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【1】

『時を越えて』『めぐり巡る時の中』のシリーズ作。『時を越えて』の前半と後半の間に入るお話です

 会場の店に着き、宏基(ひろき)は入り口のガラスドアを押し開けた。


「あの、同窓会なんですが。あ、南第一小学校、の」

 迎えてくれた店員にそう告げると、笑顔で奥に案内される。

 今日は、小学校の初めての同窓会にやって来たのだ。

 大学に入学してひと月と少し経ち、季節はもう初夏。晴天の日中なら半袖でも過ごせるくらいになった。


「こちらになります」

 先導してくれた店員に礼を述べてパーテーションで区切られたその一角に足を踏み入れる。


「おー! 小野寺(おのでら)、久しぶりぃ」

 一番手前のテーブルで受付をしていたらしい男子が、片手を上げて呼び掛けて来た。


佐野(さの)

 考えるまでもなく、彼の名が口をついて出ていた。

 小学校の同級生とは大半が中学卒業以来になる。それも一学年二クラスだけだった小学校と違い、七クラスあった中学では疎遠になってしまったメンバーも含めて、の話だ。

 なのに、ほんの一瞬で記憶が(よみがえ)った。変わったのに変わっていない。おそらくは自分も同様なのだろう。


「覚えててくれてサンキュ。あ、受付してって」

「小野寺くん、これ席順のくじ引いて~」

 佐野の言葉に、隣に座っていた女子がくじの入っているらしい紙袋を差し出して来る。


「あ、うん。えっと、津島(つしま)さん?」

 女子はさすがに髪型や化粧もあって、変わり具合が男子の比ではなかった。当然、親しさの度合いそのものも異なる。

 そのため多少疑問符付ではあったものの、すっと名が出て宏基は逆に驚きを覚えた。


「そうそう。卒業してもう六年経つけど意外とわかるもんだよね。中学も一緒の子多いからかもしれないけど」

 そういえば、同窓会の案内に幹事としてこの二人の名が記されていたような、と思い当たる。


「今日は何人くらい来るの?」

 割り当てられたスペースはそれほど広くはないように感じられた。宏基の問いに佐野が答えてくれる。


「二十人ってとこ。やっぱ小学校じゃなかなか集まんないか。まー大学進学で遠く行った奴らもいるし、浪人組はそれどころじゃないみたいだしな」

 話しながらくじを引いて席を決め、会費を払った。


「きゃー、陽奈(はるな)ちゃん!?」

 受付も済ませて、幹事を労い席に向かおうかと顔を上げたタイミングで甲高い歓声が上がったのを耳が拾う。

 思わずそちらに目を向けた瞬間、宏基は己を取り巻く世界のすべてがスローモーションに切り替わった気がした。


「……み、くらさん」

 無意識に零れた呟きに、津島が即座に反応する。


「あ、そーなの! 陽奈ちゃん、東京(こっち)の大学来たんだよね。別に『六年一組二組の同窓会』じゃないからいいでしょ?」

 二クラスで六年過ごし全員がクラスメイトのようなものなので、特に『何年何組』と対象クラスを区切らす学年全体の同窓会という括りらしい。


「そ、れはいいんじゃない? うん、別に」

 津島の言葉に何とか相槌を打って、宏基は足元がおぼつかないまま奥のテーブルの方へ進んだ。

 三倉(みくら) 陽奈は、五年生の夏に名古屋へと転校して行った元クラスメイトだ。宏基の、淡い初恋の相手でもある。

 芽生えてすぐに目の前から立ち消えた恋の。


 全員が十代なのでソフトドリンクで乾杯を済ませ、食事しながらの近況報告を兼ねた挨拶も全員分一回りして終わった。

 会場内ではもう自由に行き来が始まっている。

 とりあえず周囲の懐かしい顔ぶれと会話を交わしながらも、宏基はグラスだけを手にタイミングを見て陽奈の席を目指して歩を進めた。


「三倉さん、久しぶり」

 第一声に迷った末、無難に話し掛けた宏基に彼女は笑顔を返してくれる。


「わぁ、小野寺くん!」

 陽奈の屈託ない表情、明るい声。

 素っ気ない対応をされなかったことに、まずはほっと胸を撫で下ろした。


「こっちの大学なんだってね」

「そうなの。有香(ゆか)ちゃんが『同窓会あるから来て!』って呼んでくれて。卒業してないのに図々しいかな、って思ったんだけど」

 陽奈の少し遠慮がちな口調に、近くにいた女子たちが口々に異論を被せる。


「何言ってんの! 五年生まで一緒だったじゃん、全然関係ない子呼ぶのとは違うでしょー」

「そうだよ~。有香のおかげで陽奈ちゃんに会えてよかったよ。戻って来てるのも知らなかったしぃ」

「そういやあたしと有香以外はみんな知らないんだ」

奈々子(ななこ)も文通続けてたの?」

「『文通』は中学入った頃までだね~。そのあとはメールと、今はもうメッセージよ。ね? 陽奈ちゃん」

 彼女たちの会話を傍で聞いたところでは、津島 有香と木村(きむら) 奈々子は陽奈が転校してからもずっと連絡を取り続けていたらしい。


「陽奈ちゃん、メアドかID教えてくれる?」

「あ、わたしも!」

 一人が切り出すのに、ブランクがあったらしい周りも便乗している。


「いいよ、あたしも知りたい」

 陽奈はすんなり了承して、バッグからスマートフォンを取り出した。

 わいわいと連絡先を交換している女性陣。

 陽奈と離れるときは住所を訊くことさえできなかった。ほんの一歩、踏み出す勇気がどうしても出なかったあの頃。

 八年も経ったのだ。自分はもう十歳の子どもではない。同じことを繰り返すのは嫌だ。


「三倉さん、俺も、──俺も番号交換してもらえる、かな?」

「もちろん」

 情けなくも微かに震える声で頼んだ宏基に、彼女は躊躇なく笑みを浮かべて頷くとスマートフォンを握り替えた。

 周りの友人たちの目が他に向いて、宏基にようやく陽奈と二人きりで話せる隙がやって来る。

 この好機を逃すわけにはいかない。


「三倉さん、俺さ、あの。……最後にもらったボールペン、今も持ってるよ。持ってるっていうかずっと大事に使ってるんだ。あれ、見た目カッコいいだけじゃなくてすごく書きやすいよね」

 彼女を意識するようになったきっかけは、教室で落としたボールペンを拾って渡したことだ。五年生の五月の、それ自体はほんの些細な出来事。

 その年の一学期の終業式、転居して行く陽奈がクラスメイトに別れを告げた日の出来事だった。彼女からまるで押し付けるかのように贈られた、外国製の洒落たボールペン。言葉通り、宝物のように大切に使っている。

 宏基は陽奈の想いに、──おそらくは勇気を振り絞ったのだろう行動に応えることができなかった。


「嬉しい。──あたしも、あげたのとお揃いのペン今も使ってるんだよ。学校行くとき、ペンケースに入れて毎日持ち歩いてるの。さすがに今日は持ってないけど」

 口先だけではなく心からの喜びが窺える彼女の表情に、宏基の鼓動はより高鳴って行く。

 八年近く前から止まったままだった時間が、ようやく動き出した。

 今を逃せば、きっと二度と二人の生きる道は重ならない。一瞬交差して、また離れて行くだけだ。

 そんな予感がした。

 久しぶりの再会は、きっと運命(・・)だ。彼女の存在を忘れたことはないが、今日会えるなどと頭の片隅にもなかった。


「三倉さん。──後で連絡するから」

 同窓会がお開きになって、帰り掛けの喧騒の中。


「うん、待ってる。ありがと」

 喉がカラカラになりながらもなんとか絞り出した宏基の台詞に、陽奈ははにかんだように笑ってくれた。

 後悔の日々は今日で終わりにしよう。明日からは、彼女との関係が変わるといい。

 単なる懐かしい幼友達だけではなく、ひとつその先へ。移り変わろうとする季節とともに、鮮やかに。



    ◇  ◇  ◇

《三倉さん、小野寺です。今日はすごく楽しかったね。もしよかったらまた会いたいです。予定教えてもらえないかな。》

 早速、帰宅して一息つくなり彼女に送ったメッセージ。


《メッセありがとう、小野寺くん。あたし、明日は大学三限で終わるの。だから夕方でよければ会えるよ。小野寺くんはどう?》


《俺は明日、午前中で終わり! 早い方がいいから明日会いたい。》

 ほぼリアルタイムのやり取りで、とんとん拍子に話が進んだ。


 ──互いに「会いたい」気持ちがあるからだ、と嬉しくなる。


 待ち合わせは二人の大学のちょうど中間にあたる街。

 生憎小雨の降る中、翌日の夕方に駅で落ち合った。とりあえず屋内に、とリーズナブルで名の通ったファミリーレストランに向かい食事をしたのだ。

 どこにでもある行き慣れた店で、よく知らない街では他に何も浮かばなかった。切り出した際に彼女も難色を示さなかったので、問題があるとは考えもしなかった。


 のちに「初デートでファミレスに連れて行く男なんてその時点でNG」という女性側の意見を耳にした時は青褪めたものだ。


「はあ!? あたしあのお店大好き~。美味しいじゃない? 気楽に一杯食べてもお安くて学生には安心だしさ。いや、なんか食べたくなって来た! これから行かない?」

 冷や汗の出る気分で謝った宏基を、恋人は明るく笑い飛ばした。


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