グラム/二年生三月
「三百グラム、かな?」
「おおー、三問連続正解」
「桃香やるーぅ」
「?」
珍しく。
放課後に隼人のクラスまでやって来るのが遅いからと逆に鞄を持って様子を見に来てみれば何やら十人ばかり女子が集まって盛り上がっている様子だった。
「あれ、何してるんだい?」
「お、吉野」
丁度そこから離れて鞄にノートを詰めていた誠に尋ねれば。
「調理実習の時に綾瀬さんが」
「うん」
「何も見ずにピッタリ砂糖を計量して、そこからの流れで重さ当てクイズで盛り上がってるんだよ」
「あー」
確かに青果店の娘としての手伝いプラス隔週で週末にやっているお菓子作りの絡みでそこらへんの感覚が鋭いというか測り要らずなのは知ってはいた。
そういう理由で余計な工程が生じないから全般的にゆっくりとした動作ながらもそれなりに手際よく店先や台所で動けていて……。
「鼻の下、伸びてるけど」
「伸びてません」
時折、よりかなり高い頻度でどちらかの家の台所でその様子を目にすることへの面映ゆい気持ちをどうにか消す。
間違いなく好ましくて良いものなのだが、公の場で思い出すと危険だった。
「じゃ、部活行くから」
「うん、頑張って」
軽く上げられた手に同じように応じて後姿を見送ってから、さてどうしたものかと女子グループの様子を伺えば。
「あ、吉野君来てるじゃん」
「ごめんごめん、盛り上がっちゃって」
立っていた関係で琴美がまず見つけてくれて、それから人垣が割れてルートを作られる。
「はやくん!」
迎えに来てくれたんだね、と。
喜色満面の見本のような表情を向けられて気恥ずかしさと、けれどしっかりとした満足感を覚えていると。
「桃香のセンサー結構優秀だけど、吉野君知ってたの?」
「まあ、何となくは」
話を振って来た絵里奈に、どういう機会に? と誘導尋問を企む笑顔で畳み掛けられ、何度も一緒の台所にいたことは誤魔化す方向で回答する。
「そりゃあお店の仕事で籠盛とか作ってるのを見たことあるし……ああ、でも」
「でも?」
「桃香の親父さんまでいくと持たなくても見た目で大体わかってるから本職はすごいよ」
「お父さん重量センサーだけじゃなくて糖度計まで付いてるからね」
「肉屋さんの重さを当てれば割引イベント出禁にされてるよな」
「うん。そうじゃなければもっとローストビーフとか作れるのにって嘆いてるよ」
そんな会話をにこやかに交わした後で、気付く。
周囲の女子たちのあらあらまあまあ、と言った視線に。
「婿、婿なのね?」という誰かの呟きは聞こえなかったことにする。
「え、ええと……帰ろう、か?」
自爆とは言えそんな雰囲気にどうしたものかと迷ったところに。
「ちょっと失礼……桃香」
「え? あ、うん」
スッと横に滑り込んできた琴美に右手首を捕まえられ、そのまま桃香のてのひらにそれを乗せられる。
所謂、お手という奴。
「こちらは、重さどのくらい?」
「……え」
「えっとね」
片目を瞑りながらの琴美の質問にどっと笑う女子の中で桃香が少し考えてから口を開く。
「六十台前半、かな」
「あら? 案外アバウト」
「それ以上はないしょだよ」
口元に人差し指を持って来ての余裕の笑み。
「と言うか、見た目の割にちょっとある感じ?」
「はやくん、けっこう引き締まってて、力持ちだから」
その言い方は妙な邪推を生まないか? それとも俺の考えすぎか? いや実際一部女子から「おやまぁ?」って顔で見られているぞ? とか思っているところに。
「もういっちょ失礼」
「どりゃっ」
今度は絵里奈も加わって隼人と桃香の手の位置が強制的に入れ替えられる。
隼人の手の平に、桃香の手が乗せられて。
「吉野君は、当てられるかなー?」
「え? あ、よんじゅ……」
「は・や・く・ん?」
うっかり滑りかけた口を桃香の通常より低い声が押さえる。
「いや、その、想像です……知りません」
実際の所は母の実家での農作業手伝いでひたすら米袋を運んだ経験等からなんとなく、なんとなくはわかってしまっている隼人だった。
まあそれを言うと桃香の全体重を何かしらの機会で腕に収めたことを白状することになるので絶対に口にしないが。
「流石の桃香も吉野君にそれはシークレットだったか」
「当たり前でしょ!」
もー、と軽く膨れている桃香にくっ付きながら。
「それはそうと、週末はスイーツ食べに行くからね?」
「今の流れで?」
絵里奈の発言に、もちろんだよと顔が言いつつも疑問を呈している様子に。
「まあ、多少増えたって全然問題ないだろ?」
「あら、彼氏様的にはもうちょっと増しても全然オッケー?」
「きちんとコントロールしているし、出来ているのはその、知っているから」
「うーん、うれしいような、ちょっと複雑なような」
人差し指同士を突き合わせて言葉通りの顔をしている桃香を促す。
「とりあえず、そろそろ帰るか」
「あ、そだね」
なんにせよ、桃香と二人になりたくなる頃合いだった。
色んな、意味で。
「はやくん、はやくん」
「ん?」
荷物を纏めながらの呼び掛け。
「今日はかぐやのお散歩、いっしょに行っていい?」
「ああ、もちろん」
頷きながらも、周囲からの「今日も、の間違いでは?」という視線には気づかないふりをする。
気付かないふりをしながら、実はこちらに戻って来てから微増し続けている体重に今日は軽くハード目に散歩するかと心に誓うのだった。




