粗忽その3 うっかり魔法使い村へ
滝龍と散々押し問答した結果、なんとか別人だと分かって貰えた。滝龍は滝の黄金という名前だそうだ。
「ゔぁ……ゔぁっ、ゔぁっす、え、なに?」
フリージアはもう幼い子供ではないが、龍の名前は苦手である。
「フリージアさぁ、そんな調子じゃ、魔法書読むなんて夢のまた夢だぜ」
「酷いなぁ」
ふたりが言い合っていると、滝龍がブクブクと笑った。
「おお、わが契約者もここもとをヴァと呼んでおる」
「なんでぇ、そんなとこまで似てんのかよ」
「はは、実に愉快な巡り合わせよの」
ヴァは非常にご機嫌な様子だ。
「あの子も龍と契約してんのね。やっぱりガブって行ったのかしら?」
フリージアもクスクスと忍び笑いを漏らす。
「そうなんじゃねぇの?ここまで似てんだからよ」
レーはガハハと哄笑した。
仲良くなった滝龍のヴァから、次に脱皮をしたら抜け殻を貰えることになった。
「入団試験には間に合わないけど、作り替える頃には貰えるのね?」
「脱皮の周期から言うと、そんなもんかな?」
「一人前になる頃だろうて」
「ふふ、ありがとう、ヴァ。楽しみにしてるわね」
「また遊びに来やれのう」
「ああ、寄せてもらうぜ!」
黄金の龍に別れを告げて隠れ家に戻る途中、フリージアはぎゅっと目を閉じて考え込んだ。
「ウーン、なんだろ?あの姿、どっかで見たような」
「滝流のヴァのことか?」
レーも面白がって黄金の滝龍をヴァと呼んだ。もちろん、レーは龍なのできちんと名前を発音出来るのだが。
「違う、ヴァじゃなくて、剣士のほう」
「鏡か川ん中じゃねぇの?」
レーはわざわざ背中のフリージアへと首を曲げて、揶揄う。
「やあね、違うわよ!自分じゃなくて」
フリージアはカッと目を開けて抗議する。そもそもふたりは、剣士の後ろ姿をチラリと見ただけである。それも、ほぼ髪の毛しか確認出来なかったのだ。
「そうじゃなくてね。あの姿をした剣士、どっかで見たような、聞いたような、気がするのよねぇー」
「ふうん?勘違いじゃねぇの?そんなに似てる奴の噂なら、普通忘れねぇだろ」
「うーん、それもそうかなぁ?でも、もうちょっとで何か思い出せそうなんだけどな」
結局その日は何も思い出せないまま、フリージアは家路についた。
それからまた数年の歳月が過ぎた。実に平和な暮らしであった。些細な喧嘩はするものの、森の龍と小さな魔法使いは助け合って大きくなった。
一度、フリージアは巻毛を短く切ったことがある。
「ん?フリージア、なんだその頭?」
レーは不満そうに鼻を鳴らした。
「護衛魔法団の入団試験で、毛先を燃やしちゃったの。だから、いっそ切っちゃおうって。気分転換にもなるしね」
「また落ちたのか?」
フリージアは、それには答えずモゴモゴと言い訳をした。
「追い風に乗せて火力を上げるつもりだったんだけど」
レーは、ははーんという顔をすると、気の毒そうにフリージアを見つめた。
「なによ、レー。そんな目で見ないでよぅ!ちょっと火が強過ぎただけなんだからっ!」
「はぁ。フリージアが火だるまにならなくて良かったぜ」
「燃えない魔法は使ってたからね」
レーはため息を吐いた。燃えない魔法を使っていたのに、毛先が燃えるのは変なのだ。
「うん、で、燃やしたのは毛先だけか?」
「えっ、あはは」
フリージアは目を逸らす。
「よく出禁にならねぇよなぁ」
「ちゃんと消したもの!いきなり試験場の防壁まで突き抜けて屋根に燃えうつっちゃったけど」
「フリージアさぁ、張り切り過ぎ」
「う、分かってるわよぅ」
レーは宥めるように尻尾の先でフリージアの背中を軽く叩いた。
「ついうっかり、室内会場だってこと、忘れちゃってたのよぅ」
「軽い防火の呪文じゃカバー出来ない火力出したってわけか」
「今年こそ受かりたかったんだもの」
「試験場燃やしちまったら受かるはずねぇだろ」
レーは淡々と諭した。
「すぐに消したわよ!」
「どうやって?」
レーは半眼になって尋ねた。フリージアはあははと誤魔化し笑いを浮かべる。
「その、水を大量に落として?」
「で、どうなった?」
「それがね、試験場全体がちょっとした水溜りになっちゃって」
「そりゃ、落ちるよな」
「なによぅ、慌ててうっかり水を止めるのしばらく忘れてただけじゃないの」
「何言ってんだよ、お前。お前さぁ、危険人物通り越して災害認定されてんじゃねぇの?」
レーが疲れたように言うと、フリージアは拳を振り回して怒った。
「されてないわよ!」
「お前んとこの護衛魔法団て、ずいぶんと寛大なんだな」
「落ちたの、それだけが理由じゃないのよ?」
「ああ、他にも色々とやらかしたんだろ」
「やらかしたって」
フリージアは不服そうに口を尖らせた。
「大したことないのよ?魔法生物の訓練実技でうっかり睡眠魔法針を忘れちゃって、眠りの魔法を使うことになっちゃったり」
「何やってんだよ。試験に使う程度の魔法生物にそんなもん掛けたら、1週間は起きねぇだろ」
「そうらしいよねぇ。焦ってそれちょっと忘れてたんだ」
「他の受験者どうすんだよ」
「あ、試験で使う魔法生物は、別に一匹だけじゃないから」
「それにしたってよぉ」
レーは呆れ顔を隠そうともしない。
「で、他には何をやらかしたんだよ」
「えっと、そうねぇ。模擬戦で優秀な受験者と当たった時、つい夢中になって盟約の構文を使っちゃったり」
それを聞いたレーは顔をこわばらせた。
「おい、相手は大丈夫だったのか?受験生レベルじゃないだろ、対人戦に盟約の構文使うなんざ」
「大丈夫だったわよ。だからついつい使っちゃったんじゃないの」
「お前、不合格どころか犯罪者扱いされたんじゃねぇの?」
「そんなことないわよぅ。その子と仲良くなったんだから!」
「へぇ?」
レーは間抜けな声を漏らした。
「そんなことされたのに?仲良く?ホンネとタテマエってやつじゃねぇの?」
フリージアとのお喋りで、今ではレーもかなり人間たちの事を知っている。それに最近では、小鳥たちともよく話をしていた。彼らは遠くの町まで遊びに行く。森に戻って来た折には、人間たちの暮らしのことをレーにも知らせてくれるのだった。それでレーは、駆け引きや礼節などの世渡りについても聞き及んでいた。
「そいつから遊びに誘われたりしたか?」
「したよ!」
フリージアは得意満面で胸を逸らした。
「で、何したんだ?」
「え?まだだけど?」
「いつ遊ぶんだ?」
「さあ?まだ決めてない」
レーは気の毒そうに、鼻先をフリージアの巻毛に差し入れた。
「それ、今度遊ぼうねってやつだろ?俺、聞いたことあるぜ」
レーは龍なのに、フリージアよりも世事に通じているようだ。
「また連絡するね、ってやつとおんなじだな」
フリージアは、レーの言いたいことが分からなかった。きょとんと水宝玉の瞳でレーを見つめた。
「本当には遊ばねぇし、連絡もとんねぇんだよ」
「なにそれ?酷い嘘つきね」
「今後会うこともねぇ奴と、いちいち喧嘩したって仕方ねぇだろうが」
フリージアは納得できずに眉根を寄せた。
「おい、フリージア。お前もう護衛魔法団諦めな」
「なんで?」
「なんでって。来年は門前払いだろうぜ」
「そんなぁ」
「いや、考えてもみろよ?うっかりじゃすまされねぇ事故起こしたんだろ?今回は」
今まで入団試験を受けたのは数回だ。年に一度、夏至の日に行われる。デュラム領では、夏至の日には一日中魔力が高まると言われていたからだ。
これまで試験でフリージアがやらかしたうっかりの内容は、今年に比べると可愛いものだった。試験を受ける身としては、どれも致命的なミスなのではあるが。どれも他人や会場には迷惑をかけていなかったのだ。
例えば、道具を忘れたり、受験者に配られる事前登録証を忘れたり、虫が飛んできたのに気を取られて指示をうっかり聞き漏らしたり。
「うん、確かにそうかも」
過去のやらかしと今年の大失態を思い返して比べてみると、フリージアは青くなった。
「どうしよう、レー?私、魔法以外は何をやっても失敗ばかりなのに」
フリージアは、寄り添ってくれるレーの鬣に潜り込む。何か悲しいことがあった時には、フリージアはいつもそうしていた。ふさふさした鬣に埋もれていると、いつしか気持ちが落ち着いてくるのだ。
フリージアの母は、デュラム領主館の護衛魔法団員である。だが、フリージアは母の背中を追いかけて来た、と言うほどではない。母は、突出した実力もなく、平凡な団員だ。
むしろ父の方が、専門家としての才能があった。父は、デザート作りの専門技能に長けている。フリージアが幼い頃から、既に副チーフである。チーフが引退したら昇格してデザートのチーフに就任する予定だ。
しかしフリージアには、料理の才能がない。得意な魔法でさえうっかり加減を間違えるのだ。他のことでも、当然そうしたミスをする。結局のところ、一番得意な魔法で身を立てるより他に道はなかったのである。
「小せぇ奴らに聞いたんだけどよ」
小さい奴等とは、最近レーが仲良くしている小鳥たちのことである。レーの紫色に揺れる鬣にしがみついたまま、フリージアは耳を傾けた。
「村や町にも仕事はあるみてぇだぜ?手始めに丘の麓にある村まで行ってみちゃあどうだ?」
「村かぁ」
フリージアはひょこんと鬣から顔を出す。
「そうね。それもいいかも?」
「今ならもう、魔法使いたちが俺を捕まえて調べようとしたって、フリージアが守ってくれるだろ」
「うん。翼を切ろうとしたり、角を折ろうとしたり、あと、鱗を剥ごうとしたりとか、そういうの、させない」
「はは、聞いただけでも痛そうだな」
「魔法生物でも何でも、お邸の魔法使いたちは、切り刻んで粉なるまで調べ尽くすからね」
レーはヒュッと息を呑んだ。レーは、初めに出会った魔法使いがフリージアでよかった、とつくづく思うのであった。
ふたりは早速村に行ってみることにした。領主館の建つ丘の麓には、羊飼いや農民が暮らす賑やかな村があった。フリージアの住む領主館から、いちばん近い人里である。
「乗れよ」
「うん」
いつものようにレーの背に乗って、フリージアは村の方へと飛ぶ。眼下にそよぐ草海原では、牛たちがゆったりと草をはむ。遥かに臨む山々へと誘う丘の中腹に、羊の白い点が散らばっている。村の外には黄金色に実る穀物畑が広がっていた。
「あら?なんだろ?村の人たちが走ってる」
見れば外で働いていた人々が、村の方へとかけてゆく。
「どうしたんだろうな?祭りとやらがあんのかな?」
「お祭り?今日?聞いてないけどなぁ」
村祭りの日には、里帰りが許される。だから、祭りの日取りは領主館のスタッフにも知られていた。もっともフリージアは父母共に、代々領主館で生まれた血筋だ。祭りの日には留守番チームになる。だから、村祭りに出かけたことはない。
「行ってみようか?」
「そうだな。行ってみりゃ解るな」
レーが身体を傾けて下降を始めると、地上の人々はますます速く走り始めるのであった。
お読みくださりありがとうございます
続きます




