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8◆マリウスの回想<1>

一体どうしてこんなことになったのか。

王となったアレスはもう兄である自分の声を聞きやしない。心身ともにメリーナに奪われ愚王と化した。

メリーナを使って王家を揺さぶり、悪政を強いる王に仕立て上げた上で取って代わるという筋書きがあったのならまだわかる。だけどアレスが王位に就いてしばらく経つが、誰もそんな素振りを見せないのだ。

そして今、アレスに取って代わるべき立場であろう自分は数年前に受けた毒で弱り、もう長くは生きられない。兄である自分が王太子になると誰もが思っていたが、その毒で子を成せない体となり、アレスが立太子された。


城の中ではメリーナの気まぐれで粛清が行われる。それがまかり通るのはメリーナが聖女の力を持つせいだ。

聖女の力は未だ謎に満ちている。国土を豊かにしたり、傷を癒す力などが確認できているが、その力の効果は持つ者によって変わる。そして彼女の癒しの力は人体に影響をする。現に弱った自分の体も彼女に近付き、一定の時間を共に過ごせば楽になっていることに気付いた。

その場にいるだけで力を与える人間を、理性でどう思っても意識の下で求めるようになる。そうやって無意識の自分が取り込まれた上で、意識の上でもあの美しい姿と甘い声で誘われていく。


「人間なんて、自分をいい気分にしてくれる相手を選ぶものだ」


誰もいない広い部屋の中、ポツリと呟く。

アレスはメリーナと一緒にいることで常に活力に溢れているだろう。夫婦なのだからもっと大きな影響があるのかもしれない。そしてあの甘やかな声でいつも愛を囁かれているのだ、麻薬のようなものだろう。

アレスがメリーナを甘やかすだけならばそれでも良かったが、それに留まらなかった。

アレスはメリーナが少しでも気分を害することが耐えられず、彼女が曇った顔をするだけで胸が張り裂けるばかりの気持ちになるようだ。

メリーナが臣下から真っ当な進言をされても、それが気に入らず悲しんで見せればアレスはすぐに激高する。そして臣下への罰をメリーナが笑うまでやめないのだ。そしてそれはどんどんエスカレートしてゆく。


メリーナに何か企みがあるのかと思い観察を続けていたが、恐らくそれは無い。ただ無邪気に王妃としてかしずかれ、贅沢をし、耳に痛い言葉は一切聞きたくないという詰まらない望みを叶えているだけだ。もしかしたら自分の力の影響力をわかっていない可能性すらある。


「…馬鹿が一番厄介なんだよ」


ここは王子の部屋だというのに常駐するメイドすらいない。王城が如何に狂っているかは噂で流れ、そんな所で働きたいと思う者はいない。事情があったりしがらみで離れられない者しかいないこの城は常に人手が足りないのだ。なのでどんな独り言も聞かれる心配はない。

静まり切った部屋の中にノックが聞こえた。久方ぶりの来客だ。


「マリウス、具合いはどうだ?」


ベッドから起き上がり礼をしようとするが、そのままでいいと気さくな笑顔で笑う。父の弟であるサーハルト・デリア公爵だ。


「叔父上、こんな姿ですみません」

「お前は病人じゃないか、余計な気を遣うんじゃないよ」


アレスの姿は父上に似ているが、自分はこの叔父と特徴がよく似ている。叔父の長く伸ばした金色の髪がサラサラと揺れ、空色の優し気な瞳が自分を覗き込む。亡くなった父よりもう年上になるが、いつまでもお若く、美しい方だ。


「しかし、アレスにも困ったものだね…」

「申し訳ございません」

「それは私とて同じことだよ。何もできずにすまないね」


今のアレスに物事の道理は通用しない。相手が公爵家だろうが、王の弟だろうがメリーナが否と言えば粛清対象となるのだ。


「いっそ魔法でも使わないとこの状況を変えるのは無理なのかな」

「聖女の力に一体どんな魔法が通用すると言うのですか」


魔法は貴族なら何かしら使えるが、その貴族が崇める存在が聖女だ。その程度の魔法でメリーナをどうすることもできやしない。


「いや、王家に伝わる秘法なら…」

「…叔父上、それは一体?」

「何だ、兄上はそんなことも伝えていないのか!」


驚いた顔でそう言うと、叔父上は丁寧に説明をしてくれた。


「地下にある書庫は王家の血を引く者じゃないと開かないように印を結んである。それは知っているだろう?その奥の隠し扉に王家に伝わる秘法を記した書物がある」

「秘法…」

「私が知っているのはここまでだ。私はまだ赤ん坊の頃に派閥が負けて王位から外れたのでね。本当に最低限の事しか教えられなかったし、書庫の奥まで行くことは叶わなかった。だがマリウスならその目で書庫を確認できるだろう」


そのことが自分に伝わっていないということは、アレスも秘法など知らない。父はきっと争いを恐れ、王を継ぐことが決まった者にだけ秘法を伝えようとしたのだろう。

叔父が出て行って再び一人になり、僕は秘法について考え続けた。

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