の今頃だとそれはむしろ頬を膨らまして不機嫌になられるコースだった気もしたけれど。
「えへへ」
「何だよ」
「付き合っちゃってる、からね」
余裕の笑みで胸を張ってそう言った後、指をピースサインにして。
「それに、誰よりはやくんのこと格好いいって思ってるの、わたしだもん」
「……それは」
「うん」
「どんなシュートを決めるより嬉しいな」
「えへへ……よかった」
そう笑い合ってから。
体育館ではできなかったハイタッチを、両手で交わした。