質問/二年生二月
「よしよし」
軽く公園で遊んでから帰宅して元気に尻尾を振っているかぐやの頭を撫でる。
今日の休日、桃香は午後から約束があると出掛けて行った……その分、午前中たっぷりと隼人を独占していったのは言うまでもない。
そんな訳で、いい天気なのも併せて愛犬サービスしつつ軽く汗をかいてきたところ。
手持無沙汰で身体を動かしたかったから……決して。
「……寂しい訳じゃないからな」
誰に言うでもなく、自分に言い訳して。
そんな折、着信の振動にさっとポケットからスマートフォンを引き抜いてメッセージを確認すれば。
今から来れる? という旨の桃香からのもの。
一も二もなく、軽く顔を洗って着替えてからもう一回出かけてくると店番中の母に声を掛けたのだった。
「はやくん」
続報で場所を教えて貰った合流地点へと自転車を走らせれば、その少し手前の街路樹のある通りで手を振ってくれる姿。
ブレーキ音を立ててその前で愛車から降りる。
「来ちゃった」
「ん……中で待っててくれても良かったんだけど」
にっこりとした表情をやっぱり可愛いよな、と見つめながらも、外用の態度で応じる。
「ちょっとでも早くいっしょが良かったの!」
「……そうか」
実はかなりのスピードでこちらまで漕いできた件と利害はこっそり一致してしまう。
「じゃ、行こ?」
「ん」
閑静な住宅地を並んで自転車を押しながら歩調を合わせる……急ぐ理由はほぼ消失していた。
「お邪魔します」
「ええ、いらっしゃい」
自転車を停めさせてもらい、敷地に入ってからは桃香に先導されてちょっとした邸宅の玄関に入れば学校に居る時より少し雰囲気を柔らかくした花梨が迎えてくれる。
そのまま客間に通されれば。
「やっほー」
「こんにちは」
先客として絵里奈と、去年までとは隼人とも桃香ともクラスが違って少々久し振り感のある由香子が居た。
つまりは。
「カフェモカでいいのよね?」
「そうだよ!」
隼人の飲み物を桃香が堂々と胸を張って答えられる、そんな空気になれる間柄。
「さて」
談笑しながら女子勢が本日皆で作ったというフルーツケーキを五人で楽しんだ後、ティーカップを置いて花梨が切り出す。
「本題に、入りましょうか?」
「……」
女子会に呼ばれたからにはそれなりに理由はある筈だ、と軽く内心で身構えたところで。
「その、吉野君に質問というか相談に乗って頂きたいことがあって」
軽く意外なところから、由香子が話を引き取る。
「俺?」
「はい、その……吉野君は男子の中でもかなり話し易い人ですし、その」
「うん」
その評価はちょっと嬉しいかもしれない、と思いながら応じる。
「私の話せる男子の中でほぼ唯一の彼女さん持ちなので」
「えへ」
隣からかなり物凄く得意そうな吐息が漏れた。
……頭を撫でてやりたい衝動を抑えるのが大変だった。
「その、あのですね……」
「うん」
「……私、先日からとある人とお付き合いをはじめまして」
若干迷いながらも口にした由香子に、何となく頭を下げる。
「それはおめでとうございます」
「いえ、ありがとうございます」
「素敵なことだよねー」
深々と下げ合った頭を戻しながら視線の端には平和な笑顔がチラッと見える。
「ええと、吉野君と綾瀬さんのように公言している訳ではないので……」
「いや、その、別に俺たちもその……自分から広めた訳では」
「そうなんですか?」
眼鏡の奥の心底驚いた、といった感じの反応に苦笑いしか出ない。
どうしてこうなっているんだろうな、と今になっても思う。理由も分かり切っているけど。
「その……隠すのがどうしても不得意だっただけで」
「えへへ……ごめんね」
小さく手を合わせてくる桃香には気にするなと軽く手を振る。手遅れにも程があるし。
「冷静に考えれば桃香が隠せるはずがないことに気付いておくべきだっただけだし」
「確かにそれは当時の吉野君の油断ね?」
「あ、花梨ちゃんひどい」
「そもそも桃香は吉野君が近くにいる時点でラブが溢れてたしね」
冷静な顔とニヤニヤした笑みで茶々を入れてくる花梨と絵里奈にこのままではこっちが弄られてしまうと咳払いをして修正を試みる。
「まあそれはともかく、みだりに言いふらすことはしないので」
「はい、そこは吉野君は大丈夫な人だと思っています」
頷いた由香子も軌道修正してくれる。
「ただ、その、初めてのことなのでどうしてもわからないこととか、これでよかったかとかが自信が持てないことがあって」
「で、そんな話していたら吉野君にも意見聞いてみようか、ってなったワケ」
「なるほど」
絵里奈の捕捉に頷く。
「例えば、なんですが」
「はい」
「二人で出かけたりも二回ほどしたのですけれど、どうしてもうまく話が続かない時があって……やっぱりそういうのって気になります、か?」
尋ねられたことを自分にフィッティングさせて考える。
「……」
無理にそうしなくても特に気にならないし、むしろ沈黙が心地いいときすらある、が。
「いや、そうじゃないな」
「?」
首を振ってもうちょっと一般論寄りに頭を切り替える。
自分と桃香がかなり気の置けない間柄からスタートしていることは自覚していた。
「でも、やっぱり意中の人と一緒に居ることが重要だと思うので気にし過ぎない方が良いかな」
あくまで個人の意見だけれど、と付け加えながら返答すればそれをお願いしてしますので、と返される。
「あとは、交際してまだ日が浅いのですけれど、手作りのお菓子なんかはまだ渡すのは早いと思いますか?」
「え? それは絶対に嬉しい筈だからそうした方が良いかと思うけれど」
今度はすらすらと応えると花梨と絵里奈から「実体験ね?」という顔で見られる……その通り過ぎて返す言葉もない。
なお、隣の桃香のご機嫌は目に見えて更に上々になっているのが雰囲気からも伝わる。
実際嬉しかったんだから仕方ないだろ、とは内心で呟いておく。
「手を繋ぎたいとかもこちらから言ってしまっても……」
「全然大丈夫でしょ」
「ですか?」
「むしろ応えるべきだと思うし」
外で最初にそうすることへの抵抗はあるかもしれないけれど、申し出自体が嫌なわけは無いだろうと説明する。
そんな間に。
「……」
一瞬だけ、皆の死角を縫って桃香の指先が隼人の手の甲を触れて行った。
他にも幾つかのやり取りを経て。
「言った通りだったでしょう?」
「そうそう、第一あちらから告って来たんだから向こうはされること大体全部嬉しいんだって」
花梨と絵里奈がカップを傾けつつそのように纏めをする。
それはそれとして、ほぼほぼ妙な鳴き声を漏らすだけで黙って聞いていたお隣は無茶苦茶ご機嫌な笑顔になっているのが見るまでもなくわかるレベルで空気が華やいでいる。
相談ついでに色々な事を遠回しに自白させられた気がしないでもない。
「細かいことは気にしては駄目よ?」
カップを置きながら花梨が小首を傾げる、桃香ほどわかりやすくはないが彼女も楽しんでいたのだろう、色々と。
「吉野君」
「あ、はい」
「色々と、ありがとうございました」
膝の上に手を揃えて、丁寧にお辞儀をされる。
「いえ、大したことも出来なかったと思うけれど」
「ほぼ惚気てただけだもんね」
こっちとしては甘々で楽しかったけどー、なんて絵里奈の茶々に苦笑いする。
「素敵な先輩カップルさんだと思いましたよ、改めて」
「えへ……」
由香子にしては大きめの笑顔で言われ、ソファーの上をじわじわと横移動していた桃香の肩が遂に隼人の二の腕に接触する。
「参考にさせて頂きますね」
「見習うのはよーく考えてからにした方が良いわよ?」
それってどういう意味だろうか、と突っ込む前に自分の脳裏に今までの諸々が浮かんで口が止まった隼人の隣で。
「でもね」
「?」
「大好きな人が居るとどうしてもそうなっちゃうと思うよ」
今日一番の自信満々さで桃香が胸を張るのだった。
***
「はーやくん」
その後。
二人並んで帰宅した後、食事などを済ませたいつもの時間。
普段より少し強めに桃香が飛び込んでくる、理由は聞かない。
「えへへ……」
いつもより多めに頭を撫でてしまう衝動と同じだと思うから。
「素敵な先輩、って言われちゃったね」
「まあ……桃香は素敵な彼女だとは思ってる」
「ありがと」
一度思い切り額を押し付けた後。
ぱっと顔を上げて。
「そっくりそのまま、はやくんにお返しするね?」
「なのか?」
「うん」
笑顔とそれがそのまま背伸びするのを、軽く屈むことで迎える。
「いっぱいあまえて、いいんだよね?」
「いつもしてるだろ?」
「えへへ……そうかも」




