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4.

 床で仰向けに男に組み敷かれたまま、両足同士を鎖に繋がれ、両腕は胸の前で鉄の拘束具にひとまとめにされているその女は、昔と変わらず、むしろより美しくなっていた。


 床に散らばる長い銀髪は、まるで女を彩る絵画の額縁のようにその美しさを際立たせる。


 吸い寄せられるように、男は女のその白い頬から首筋をそっと指先でなぞる。


 形の良い額に散らばる銀髪を撫であげて耳に触れると、そのまま顎のラインを辿ってその唇へと触れ、力を入れた指の腹でその形の良い唇を押し潰した。


 そんな女を無感情に見下ろす男を、女は嫌がるでも怯えるでもなく、ただただ為されるがままに瞼を伏せる。


「ーーなぜ黙っている。口枷はしていないはずだが、知らぬ間にどこかで舌でも抜かれたか?」


 ふっと口端を皮肉に歪めて問うた男の声に、その碧い瞳がゆっくりと黒い瞳と交錯した。


 何も発さぬその唇の代わりに、その濡れたように潤む碧い瞳が、何かを訴えるかのように男を見つめ返す。


「ーー申し訳…………ございません……っ」


「ーーーー…………」


 そんな瞳とは裏腹に、その唇から出る謝罪一辺倒に、男は眉間に深くシワを寄せた。


「ーー……っ」


 その折れそうに細く拘束された腕を荒く掴むと、力任せにベッド上へと放り投げる。


 バランスが取れずにゴロンと転がった女は、ギシリと軋むベッドの音と揺れ、そして自らの体躯の上に覆い被さる男の気配を、その碧い瞳で静かに見上げたーー。






「ーーあの、いい加減にお辞め下さいませんか……?」


「はっ!? やっと会えたっ!!」


「…………あの、私の話しを聞いておられますか……?」


 いつかの折に出会った森の中の川の辺りで、背後から難しい顔でひっそりと声を掛ける娘に、青年は顔を輝かせて駆け寄った。


「中々会えなかったから……っ!!」


「……お会いするつもりがないことが伝わりませんでしたでしょうか?」


「そう! だから果物とか野菜をキミと会ったここに毎日色々置いといてみたんだよ!!」


「………………」


 話がいまいち通じない青年と娘の温度差は凄まじいながら、青年はそんなことは意に介さないように話し続ける。


「あの時はありがとう! すぐにお礼に来たかったんだけど、1か月くらいまともに歩けないわ、使用人は撒けないわで遅くなってしまったんだ! いざ出歩けるようになってからここで毎日待ってみても全然会えないし、仕様がないから果物や野菜を置いといてみるも動物に食べられてるし!! あ、でも途中から貰ってくれてたよねっ!?」


 怒涛の勢いで一息にそこまで捲し立てると、青年は若干引き気味の娘の顔を覗き込んだ。


「ーー…………ぁ……っ」


「…………あれ、違った……かな?」


 やっぱり動物に食べられてた!? と何故か涙目で子犬のような目をする青年に、困惑したように言葉に詰まる娘。


 娘はしばし黙り込むと、次の瞬間にはフッと息を吐いて口元を押さえて顔を背けた。


 そのまま小刻みに身体を震わせて、ふふっと困ったように眉尻を下げて笑う娘に、青年は心臓を握り潰されたかのような衝撃を覚える。


 ドッドッドッと鳴り続ける心音に息苦しさを覚えて、青年は無意識に胸元を握りしめて唇を噛み締めた。


「……毎日毎日、ありがとうございました。……受け取るつもりはなかったのですが、傷んだり、野生動物に食い散らかされるのを見ていたら、勿体なく思えてしまって……。あんな美味しくて綺麗な果物や野菜は、とても貴重なものだと思いましたし……」


「そんなことはない! キミは僕の命の恩人だ! むしろ足りないくらいだ! 好きなものはあったか!? やはり果物かな!? あ、名産のぶどうはどうだった!? 今度はぶどうジュースも持ってこようか!? 冷やして飲むと本当に美味しいんだ!! キミに食べてもらえたら、きっと果物や野菜も喜ぶから!!」


「ぁ……っ」


「あ……っ」


 勢いのままに戸惑う娘の両手を握って身を寄せていることに、その距離の近さにハッとした青年はアワアワと手を離して真っ赤な顔で後退る。


「すっ、すまないっ! つい! あの、キミに……っ、また、あ、会えたことが嬉しくて……っ!!」


「…………い、いえ、あの、果物と野菜のお礼……を言うのは私の方……ですから……っ」


 アセアセと互いに顔を真っ赤にして俯く2人を、陽の光が穏やかに照らしていたーー。






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