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ダブり集

御徒町樹里の冒険 分断された勇者一行

作者: 神村 律子

 僕は勇者。自信が揺らいでいるが、何とか勇者だ。


 魔王コンラの居城の中に突入し、妙な奴の罠を脱出し、更に螺旋階段を下へと降り始めた。


「カジュー様はどこにいらっしゃるのかしら?」


 相変わらず、美人武闘家のカオリンは乙女チックだ。


「腹減ったなァ……」


 戦士リクの腹の虫は鳴り続けている。


「リクさん、私の作ったランチを食べて下さい」


 実は美少女盗賊だったノーナが、カオリンの殺気が漂う中、勇気を奮ってリクにランチボックスを手渡す。


「うほほ、ありがとなァ、ノーナしゃん」


 リクは元々長い鼻の下をさらに長くして礼を言った。


 僕は気になっている事があった。


 樹里ちゃんの顔から笑顔が消えているのだ。


 どうしたのだろう? もしかして、「マジヤバい」という事だろうか?


「樹里ちゃん、どうしたの? 気分でも悪いの?」


 僕は我慢できなくなって尋ねた。すると樹里ちゃんは、


「そんな事ありませんよ、勇者様」


と笑顔フルスロットルで答えてくれた。


 僕はホッと一安心したのだが、それも束の間だった。


「もはやここから先は行かせませんよ」


 突如として螺旋階段の下からカジューが飛翔して来て、僕達の上に浮遊した。


 カジューは以前会った時と違って、とても兇悪な顔をしていた。


 それを見て、カオリンも目が覚めるだろうと思った。


「キャーッ! カジュー様ァッ!」


 両手を振って絶叫している。幻滅どころか、さらにヒートアップしているようだ。


 もうダメかも知れない。


「樹里様、勝負して頂きますよ」


 カジューが杖を振るうと、いきなり周囲の空間が歪み、僕達はその場から飛ばされてしまった。


「カジュー様ーッ!」


 それでもカオリンはカジューへの愛を叫んでいた。


「ノーナしゃーん!」


「リクさーん!」


 リクとノーナの相思相愛コンビは、手に手を取って飛ばされて行く。


「樹里ちゃん!」


「勇者様!」


 僕は危険を省みず、樹里ちゃんに近づき、彼女の手を握った。


「うわああああ!」


 次の瞬間、僕と樹里ちゃんもそこから飛ばされてしまった。


 


 風で飛ばされたのではない。カジューの魔力で空間ごとどこかに移動させられたようだ。


 周囲を見渡すと、そこには何かがたくさん横たわっていた。


「何だ?」


 薄暗くてよく見えない。僕は目を凝らしてそれに顔を近づけた。


「ひいいいっ!」


 そして腰を抜かしそうになった。


 そこに横たわっていたのは、人間の死体だったのだ。


 それも数え切れないほどの。


 見渡す限り、地面は死体で埋め尽くされている。


 しかも、その死体は皆、干物のように干涸(ひから)び、性別も年齢もわからない状態だ。


「樹里ちゃん!?」


 僕はすぐに樹里ちゃんを探した。樹里ちゃんは僕のすぐ横に立っていた。


「大丈夫か、樹里ちゃん?」


「はい。勇者様もご無事で何よりです」


 樹里ちゃんはいつもの笑顔で答えてくれた。


「樹里様。おまけがついて来てしまったようですが、まあいいでしょう。始めましょうか」


 少し離れた所に、カジューがいた。彼の周囲は魔力で光っていた。


 そう言えば、樹里ちゃんもうっすらと輝いている。


「カジュー、この死体は何だ? 今まで殺して来た人間のものか?」


 僕は震えながらカジューに尋ねた。するとカジューはニヤリとして、


「死に行く者に教える必要はないでしょう」


と悪役の常套句を言った。


 僕はとんでもない奴のいる場所に来てしまった事を思い知った。


「勇者様、離れて下さい。この魔導士さんと戦わないといけないようです」


 樹里ちゃんの顔から、また笑顔が消えた。今度こそ、マジヤバいという事?


 僕は心ではそばにいたかったのだが、身体が自然に後退(あとずさ)りしていた。


「悲しいけど、これ、戦争なのよね」


 ある有名な故人のセリフが頭を(よぎ)った。


「樹里ちゃん……」


 僕は退きながらも樹里ちゃんに声をかけた。


「大丈夫ですよ、勇者様」


 樹里ちゃんはまた笑顔で言ってくれた。


 でも、いくら楽天家世界選手権の優勝候補者と揶揄された事がある僕でも、もう安心はできなかった。


 樹里ちゃんは確かに強いのだろうけど、カジューも「パねえ強さ」だ。


 簡単に勝てるとは思えないし、もしかすると負け……。


 考えるのをやめた。仲間を信じないでどうする?


 そう思い、樹里ちゃんを全面的に信用する事にした。


「樹里様、覚悟して下さい。いくら貴女がお強いとしても、私のこの魔法には耐えられませんからね」


 カジューは勝ち誇った顔で言い放った。悪役のくせにカッコつけるな!


最弩級雷撃(テラライトニング)!」


 カジューの詠唱で、これでもかというくらいの極太の稲妻が走り、樹里ちゃんを襲った。


 僕は思わず目を背けた。樹里ちゃんは大丈夫と言っていたけど、これは無理だと思った。


 しかし……。


「まさか……」


 カジューの驚愕の声が聞こえた。僕は片方ずつゆっくりと(まぶた)を開いた。


 樹里ちゃんは全く何事もなく立っていた。


「魔導士さん、私には効きませんよ。貴方はわかっているはずです」


 樹里ちゃんは真顔で言った。カジューは苦笑いをして、


「やはり……。さすがに妹君だけの事はありますね、樹里様」


と謎の言葉を言った。妹君? 何の事?


「それから、私の名はカジューです。そろそろ覚えて下さい、樹里様」


 カジューも真顔になって言った。


 次の瞬間、樹里ちゃんが持っていた杖が粉微塵に砕けた。


「その杖が貴女を守っていたのはわかっていました。次は防げませんよ、樹里様」


 カジューの顔が狡猾に変わった。僕は何やら嫌な予感に襲われた。


「魔導士さん、貴方は思い違いをしています。貴方は私には勝てませんよ」


 樹里ちゃんは何故か笑顔で言った。僕はその笑顔が虚勢から来るものではないと感じた。


 樹里ちゃんは強い。カジューなんて目じゃないくらい強いのだ。


「強がりはおやめ下さい。見苦しいですよ、樹里様。貴女の持っていた杖は吸魔の杖。魔力を吸収し、その所有者の力に変換するものです。それが砕けてしまった今、貴女に私の魔法を防ぐ手立てはない」


 カジューの言葉は、他の誰かに対するものなら、的を射たものだったかも知れない。


 しかし、樹里ちゃんに対して言っても、酔っ払いの戯言レベルに聞こえた。


 それくらい、樹里ちゃんの顔は自信に満ちていたのだ。


「あの杖は、道具屋さんで二ゴールドで買った中古品ですよ、魔導士さん」


 樹里ちゃんは笑顔全開で応じた。カジューはその言葉を信じず、


「嘘を吐かないで下さい。あの杖は貴女の姉上のものです。私は知っているのですよ、樹里様」


 姉上? それは一体誰? と、ここで恍けてみても、もうバレバレなのだろうか?


「嘘は吐いていませんよ、魔導士さん」


 樹里ちゃんは笑顔のままだ。カジューは苛ついたのか、


「私はカジューです。覚えて下さいよ!」


とヒステリックに叫んだ。


「ならば私の魔法を受けてみて下さい。そうすれば、嘘か(まこと)か、はっきりしますよ!」


 カジューは杖を振り上げた。


熱風撃(ヒートプロー)!」


 カジューの杖の先端から、灼熱の炎を伴った風が吹き出し、樹里ちゃんに向かった。


「あああ!」


 炎が樹里ちゃんを包み込む。樹里ちゃんのローブがたちまち燃え上がり、樹里ちゃんは炎の中に消えた。


 僕は涙も出ないほど悲しくなった。樹里ちゃん!


「樹里ちゃーん!」


「はい、勇者様」


「えっ?」


 炎の向こうから、樹里ちゃんの爽やかな声が聞こえた。


 やがて炎は収まり、金色のローブを身に纏った樹里ちゃんが現れた。


 おお! 綺麗だ! 美し過ぎる!


 今まで樹里ちゃんはフードで髪を隠していたのだが、その全貌が遂に明らかになった。


 腰まで届くその髪は、漆黒と呼ぶのが相応しく、シットリとしていて、輝いていた。


「ぬうう……」


 カジューの顔色が悪いのがわかる。予想外だったのだ。


 ざまあみろ! そう心の中だけで叫ぶ気の弱い僕。


「魔導士さん、もう終わりにしましょう。お姉ちゃんは、こんな事、望んでいません」


 樹里ちゃんは慈愛に満ちた目でカジューを見ていた。


「そんな事はありません。私の願いはあの方の願い。私の命はあの方のためにあるのです」


 カジューはそう言い放つと、竜巻と共に姿を消してしまった。


「お姉ちゃん……?」


 僕は尋ねるのが怖かったが、樹里ちゃんを見て言った。


「はい、勇者様」


 僕の思っている通りだという顔で樹里ちゃんは微笑んだ。


「私は魔王コンラの妹です」


 驚くべき事実だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 戦う樹里ちゃんもかっこいいですねぇ。 一度読んだお話ですが、細部はやはり忘れていました。 素敵な時間をありがとうございました。
2011/07/23 18:45 退会済み
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