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64◆エンディング

マリウスが勇者の称号を受ける授与式はそれは盛大に行われ、国中がお祭り騒ぎとなった。

傷ついたデリア領は悲しみを払拭し、復興の足掛かりとしようと特に賑やかだった。マリウスは各地を回ってパレードを行い目の回る忙しさだ。

その間にアンデッド・ドラゴンについての事後処理と通常時の実務、それと裏で行われている王の退位とアレスの即位の準備などがある。アレスが二十歳になったら王位を継承する予定だ。王は王領へ引っ込んで亡くなった者たちの冥福を祈って暮らすという。


そんなわけで王子二人が学園に来れることはなく、それはセシリアが四年生になっても同じだった。

もちろんセシリアも父から帰って来い、登城しろと頻繁に連絡があったが、当の本人が激務中なので直接セシリアを引っ張って行くこともできず、セシリアは適当に聞き流して学業に専念していた。通常営業である。


メリーナは週に一度は魔法省へ赴き訓練と今後の話し合いをしている。メリーナはセシリアよりもひと学年下だが、そろそろ進路を考えてもいい頃合いである。

クラスメイトたちも卒業後にはすぐに結婚するとか、父親の仕事を継ぐために騎士団に入るとか、そんな話題で持ちきりだ。

ご学友のみなさんとランチを摂っている時、セシリアにも進路の話を振られた。


「セシリア様はマリウス殿下とご結婚されるんですわよね」

「もしかしたらアレス殿下より後でとか制約があるかもしれませんわ」

「そうですわね、だけどご結婚されるまでセシリア様ならもっと上級の学習をされてもよろしいですものね」


セシリアは今やスーパーヒーローを助けた乙女としてご学友のみなさんに崇拝されている。そしてマリウスとセシリアの恋は憧れの物語だ。巷にはセシリアに身に覚えのない恋物語が横行しているが、訂正して回っても無駄なので笑顔で聞き流す。

進路についても「ノープラン」とわざわざ言うよりは皆さんの妄想に任せておいた方がそれらしいので適当に笑顔で返している。


教会への訪問はセシリアとメリーナとベイルで行くのが定番となった。だけど以前と変わったのは常駐の教師が付いたことだ。

平日は二名の教師が子供たちに計算や文字を教えている。これは二人の王子が共同の慈善活動として始めたことだ。その運営の責任者にはシスター・ライラが任命されている。

予算が付いて出来る幅が広がったライラは勉強の他に、子供たちに社会見学をさせる遠足なども実施している。


「ゆくゆくは平民の子が通える学校なんかができたら最高ね」


笑ってそう言うライラは、子供たちにやりたいことのプランでいっぱいだ。

じっくり勉強を教える必要がなくなったセシリアたちは、休日に訪れて魔法を見せたり、礼儀作法を教えたりしている。子供たちに違う世界を見せるために、暇があれば来てほしいというのがライラの願いだ。

セシリアとメリーナが教会に慈善活動で訪れているのを知った貴族が、日にちを合わせてやってくることがある…というよりも毎回そんな感じになっているのだが、メリーナと、ついでにセシリア狙いの男についてはいつも通りベイルがしっかりと牽制している。


「結婚相手の決まってるセシリア様はともかく、メリーナはそろそろ相手を見つけなきゃいけないと思うんだけど…」


ベイルのそんな様子を見たライラは首を捻る。そして貴族男子を蹴散らして満足げなベイルの元に行くと、ライラは言った。


「ベイル様、あまり男性を遠ざけてメリーナが余りものになったら、ベイル様が責任を持ってもらってくださいね?」

「ちょっとライラ!何言ってるのよ!」

「お、俺には…その、聖女などはもったいなく…!」

「はぁ?聖女聖女って言うけど、見てごらんなさいよこのガサツな女を」

「それはライラといる時だけでしょおー!」


そのやり取りがあまりにもおかしくて、セシリアとフォレックスは大笑いした。笑うフォレックスが可愛くて、いつの間にかその周りに子供たちが集う。


そんな風に穏やかに、セシリアの四年生の季節は行き過ぎていた。

その間二人の王子は一度も登校することはなかったが、アレスは卒業式にだけは参加するということになった。それを見るためにマリウスもやってくる。


卒業式の日、久々に学園に現れたアレスの周りには人だかりができていた。アンデッド・ドラゴンを倒したのは弟のマリウスだが、王太子となった彼のリーダーシップを国民は好意的に受け入れている。アレスの傍にいる側近候補改め側近たちも一回り成長を遂げていた。


「アレス殿下!ご卒業おめでとうございます!」


メリーナが直接王太子に話しかけても、元平民と蔑む者は一人もいない。今や名実ともに学園の華である聖女メリーナから祝福を受けるアレスを羨む者がいるくらいだ。


「ありがとうメリーナ。本当はもっと学園に通いたかったよ」

「そうですね…でも、アレス殿下との思い出は忘れません」

「うれしいよ。セシリアとは一緒じゃないんだ?」

「セシリアに挨拶をしたい子がいーっぱいいるのに邪魔はできないわ」

「それもそうか」


きっとセシリアもどこかでこんな風に取り囲まれているのだろう。

卒業式がそろそろ始まると、まずは予告の鐘が鳴る。この卒業式が終われば、卒業生と在校生のパーティーが始まる。賑やかで楽しい時間がやってくるのだ。


***


そろそろ卒業式が始まる頃だ。時刻を確認してマリウスは思う。

今マリウスがいるのは国境線のそば、荒野への道に続く砦である。

アンデッド・ドラゴンの事も落ち着いて、一見平和が戻ったように見える。だがしかし、勇者とまで言われたマリウスこそが王に相応しいという声は日に日に大きくなっていた。

それが火種となる前に、マリウスはこの国を出ることを決めていた。

アンデッド・ドラゴンの件は裁判が残っているが、もう裁くべき者はいなく、形式的なものだ。どんな結果になろうと構わない。マリウスが関与するべきことは全て片付いたと思っている。


砦で手続きを済ませてマリウスは国境を越える。ここで身分を詐称するつもりはない。出国した形跡があった方が自ら出て行った証拠にもなるだろう。

あのまま国に残ってなし崩しにセシリアと結婚することもできただろう。いいようにセシリアを言いくるめて納得させることも。

だけどセシリアが望むものは自由だ。それが一番彼女らしくいられることは、共にアンデッド・ドラゴンと戦ってよくわかった。

周囲に固められるように自分と結婚させるわけにはいかない。それが自分に協力をしてくれたセシリアへの誠意だ。


この荒野をしばらく旅をしなければ次の町へは辿り着かない。途中で馬や道具を揃える必要もあるが、まずは歩いてみようとマリウスは思う。


「本当に、自由だな…」


王位をアレスに渡して、セシリアを手放して得たものは、思いがけずに自由だった。きっと、マリウスにとって初めての。

それを欲しいと思ったことは無かったはずだが、手にしてみたら少し、心が躍るような気がした。


「ほんと、自由ね」


感慨深く荒野を見つめていたマリウスに、同調する声が聞こえる。今ここにいるはずがない人物の声だ。


「…なんで君がいるんだ」

「お一人だけで自由を満喫するなんてずるいじゃないですか、運命共同体じゃないんですの?」


声の方向へ目を向けると、すっかり旅支度を整えたセシリアと、その頭の上でぴょんぴょん跳ねるフォレックスがいた。

きっとマリウスはいらぬ争いを起こさないために、いつかこの国を出ていくだろうとセシリアは思っていた。責任感が強いので、きっとアンデッド・ドラゴンのことが落ち着いてからだと踏んでいたのだ。


「大当たりね!」

「いやいや、なんで君がついてくるの」

「全国民が私とマリウス殿下が結婚すると信じているんですよ?その状況でマリウス殿下に置いて行かれたら、それこそ何て言われるか」

「君ならどうにでもするだろ」


マリウスはセシリアのことを守りたい気持ちはあるが、基本的に心配していない。自分でどうにでも未来を切り開くことを知っている。そんな周囲の雑音程度で挫けるセシリアではない。


「ええ、もちろん。だから来ました」

「あのねえ!」

「…ちゃんと言うわ。私がマリウス殿下と一緒にいたかったの。愛とか恋とか、正直私はよくわからない。もしかしたらそういう感情を無くしてしまったのかもしれないわ。でも、自分のために自分を使うより、マリウス殿下に使っていたいと思ったの。これは本当よ」


セシリアはできるだけ正確に自分の気持ちを口にする。飾っても、綺麗ごとを言ってもマリウスには無駄だ。彼の心に届けるためには本当の言葉じゃなければならない。

いつの日も、セシリアがセシリアらしくいられたのはマリウスの前だった。

人を愛するという感情は毒杯を手にした時に失ったのかもしれないけれど、好ましいと思える人はいる。そしてどんなことをしても守りたいという人もいる。それがマリウスだ。


ああと言えばこう言ってくるマリウスだ、セシリアが何を言っても何かと理由を付けて追い返そうとするだろうと覚悟をしていた。もちろん負けるつもりはなかったが。

そのマリウスが次の言葉を告げずに黙っている。セシリアは思わずマリウスの顔を覗き込んだ。


「マリウス殿下…?」


その声にハッとして、固まっていたマリウスは動き出す。するとみるみるその顔が赤く染まっていく。


「…そ、そんな、セシリア…今それ言うの…ずるい…」


愛を語られるより、これ以上の愛の言葉はない。

マリウスはそれ以上何も言えず、自分の顔が熱いのに気が付いて仰いだり隠したりしている。こんなマリウスも珍しく、セシリアとフォレックスは思わず笑顔になる。


「じゃあ、いいわね?」

「…マリウスと」

「え?」

「もう王子じゃない。マリウスと呼んでくれ」


マリウスがセシリアに右手を差し出す。今のマリウスは背が伸びて、少しセシリアを追い抜いた。

庭園のガゼボでの握手は、感謝とさよならの意味を込めていた。だけどこれは、それを打ち消して新しく繋ぎ直すため。


「行きましょう、マリウス」

「ああ」


セシリアが差し出した手をマリウスは強く握る。あの夜よりも強く。



凶悪な魔物を打ち倒し勇者となった王子は、共に戦った最愛の人と冒険へ旅立つのでした。


いつかそう語られる物語。



その、第一歩。



<END>

これにて完結です。お付き合いいただきありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
楽しませていただきました。 終り方が良かった。
[良い点] とても面白くて一気読みしてしまいました!素敵な作品ありがとうございました
[気になる点] アレス、セシリア以上にいい王妃素材見つけられるのかしら。初恋のレベル高いと乗り越えるのに苦労しそう。 セシリアのお父様も娘どこ行ったーーー!?って大騒ぎして捜索しそうなんですけど。 …
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