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夜の習慣/二年生四月②

「はやくん」

「ん……」

「どしたの?」

 もう一年になろうかというほぼ毎晩の習わし。

 その最初の頃のように窓枠に腰かけた隼人に桃香が首を傾げる。

「いや、その……さ」

「来てくれないの?」

 ぽんぽん、と普段の定位置の辺りをたたいて首を今度は反対側に……そしてそうするとほんの少し先に癖のあるミルクティー色の髪が揺れる。

 そうした時にほんのりと香る桃とミルクの香りが届く距離ではないけれど脳裏に再生されてしまう。

「今更なんだけどな」

「うん」

「毎晩毎晩大変なことをしていたことに気付いた」

 生まれたときからの幼馴染かつ、現在は無事交際に至った二人ではあるが……毎晩年頃の女の子の部屋に想い合っていたとはいえ上がりこんでいたことに。

 双方の両親から厳重注意があったっておかしくない、というかむしろあって然るべきなくらい

だろう。

「はやくんはやくん」

 そんな隼人に、いつもの調子で。

「すっごく、いまさら、だね」

「……まあ、うん」

 全くこれっぽっちも意に介していない仕草で手招きをされる……最近ますますどちらの家の愛犬か解らなくなってきたかぐやを呼ぶ時の仕草。

 まあそれでも直接捕まえに来ない辺りは窓際ということを配慮しているのだろう。

「あ、今日はやくんのクラス、古文だったもんね」

「まあな」

「平安時代のところ、だよね」

「ああ」

 そこでの男性が女性の所に通う様が妙に心に刺さってしまって先程までの考えに至る。

 いや、至って普通の古書店の息子と青果店の娘だけれど。

「わたしも、この前そこだった時、ちょっと思っちゃった」

「だよ、な」

「でもね」

 定位置と窓の中間まで膝立ちで来た桃香が内緒話の手つきで頬の隣に手を持ってきながら囁いてくる。

「予約の予約されてるから……オッケーかな、って」

「……」

 先日の二人の誕生日、桃香の左手の然るべき個所に贈り物を約束した件を持ち出される。

「そうれはその、そうなんだけど」

「えへ」

「いや、そうでなくて……その前、からだったのは拙かったと思うし」

 だからって今がいいかどうかは別問題だよなとか考えていると。

「足りない?」

「そういう問題か?」

「ちょっと違うかも」

 あはは、と笑ってから。

「あ、だったらね」

「ん?」

「わたしの方から予約の予約の予約なら、ずっと前にしちゃってたよね」

「……それって」

 夜なのに、夜だから? にっこりと眩しく頷いて。

「およめさんになりたいな、って」

「……うん」

「言っちゃってた、よね」

「ああ」

 覚えてる? なんて微塵も疑っていない顔で聞かれれば頷くのみ。

「はやくんは、特別」

 そんな囁きに呼ばれるように。

「えへへ……」

「何だよ」

「はやくん来てくれたな、って」

「……ん」

 細かな疑念など放り投げて。

 抱き締めないわけにはいかなかった。




「もー、はやくん」

「ん?」

「すぐ入らないからちょっと冷たくなってる」

 平均気温より妙に冷えている気がする今日の夜。

 半袖から出ている二の腕付近に内側から頬を当てて、そんな囁きが胸元辺りから聞こえてくる。

「離れた方がいいか?」

 結構重度の寒がりに一応聞いてみるものの。

「そうじゃないでしょ」

「ん」

「ちゃーんとわたしであったまってね?」

 えいっ、と背中を抱き締め返される。

 普段通りの抱き心地に今はちょうどいい加減の体温の効果が加わって……。

「やっぱり」

「うん?」

「……」

「んー?」

「ええと」

「どうしたの?」

「好きだな、って」

 感じている全てはそういう言葉に変換される。

「うん」

 わたしもー、と言いながら二の腕と心臓の辺りに順に頬を擦り付けられる。

 そうされていると少々冷えたところに心身ともにあたためられて……。

「あ……ごめん」

「ううん、いいよ」

 ちょっとだけ欠伸が口から出てしまう。

「心地いい、って思ってくれてるんだよね?」

「ああ、うん」

 頷くと、少し間を置いてから。

「……お泊り、する?」

「流石にそれは駄目だろ」

 さらりと囁かれた誘惑を、考える前に却下する。

 考えてしまうと深みに嵌まるのがわかっているから。

「じゃあ」

「ん」

「……連れて帰っちゃう?」

「あのな」

「あぅ」

 軽く変なスイッチが入ってはいやしないか? と一旦身体を離してデコピンを見舞う。

「女の子が……滅多なことを言うんじゃない」

「うん、でもね」

 肩を押さえた、全く力の入っていない手を押し退けて。

 軽く正面衝突をされる。

「今日はそのくらい、いっしょがいいな、って思っちゃったから」

「それは……俺も同じだよ」

「ほんと?」

「当たり前だろ」

「実は毎日同じこと……思ってるけど」

「それも、同じだよ」

「えへ、よかった……」

 また一旦身体を離してお互いの目を見て……それから。

 「はやくなっちゃいたいな」という呟きに軽く返事をしつつ塞ごうとして……。




 その、瞬間。

「「!!!?」」

 階下から聞こえた、それこそ隼人の部屋の方でも聞こえただろう派手な音に慌てて辺りを見回し、自信や何かではないのを確認した途端に、桃香に触れている距離から飛び退いた。




***




「お父さんが洗い篭からコップ取ろうとして失敗したみたい」

「そっか」

 一階に様子を見に行った桃香が戻ってきてドアをそっと閉める。

 一旦自室に戻るべきかどうかも迷いつつ、何となく正座で待機していた隼人はそういうことかと頷いた。

「夜分にご近所に申し訳ないな、って言ってた」

「ははは……」

 そこで「邪魔して悪かった」的な発言だったらどうしようとか思ってしまう。

 目溢しはされているものの、バレていない筈はないとも思っている。

「さっきのはやくん」

「ん?」

「うれしかったよ」

 音がした瞬間、桃香をしっかりと腕の中に収めつつ辺りを疑って。

 それから。

「そのあと、すっごく下がるの早かったね」

「そりゃあ、まあ」

 安全を確認した後、桃香から身を離していた。

 晴れて公認の恋人同士とはいえ、やや憚られる時間帯と行為なのも自覚している。

 そしてその時間帯が色々あっていつもより深い時間に差し掛かっていることも。

「さあ、もう遅くなったな」

「……うん」

「じゃあ、おやす……」

 それだけ言って戻ろうとしたけれど、手を大きく広げるジェスチャーに許してもらえない。

 それなりにしっかりと触れ合ったけれど、最後があれでは消化不良なのは実は同じで。

「また、明日な」

「うん」

 もう一度抱き締め直してから、髪に指を通して……一言付け足す。

「その、おやすみの後が違う形になる時は」

「!」

「俺も楽しみにしてるから」





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