アリスの心
乾いた風が私ーーアリス・ローゼンタールの頬を撫でる。目の前に広がるのは栄えていた一つの都市が瓦礫の山になった光景だ。私が徹底的にこの都市の人の営みを破壊したから当然と言えば当然だが。
「胸が空く思いね、とても気分がいいわ」
こんな凄惨な光景を見てもこんなふうに思ってしまうのだから今の私はかつての私と完全な別人なのだろう。
前世の私は人の営みを守ろう、苦しむ人を救おうと必死に戦った。正直戦うのは怖かったし、いつも辛かった。けれどグレンやクレイに支えられながら生きるか死ぬかの厳しい戦いを乗り越え、脅威を打ち払った。
けれどそんな私に待っていたのは、処刑という結末。すべての人から捨てられた惨めな終焉。
私の友人ーーノースフィールド家の当主は懸命だった。人は力を持ち過ぎたものを恐れる。周囲に気をつけなさいと忠告までしてくれたのに愚かな私は人を信じてしまった。
その結果については仕方ないと前世では受け入れた、私の愚かな決断の結果だから。周りには気丈に振る舞ってこれが私に下された判断だ、だから抵抗することはしないと伝えた、クレイは最後まで納得しなかったけれど。
でも本当はどうして私がこんな目に合わないといけないのかと心の中では思っていた。私の戦いはなんだったのかと思っていたし、生まれて初めて心の底から人間を憎んだ。
憎しみを抱えて死んだ私をクレイは別の肉体を使って転生させた。転生して今まで彼がやってきたことを聞いたときは本当にびっくりしたわ、私のためにここまでやるなんてと思ったもの。
転生した私はクレイの話を聞いて状況を理解した後に彼に本音を伝え、泣いた。それはもう酷い有様だった、正直人に見せられたものじゃない、ただひたすらにみっともなかったと思う。
けれどクレイはそんな私を否定せず見守り、あなたの思うようにやればいいという言葉をかけた。
だから私は決意したのだ。
偶然とは言え、2回目の人生だ。なら私の思い通りに生きよう、この身を焼いてしまいそうな憎しみと怒りを燃やして私を裏切った人間とそれが築いた世界を滅ぼしてしまおう。
こうして二度目の人生を私は歩み始めた。その人生は一度目の人生とは真逆のもの。だけど後悔はまったくない、むしろ自分の気持ちに正直になれたから心地よいくらいだ。
「一度目の人生でこのことに気づくことが出来ていればよかった。クレイには本当に感謝しないと」
今私がこうして行動出来ているのも彼のおかげなのだから大事にしないと。
「後はグレンが私の元に戻ってきてくれたら……」
王都での戦いでは逃げられてしまった私のかつての騎士。彼もまたクレイによって今の時代に転生させられていた。なぜか女性の体になっていたけれどそんなことはどうでもいい。
こんな形とは言え、彼と再会出来たことに私は舞い上がった。
今の私は彼を自分の物にしたい、いつでも手の届くところに置いておきたい。前世で伝えることが出来なかった好意に身を任せて、彼を独占したいと思っている。
改めて冷静に分析すると我ながら歪んでいると思ってしまう。それでも構わない、今回の人生は自分の気持ちのままに生きるんだ、たとえそれが狂っていたとしても。
「アリス様」
声をかけられて私は振り返る。クレイがそこに立っていた。
「どうしたの? 逃げた彼らの足取りでも掴めた?」
「はい、どうやらライアム領に逃げたようです。魔族達がライアム領に攻撃を仕掛けたのを見守っていましたがその際に彼らの姿を見つけました。しぶといですね、あそこは」
王都を落とした後はアルバイン王国の他の領地を攻めていた。人間側は抵抗しているけれど私の吸血鬼としての力で眷属にした魔族達の攻撃に人間の抵抗は長く持たないだろう。クレイには王都から逃げた彼らの足取りを追わせていたけれどついに見つかった。
「ありがとう。私はライアム領に向かうわ、あなたも一緒に来て」
「はい、お供します」
さあ、今度こそ彼ーーグレンを私のものにしよう、それで私はやっと心の底から満足出来るのだから。