敗北
「よし、なんとか転移出来たか!」
アリス様とクレイからはヨハン様のおかげでなんとか逃げ切れた。
「ヨハン様、ここはどこなんですか?」
僕はヨハン様に問いかける。彼が転移用の魔導具を持っているとは思わなかったからだ。どこに飛ばされたのかも分からない僕は戸惑っていた。
「なんだ。お前の義父上から聞いていないのか。これは万が一のことがあった時にライアム領に転移出来る魔導具だぞ」
「そんなものが……!?」
そんなものがあるなんて初耳だった。義父上はまったくそういうことは教えてくれなかったし。王族と結びつきが強いライアム家だからこそそんなものを預けたのだろうけれど。
「王都や王族になにかあった時のために王家が持っていたものだ。こんな危機が訪れるとは思っていなかったからこれが役に立つとは思ってはいなかったがな」
「そうなんですね……」
ヨハン様にもいろいろ聞きたいことがあるが今はそれどころではなかった。
(僕のせいだ……! 僕が最初にアリス様を斬ることを躊躇ったから皆がこんな目にあったんだ!)
僕は結局アリス様を斬ることが出来なかった。アーシャを守ると心に決めていたのに。その結果、アーシャがあんな目にあってしまった。
(なんて半端者なんだ! 僕は! これじゃクレイの言う通りじゃないか!)
どっちずかずの情けない奴、クレイに言われた言葉が頭をよぎる。結局僕は大事な時になにも決められなかったどうしようもない人間だ。 強く唇を噛みしめる。暗い感情が僕の心を支配していた。
「ラナ、大丈夫か?」
僕の様子がおかしいと思ったのかヨハン様が気遣うように声をかけてくる。
「僕は大丈夫です。それよりも傷ついた皆を早く休ませましょう」
「……ああ、そうだな。詳しい話は後にしよう。君にも聞きたいことがあるしな」
*
「あーあ、逃げられちゃった」
おもちゃを取り上げられて拗ねた子供のような声が響く。アリスとクレイは王城の玉座の間にいた。あちこちが破壊され、原型はほとんどない。王都も美しかった姿は影も形もなかった、痛々しい破壊の跡が残るだけだ。
「アリス様、申し訳ありません。あの者達を取り逃がしてしまったのは失態です」
「気にしなくていいわ。また戦うことにはなるだろうし」
アリスはクレイの失態を咎めることはしない、むしろ上機嫌だ。
「それよりもグレンがまだ私のことを慕ってくれていたのが嬉しかったなあ」
恋する乙女そのものといった表情でアリスは呟く。
「私を斬るのを躊躇っていたもの。ふふ、なら次は必ず彼を私のものにしてみせるわ。やり方はちょっと過激になるかもだけど。クレイ、王都の制圧は?」
「もう終わっております。あの者達が退いたあとは呆気ないものでした」
「それはそうでしょうね。魔物達を止められる人なんて他にいないでしょうし。準備が整ったらすぐに進軍を開始させて他の街も人間もすべて消してしまいましょう」
「了解しました」
「あはは、楽しい宴はまだまだ続くわよ」
墜ちきったかつての英雄の愉しそうな声が壊れた玉座の間に響き渡った。