習慣
夜、自室でベッドで寝ながら本を読んでいると部屋の扉を誰かがノックした。
「はーい」
まあ誰が来たかは想像出来るけど念のため、僕は扉をノックした人物に呼びかける。
「ラナ、私です」
扉の外から返ってきた声は予想通りアーシャのものだった。
「どうぞ〜」
僕の声に合わせてゆっくりと扉が開かれる。アーシャは薄手の清楚な寝巻き姿で綺麗な肌や足が透けて見える。
(うん、やっぱり綺麗だな)
今回の人生で幼い頃からアーシャといるけど年を重ねる毎に綺麗になっていくなと思う。
「ふう」
部屋に入ってきたアーシャは少し疲れた様子で僕の隣に座る。
「やっと一息つけます。やっぱり落ち着きたいならここが一番ですね」
アーシャは昔から疲れると僕の部屋にやって来て、くつろぐ癖が昔からあった。
「今日は大分疲れてたね、また公務でなにかあった?」
僕が尋ねるとアーシャはため息をつく。青い瞳が憂いを帯びて僕を見つめてきた。
「いえ面と向かって私に対して悪口を言われたとかではないの。ただ……やっぱり相手の思惑を探りながらの会話は疲れますね」
ああ、成程。
公爵家の人間ともなると様々な人と接することになる。前世の僕の主も女王という立場でたくさんの人と話して、その人がなにを考えているかをしっかり考えないといけないから大変と言ってたなあ。
剣士の僕は女王陛下の話を聞いて、そういうものかと流していたけど。
(いつの時代も立場のある人が大変なのは変わらないなあ)
などと呑気にそんなことを思う。
「お疲れ様。ここにはそんなふうに気を使わなければならない相手はいないから大丈夫ですよ」
僕は疲れを見せているアーシャに優しく声をかけて、頭を撫でる。子供の時から彼女はこうされるのが好きなのだ。
撫でられているのが気持ちいいのかアーシャの瞼が少し落ちていく。どうやら眠気が襲ってきたらしい。
「眠いならベッドで少し寝る?」
僕の質問にアーシャは首を縦に振らない。
「ベッドより……がいいわ」
少し恥ずかしそうにアーシャはなにかを呟く。僕はなんと言ったかは分かっていたけど、悪戯心が働いてわざと聞こえないふりをした。
「え、ごめん、はっきり聞こえなかったからもう一回言ってくれないかな?」
「……!? ベッドよりあなたの膝の上のほうがいいです!」
顔を真っ赤にして怒鳴るアーシャ。照れている様子はとても普段の完璧な公爵令嬢として振る舞っている彼女からは想像できないだろう。
そんな彼女の様子に僕はくすりと笑ってしまう。
「ふふ、やっと元気になったみたいだね」
「……こういう時のあなたって本当に性格が悪いですね!」
頬を膨らませて抗議する僕の主様。そういう仕草が可愛いからからかいたくなるというのをこの方は分かっているのかな?
「あはは、アーシャが可愛いから悪戯したくなっちゃった。でもやっといつもの調子に戻ってくれたね」
「……あなたがいてくれれば調子も戻ります」
アーシャはそのまま顔を僕の胸に埋めてきた、僕は彼女が落ち着くように引き続き頭を撫でる。
「また公務にすぐ行かないといけないの?」
「しばらくは領地のほうにいます。王都のほうでやらなければならないことも終わりましたからお父様もこちらにお戻りになるの」
「そうなんだ」
「ええ、一緒ではないけれどね。戻られる時は連絡があるはずよ」
アーシャの父親であるライアム卿はお忙しい方だ。いつもは王都の方で忙しくしているからこちらのほうに戻ってくるのは珍しい。
「ライアム公爵閣下もこちらに戻って来られるなら挨拶はしておかないとね。しばらくお会い出来ていないからなあ」
公爵閣下は僕をこの屋敷に迎えいれてくれることを許可してくださった方だ。あの方の決断がなければ今の僕はない。出来る限りの礼は尽くしたいのだ。
「お父様もあなたに会えるのを楽しみにしていたわ」
「よかった。僕も会えるのは楽しみだよ」
「久しぶりに皆で集まってゆっくり出来るわ。皆が集まる時はあなたも顔を出すのよ」
「うん」
自分をこんなふうに受け入れてくれる人達がいることに僕は感謝する。
(前世なんて孤児で頼れる人もいなかったから小さい時からずっと剣の修行ばかりでこんな穏やかに過ごせることなんてなかったからね。本当アーシャやライアム家の人達には感謝しかないね)
孤児である僕は今世の両親の顔を知らない。アーシャやライアム公爵閣下によると、僕は道に打ち捨てられていたらしい。発見した時は慌てたそうだ。
まだ幼い僕を見殺しにするのもどうかと考えたライアム公爵閣下は僕を家で引き取るかどうかを協議した。
家中の人間には反対するものも多かった。当然だろう、身元の分からない怪しい子供を受け入れるなんていうことを公爵家がやれば評判がどうなるか分からないしね。身元が分からないなら厄介事に巻き込まれる可能性だってあるのだから。
だがそんなふうに意見が割れた時に僕を助けて欲しいとアーシャが懇願したのだ。自分が責任を取るからこの子を捨てないでとライアム公爵閣下に直談判までして。
彼女の直談判を受けてライアム公爵閣下が僕を受け入れる決断をし、おかげで僕は今こうして無事に生活させてもらえてる訳だ。その後、彼女の付き人としての地位を確立するまでにもいろいろあったけどね。
いずれにしても僕はこの子とこの家には大恩がある。返せるものは返さないとね。
「……」
ふとアーシャのほうを見ると彼女はこちらを不満そうな目で見ている。
「どうしたの?」
「久しぶりにこうして二人になったのにお互いのことをまだあまり話していません」
「あー」
言われてみればそうだ。戻ってから周りの人間の話しかしてないかも。
「それじゃアーシャのほうから話してよ」
僕が話をするように促すとアーシャはつまらなそうな顔で話を始めた。
「別に私のほうは大したことはないです。さっきお話ししたように結構大変なだけで嫌ではありませんから。ただ……」
アーシャはそこで何故か言い淀む。どうしたのだろう?
「なにか言いづらいことでもあった?」
恐る恐る聞いてみるとアーシャはゆっくり話し始めた。
「その……男性からの熱烈なアピールが……」
成る程、もう言わなくてもなにがあったかは察せられる。
「男性達のそういう行動が嫌だったと?」
僕の指摘にアーシャは頷く。指摘したことは当たりだったようだ。
(彼女が美人なのは見てるし、そういう目で見てしまうのは分からなくもないけどさ)
アーシャはとびきり美人なので公務で外に出ることが多くなれば人から注目されることは分かっていたけど、この様子だと予想以上に目を引いたらしい。
「その私の容姿が人より優れているのはなんとなく感じています。ただ……こちらの話を聞いてくれない方も多くて……嫌だと言っているのに話を聞いて欲しいと迫ってくる方もいて流石にその方には辟易しました」
アーシャは額に手を当てて大きくため息をつく。これは相当参っているな。僕は彼女を強く抱きしめる。
「きゃっ……」
突然彼女を抱きしめたため、彼女は戸惑いの声を上げる。
「ごめんね、僕が一緒に行けたらそういう奴らから守ってあげられたのに」
僕の大事な主に手を出そうとした男達には怒りがわいてくる。アーシャが言ったような現場に僕がいたら、その男をその場で叩きのめしていただろう。
しかし僕は身分は平民。この屋敷ではアーシャ達が受け入れてくれたといっても公務で会うような他の貴族からしたら僕は話す価値もないような人間なのだ。だから彼女の公務に同行することもできない。
それがとても歯がゆい、恩のある彼女が苦しんでいるのになにもできないのはとても辛い。
「……ありがとう、ラナ」
アーシャは僕をお礼を言うと、僕を強く抱きしめ返してきた。
「あなたに話してだいぶ楽になりました、あなたのその気持ちだけで十分です」
はっきりとした口調でそういうとアーシャは僕から離れた。顔を見る限り、彼女の言葉に嘘はないようだ。
「それならよかった。僕でよければいつでも話を聞くから」
「ふふ、本当にありがとう。私がなんの気を遣わず話が出来るのあなただけです。いつもこんな情けない主人の話を聞いてくれてありがとう」
情けないなんてとんでもない。あの日のあなたの勇気ある行動で、僕はこの家で生活していけることになったのだから。
「情けないなんてとんでもない。アーシャは強くて立派だよ」
「あなたにそう言ってもらえるのは嬉しいわ」
髪を撫でながら彼女を褒めるとアーシャは嬉しそうに微笑む。そのまま僕にもたれかかってきた。お風呂から上がってまだそんなに時間が経っていないため、ふわりと良い香りが僕の鼻をくすぐる。
「ねえ、まだあなたの話を聞いていませんよ」
アーシャが甘い声でねだるように言う。こちらの話を聞かせろという圧を感じる。
「僕のほうはいつも通りの生活かな。屋敷の人達を手伝って、魔物が出たら退治にいく。変わり映えのしない生活だよ」
「ふうん」
アーシャは僕の話を聞きながら部屋を見回している。やがて彼女は僕の側に置いてある本に気づいた。
「その本は?」
「ああ、これ? 最近王国で流行ってる本みたいで。屋敷の人におすすめしてもらったんだ」
僕はその本を手に取ってアーシャに渡す。
「話の内容はどんなものなんですか?」
興味深々な様子で、アーシャが尋ねてくる。
「まあ大きなジャンルで言えば恋愛小説ってやつだね。話の内容としては一国の王女と凄く強い剣士の身分違いの恋、様々な障害を乗り越えて二人が結ばれる結末さよ。屋敷の侍女達は盛り上がってたけど僕は苦手だったかな」
ある程度読んだが僕はこういう恋愛小説自体が苦手だったから途中で読むのをやめてしまった。前世では男だったからこういう小説を読む機会がなかったから今の人生で初めてこういったものを読んだけど、どうしても受けつけなかったんだよね。 アーシャは本をじっと見つめている、どうやら本が気になっているらしい。年頃の女の子らしく色恋の話には興味があるようだ。
「もし興味があって読みたいなら持っていっていいよ。僕が持っているより他の人に読んでもらったほうがいいだろうしね」
ここで誇りを被ってしまうよりは誰かに読まれるほうがよほどいいだろう。
「いいのですか?」
アーシャはこちらを見て恐る恐る尋ねてくる。
「いいよ。読まない僕が持っているより、読みたい人に持っていて欲しいからね」
僕が許可を出すとアーシャは嬉しそうに微笑んだ。どうやら喜んで貰えたらしい。
「ありがとう。大事にさせてもらいますね」
「うん。もし読んで楽しかったら、侍女達にもそれを伝えてあげるといいよ。絶対喜ぶと思うから」
「はい、そうさせてもらいます。今から読むのが楽しみです。最近は少し忙しくてこういったものに触れる機会があまりなかったので」
「ふふ、気に入ってもらえたようでよかった」
アーシャは手に取った本をしばらく大切そうに持っていたがやがて自分の横に置いた。
「さてまだまだラナの話を聞かせてもらいますよ」
「え? まだ聞くの?」
「当然です、久しぶりに会ったんですから。……ずっと話が出来なくて寂しかったんですよ」
僕の服の裾をひっぱりながら甘えるような声で囁くアーシャ。こうなったら彼女は意地でも自分の意見を曲げない。
それから僕は観念してアーシャがいない間のことを話した。なんてことはない日常の話だったけどアーシャは笑いながら僕の話を聞いていた。
そして時間を忘れて話をしていると夜が更けていった。
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