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2.

「強情ですねぇ。女だてらに見上げたものだ。伯爵様、いかがです。趣向を変えましょうか」


「ーー何をするんだ」


 大して面白くもなさそうに、男は地に伏せて肩で息をする女を見下ろした。


 水責めは頭だけのはずなのに、全身が水浸しでその白い肌を透けさせる衣服の様相が、その責め苦の過酷さを物語っていた。


 片肘をついて聞き返す男に、ローブを纏った拷問官は揉み手でいやらしく顔を歪ませる。


「そうですねぇ、最近は魔女狩りが流行っております故、どこの誰が考えたのだか、目を見張るような道具が色々ありますよ。とは言え、何だかんだと昔ながらが1番堪えるのではないでしょうか」


「ーー早く言え」


「爪の間に針を差し込みます。そして抜いては差すを繰り返すのです」


 事もなげに答えた拷問官の言葉に、ピクリと表情を変えたのは女だけではなかった。


 しばし、緊張の走る沈黙が降りる。


「ーー好きにしろ」


 言い捨てた男の言葉に顔を明るくした拷問官は、そうと決まってはと女を引き起こして準備を始める。


 明らかに緊張の走る面持ちで拷問官のなすがままになるその水浸しの女を、男は無感情に眺め置いた。


 椅子に座らせて、肘掛けに両手を厳重に縛りつけると、次いで椅子の足にもその白い足を縛りつける。


「では、いきます」


 言うが否や、拷問官は長い針を女の左手にゆっくりと近づけていく。その勿体ぶった時間さえも、相手に恐怖や想像を促す手法なのだろうかと、男はぼんやりと考えた。


「ーーーーっっ!!」


 近づく針を見ていた女は、針が指先に届く寸前に強く目を瞑って顔を背ける。


「ーーぁ……っ!!」


「やめろ」


 身体を震わせて小さく呻いた女とほぼ同時に、男がピシャリと言葉を発した。


「えーー? あ、は、伯爵様。何かお気に召しませんでしたでしょうか?」


 ギラギラとした顔を欲求不満と不安に曇らせて拷問官が男に問えば、男はため息をついて立ち上がる。


「もういい。下がれ。よく考えれば、そんな痛ましい傷跡がある女など使()()()()()


「そ、そうは言いましても、自白させたかったのではないのですか、伯爵様……っ!」


 慌てたように追い縋る拷問官に、いくらか面倒そうな顔をして男は口を開く。


「吐かせたいが、吐かせたところで過去は何も変わらない。家族も領民も戻っては来ない。どんな理由があった所で、許すつもりもない。それなら()()()()()()()()()()()は、1番最後が建設的だ」


 そこで言葉を途切れさせる男を、ボロボロになっても美しい碧い瞳が、銀の髪の隙間から静かに見上げていた。


 光の届かぬ薄寒い地下で、長らく全身水浸しの女の唇は真っ青で、恐怖とは別の寒さからその細い体が震えているのが伺える。


「銀の魔女を捕まえたとの報告に張り切って呼び寄せたが、よく考えれば女を痛ぶって喜ぶ趣味は持ち合わせていなかった」


 興味なさそうにそう言って、男は屋敷の使用人へ拷問官の案内を引き渡す。


 束の間の沈黙の中で、互いに見つめ合う男と女。感情を見せぬままに、男は目線を合わせて女の前に座り込む。


「ーー時間はいくらでもあるんだ。ゆっくりと行こうか。お前が俺の前から消えた、3年分」


「ーーーー伯爵様の……仰せのままに……」


 弱々しく顔を伏せる銀の魔女に、男は怒りと憎しみが無い混ぜになったような、形容し難い表情で顔を歪めたーー。






「父上、魔女とは何なのですか」


 鉤鼻にローブを被った醜い老婆。そんな絵が描かれた子供向けの本を手に、少年は賢主と誉れ高い辺境伯へと問う。


「ーーそうだな、私にもそれはわからない」


「父上でもわからないのですか?」


「この世には知り得ぬことは山ほどあるからなぁ」


「ということは、やはり悪しき魔女は存在するということですか?」


「それを含めて、可能な限り正しい判断をしてこの辺境の領地を治めるのがお前の仕事だよ」


「ーー父上が治めるこの地で、魔女狩りを行わないのは、どうしてなのですか?」


「………………」


 純真無垢。汚れを知らないそのキラキラと輝く黒曜石のような瞳は、魔女を悪者にして描かれたその本と遠く流れてくる噂に、その真偽もわからずに正義感を刺激されていた。


「覚えておきなさい、   。必ずしも、大きな声や大多数が正義な訳でも、正しいとも限らない。大切なのは、正しい情報をできる限り掻き集めて、自身の判断を正しきものに近づけることだ。ーー私はその判断のもと、私の目が届く領内での魔女狩りを執り行わぬこととした」


 少年はそう言ってどこか寂しそうに、穏やかに笑んだ辺境伯を見上げた。


 辺境伯は、自身の力が及ばずに各地で無為に散らされる命に、心を痛めるような優しい人だったーー。






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