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粗忽その4 森のレー君、人間になる

「ちょっと森の龍くん!」


 フリージアとレーが村人たちの行動を訝しんでいると、小鳥たちが血相を変えてやって来た。レーは下降をやめてホバリングに切り替える。


「なんだよ?どうした?小せぇの」

「村の人たちが怖がるでしょ!」

「急に辺りが暗くなったから、みんな雨かと思って見上げたんだよ」

「空を見上げたら見たことない変な奴がいたって、考えてもご覧なさいよ」

「そんな大きな図体して低く飛んでたらお日様が隠れちゃうでしょ」


 小鳥たちは口々に抗議した。


「ええっ、そうなのか?」


 レーは考えてもみなかったのだ。人間たちにとって、自分がどんなに巨大で異様な存続であるかということを。小鳥たちから人間の暮らしを教わるとはいえ、今まで森に篭っていた。フリージア以外の人間とは、実際に会ったこともない。


 デュラム領主館の魔法使いたちには気をつけようと思っていた。だが、自分を切り刻んで粉になるまで調べ尽くすことが出来る存在が人間なのだと誤解してしまった。



「俺を怖がる人間なんているのか」

「ええっ、何言ってんの?普通は怖がるでしょ」

「ううん、そうか。困ったなあ」

「もっと高いとこ飛ぶとか、ひとりでいる時みたいに、見えなくなる魔法を魔法使いから掛けて貰ったら?」

「見えなくなる魔法か。そいつぁいいかもな」


 レーはひとつ頷くと、背中のフリージアに目を向けた。フリージアはそれまで黙って聞いていたのだ。何か意見があるかもしれない、という期待を込めて、レーは振り返る。


「あれ?フリージア、具合悪いのか?」


 フリージアは真っ青になって震えていた。額には脂汗が滲んでいる。レーがフリージアのこんな姿を見るのは初めてだ。レーは心配しすぎて怖い目付きになった。小鳥たちは怯えて逃げてしまった。


「なあ、大丈夫か?ひとまず降りるか?森に戻るか?」


 レーはおろおろして話しかけ続ける。


「レー」


 フリージアはようやく一言返答をした。



「ん?なんだ?言ってみな?」


 フリージアは数回深呼吸をしてから、もう一度口を開いた。


「私、捕まっちゃうかな?」

「は?」


 レーはフリージアがどうしてそんなことを言い出したのか分からなかった。


「だってそうでしょう?レーが言った通り、私は災害で犯罪者だと思われて当然だもの。またこんなことになって」

「いやまぁ、俺もよく考えずに村へ行こうなんて誘ったから」


 フリージアはまだ震えている。レーは懸命に宥めた。


「でも、レー。私がまたうっかりしてたからいけないのよ。レーを隠さなきゃいけない、ってこと、すっかり忘れちゃってたから」

「いやでも、フリージアと一緒にいれば狙われねぇ、って思ってよ。俺も油断してたんだ。俺が狙う方だと思われるなんざ、夢にも思わなかったんだよ。悪ぃ」


 フリージアはレーの首にしがみついた。


「レーは悪くないわ!ごめんなさい。私のせいで、レーが怪物扱いされちゃったのよ」

「いや、フリージアのせいじゃねぇって」


 フリージアは、レーを失うのではないかと思うと恐ろしかった。試験を荒らした危険な魔法使いが、凶悪な魔法生物を使役していると見做されたらどうしよう。そんな事になったならば、領主館の護衛魔法団だけではなく、騎士団総出で討伐に繰り出すかも知れない。



「レー、ヴァのいる滝でおろして?そこから山向こうの森を越えたら、お隣のションカ領よ」

「逃げんのか?まだお尋ね者って決まったわけじゃねぇのに」

「決まった時に逃げても遅いわよ。ションカ領に入れば、もうデュラムの領主さまに捕まることもないでしょう?」


 先走ったフリージアに、レーは難色を示す。


「まずは落ち着こうぜ。ションカ領に俺が隠れられる場所があんのかも分かんねぇしな」

「それは心配しないで」


 フリージアは声の震えを抑えて言葉を紡ぐ。


「私、独りで行くわ。この森の隠れ家なら、レーはもう安全に暮らせるしね」

「は?契約者だろ?離れるとか、おかしいだろ?」


 レーはあまりにも驚いたので、羽ばたきが止まりそうになってしまった。


「私がいたら、レーに迷惑を掛けてしまうから」



 ガタガタと震え続けるフリージアを、レーは独りにしておけなかった。


「バカなこと言ってんじゃねぇよ」

「いいえ、ひとりで行くわ」

「カーッ、強情だなあ!いい加減にしろよ?フリージア」


 レーは別離にこだわるフリージアを無視して、そのまま村へと近づく。


「龍くん、何してんのさ?」

「お屋敷の護衛魔法団だの町の魔法警備隊だのに攻撃されちゃうよ!」

「心配すんな、小せぇの!いい考えがあんのさ」


 小鳥たちの小言にレーが返したのは、ニヤリと自信たっぷりの表情だった。


「本当?」

「どんな考え?」


 興味を持ったのは小鳥たちだけではない。


「何をしようってのよ?レー?」


 フリージアも、レーの案を聞いてみる気になったようだ。



 レーは飛びながら尻尾を器用に曲げた。そして、尻尾の先でフリージアの背中をトントンと叩く。


「まあ、落ち着きなって。考えてもみろよ、フリージア」

「何を?」

「フリージアは、魔法でかなりいろんなことが出来んだろ」

「まあ、そうだけど?」


 褒められて、フリージアは満更でもない。土気色だった顔に少しだけ健康な朱が戻って来た。


「そしたらよ、俺を人間の姿に出来んじゃね?」



 フリージアの顔がぱああっと輝いた。


「そうね!その手があったわ!」


 フリージアはすぐに呪文を唱える。


「森龍レーの契約者フリージアの名の(もと)に命ず。レーよ、人間になれ」

「あっ、おい、ちょっと待てフリージア!このままじゃ」


 レーは慌てて止めようとする。だが遅かった。走る村人たちのはるか頭の上で、レーは人間の姿になってしまった。艶やかな紫色の髪は背中まで伸びて風に流れる。ぱっちりとした葡萄色の瞳も完全に人間のものだ。


 鼻筋の通ったすっきりした顔立ちである。太い眉と形の良い唇が理想的なバランスを保っている。瞳はキラキラと好奇心に満ちていて、ヤンチャな男の子そのものだった。顔も手足も健康的な肌色である。


 手足は長くしっかりとした骨格をしている。黄緑色の服を着て、翡翠色の短靴を履いていた。靴はピカピカと太陽の光を反射する。



「りゅ、りゅ、龍くん!」

「わああ!龍くんがあっ」

「大丈夫?」

「大変だぁ!」


 小鳥たちが大騒ぎしてくるくるとレーたちの周りを飛び回る。


「うおっ!落ちる!落ちるって、フリージア!何とかしてくれぇー!」


 晴れた空に少年の必死の叫び声が響く。


「あっ!ごめんレー。人間は飛べないんだった!うっかりしてたわ」

「うっかりしすぎだろ!おいっ、早くなんか魔法使ってくれよ!落ちてる!落ちてるって!」


 フリージアはレーの背中におぶさって落ちながら、風の魔法を使う。


「ふー。何とか助かったぜ。気をつけろよな」

「うん。ごめん」

「じゃ、ゆっくり降りようぜ」



 問題はそれだけではなかった。


「ぎゃあああ!」

「化け物だあっ!」

「領主様に知らせよう!」

「巨人が落ちてくるぞおおお!」


 レーの大きさはそのままだったのである。人間は通常、龍程に大きく育つことがない。穀物畑が暗くなるような大きな影を落として、レーはゆっくりと降りてゆく。背中にフリージアを乗せ、人間としては腹ばいの姿勢である。


「にげろー!」

「走れーっ!」

「潰されるぞー!」


 村人たちの恐怖がびりびりと肌に突き刺さる。逃げ惑う人々の声が耳をつんざく。フリージアは青くなった。


「レー、やっぱり帰ろうよ」

「森の龍くん、大きすぎるよ」

「このまま降りたら人間たちが潰れちゃうんじゃないの?」


 小鳥たちのアドバイスを聴いて、ようやくふたりは事態を把握した。


「やだ!そうよ。レー。大きすぎたんだわ」

「んん?そうなのか?」


 レーはずっと森に隠れていた。人間の大きさについては考えたこともない。フリージアはレーよりずっと小さい。だが、他の人間について想像してみたことがなかったのだ。


「うっかり龍の大きさで人間にしちゃったから、みんなが怖がってるのね」


 レーは、大きいから恐れられるということが理解できなかった。腑に落ちないというように、レーは少しだけ口を曲げる。


「でけぇと怖ぇのか?」

「怖いのよ。潰されそうだしね」

「だったら早く小さくしろよ」

「そうするわね」


 フリージアは急いで小さくする魔法を使った。レーの身体はみるみる縮んでゆく。


「あっちょっと待て、重てぇぞ」

「ごめん、小さすぎた。すぐ戻すよ」


 フリージアはレーを小さくしすぎてしまった。フリージアより小さくなりかけたところで、レーが重みに耐えかねて抗議した。フリージアは素早く大きさを調整する。


「このくらいかしらね?」

「丁度いいんじゃねえかな?」


 レーには人間の大きさがよく分からない。だが、フリージアを安定しておんぶできる大きさになったので、それで良いと思ったのだ。


「よし!じゃあ降りましょうか」


 地上の村人たちは、まだ走る者と立ち止まる者とに分かれた。足を止めた村人たちは、ポカンと上を見上げている。彼らの頭は、降りてくるふたりを追って次第に下がった。



「あの、こんにちは。お騒がせしてごめんなさい」


 フリージアは、その場に留まっていた人たちに謝った。村人たちは呆然と見ている。


「ええと。怖がらせるつもりはなかったんです」


 フリージアは言い訳をした。人々は黙っている。


「その。私はフリージアっていいます。領主館にすんでます」


 村人たちの視線が痛い。フリージアは恥ずかしさで赤くなる。


「あっ!レー、下ろしてくれる?」


 フリージアはレーの背中に乗ったままだったのだ。


「お、おう。悪ぃ。俺もうっかりしてたぜ」


 レーは龍の時の習慣で腹這いになった。村人たちがビクリとする。フリージアはレーの背中から降りて立ち上がる。レーは腹這いのままだ。


「ええと。私はその、魔法使いです」


 その時、初めて誰かが口を開いた。


「それは見れば分かる」


 フリージアは声の方へと勢いよく振り向く。


「分かりますかっ?えへへ、嬉しいなぁ」


 フリージアの輝く笑顔に村人たちは毒気を抜かれた。


「おい、坊主、這いつくばってないで立ちなよ」


 体格の良い青年がレーの腕を取って起き上がらせた。レーは決まりが悪そうに、にへらと笑う。女性陣から黄色い悲鳴が上がった。男性陣は少し機嫌が悪くなる。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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