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63◆再び、夜の庭園で

マリウスが目を覚ましたのはセシリアたちの訪問が終わってからのことだったので、目覚めた瞬間にその場にいることは叶わなかった。なのでセシリアがその知らせを受けたのは夜、学園の寮でだった。


「ベイル様のお父様から使者が送られてきて知らせを受けたの。よかったわねセシリア!」


ベイルはメリーナのサポートを担っているため、ここの所はメリーナの居る場所イコールベイルの居る場所だ。なので学園にやってきた使者もメリーナがどこにいるかを尋ねたという。魔法実践の授業のある別棟で回復魔法の効果の出し方について話していた所にやってきたらしい。その知らせをわざわざ上級生の寮までメリーナが伝えに来たのだ。


「あら、やっと起きたの。これで一安心ね」

「明日会いに行くわよね!」

「目覚めたばかりでお忙しいわよ」

「もぉーどうしてそうなのセシリアは!」


セシリアの部屋で紅茶を飲みながらメリーナは呆れて言う。この半年でこんな風に寮を行き来することも多くなった。


「本当は城に詰めてろって言われてるでしょぉ?」

「学生の本分は学業よ。父が言った戯言など聞かなくていいっていうのは国王陛下も認めていることだわ」


父であるカーン公爵はセシリアにマリウスにずっと付いていろと命じたのだが、聖女の力があるわけでもないセシリアが居たってどうすることもできない。カーン公爵としては皆が言っているセシリアがマリウスを愛しているという噂を強固なものにしたくてそんなことを言うのだろう。

そっけないセシリアの言葉にメリーナはため息をついて紅茶を飲み干した。


「じゃあ帰るけど、明日は朝イチだからね!わかった!?」

「わかったわよ、おやすみ」


いつも午前中には登城しているのだけど、朝イチとは何時なんだろうかとセシリアは思いながらもあえて聞かずにメリーナを見送る。


『会いたくないのぉー?』


机の上でぬいぐるみのように可愛くじっとしていたフォレックスは、ぴょんぴょん駆け寄ってきてセシリアの肩にとまる。


「会いたいけど、そのうちでも構わないわよ」

『マリウス殿下ガッカリしちゃうわね!』


フォレックスは楽しそうにキャッキャと飛び跳ねる。

マリウスが眠っている間も教会での勉強会は続けており、忙しいアレスの代わりにベイルが加わっている。自由気ままに動くフォレックスは子供たちから絶大な人気を得た。だけど設定した動きをするわけではなく、フォレックスが好きなようにしているので勉強を教えずに遊びだすのが難点だ。

以前、どうして使い魔なのに「マリウス殿下」と呼ぶのかと聞いてみたが、セシリアがそう呼んでいるからだそうな。


明日は思いがけない早朝にメリーナがやってくる可能性があるため、さっさと眠ってしまおうとセシリアが寝支度をしていると、コンと窓が鳴った。

セシリアとフォレックスは思わず顔を見合わせる。

窓の外を見下ろすと、案の定いるのはマリウスだった。


「明日の朝に会いに行くつもりでしたのよ」

「二人きりで会いたくてね、寝すぎたから運動がてら来てみたよ。出れる?」

「お待ちくださいな」


セシリアは寝間着の上から外套を羽織り、窓に向かって助走をつける前にフォレックスを見た。


『フォレックスちゃん行かなーい』


ベッドの上で気持ちよさそうに丸くなったフォレックスに「そう」と答えて、セシリアは窓から飛び降りた。

物体浮遊の魔法を使える生徒は他にもいるが、こうもぴょんぴょんと窓から飛び出す令嬢は他にはいない。


「久しぶり、セシリア」

「ええ…私の方は毎日顔を見ていたんですけど」


二人は以前そうしたように、見張りに見つからないよう暗がりを選んで庭のガゼボに向かう。半年ほど前のことだが、マリウスには大昔のことに感じた。


「まずは礼を言いたい。ありがとうセシリア。君の働きでアンデッド・ドラゴンの危機より脱することができた」

「ほほほ、あらぁ王家に仕える家の者として当然のことをしたまでですわ」


国王にもお褒めの言葉と褒美をいただいたが、褒められた内容は「マリウスへの愛と献身」が主で、アンデッド・ドラゴン討伐への賛辞は無かった。それはセシリアが力の理由を全部「マリウスの聖獣」とやらのせいにしたからなのだが、やはり討伐した実績を褒められるのは嬉しい。


「で、聞きたいことがある。僕の聖獣って何?勇者の称号の授与式やるとか言われたんだけどどういうことだよ」

「アンデッド・ドラゴンを倒したマリウス殿下には当然ですわ。授与式には是非とも私も参加いたしますわね」

「セシリア、君がフォレックスのことを聖獣とでっち上げたんだろう」

「討伐隊の皆さんにはフォレックスちゃんが聖獣に見えたんですね」


セシリアは笑顔のまま白々しい言葉を吐き続ける。こんな完璧な笑顔で話す時のセシリアはろくでもないということをマリウスはすでに解っている。セシリアがでっちあげたことを皆が納得し、マリウス本人は眠りこけているからそれを事実としてもはや訂正もきかないくらい話が行き渡ってしまったのだ。そしてその結果が勇者で授与式だ。


「アンデッド・ドラゴンの討伐は王家の義務なんだから、本来授与式なんてことにはならないだろ。だけど国民感情を鑑みて妥当だと言われたよ…やってくれたな」

「そんなことより、お体はもう大丈夫なのでしょうか?」


マリウスのクレームを「そんなこと」で流してセシリアは一気に話題を変える。なんという力技だ。その話はしないという意志は伝わり、仕方なくマリウスもそれに乗る。セシリアが元凶であることがわかったのでこれ以上追及する必要もない。


「体は全然。動かしてなかった分筋肉の衰えがあるけど、それもメリーナの力のおかげなのかさほどでもない。アレスに聞いたけど、ネックレスで制御してたんだって?しかもライラが付けさせてたって。全く彼女には恐れ入るよ」

「本当に。メリーナは今も文句言ってるけど」


ネックレスは返却したが今は制御の機能を持たないので、現在メリーナは黙っていても漏れ出てしまう力の制御を学んでいる。ベイルと魔法省の役人が分析をした結果、肉体の基礎構造を強化し免疫を高め血流の流れを良くするらしく、やはり滋養強壮に効果があるらしい。その力を根源に回復魔法を使えば素晴らしい効果を発揮する。今それを実際に使っているのはマリウスにだけだ。きちんと訓練をして、世の中でどう使っていくかはベイルや魔法省の人たちと相談しているということだ。

メリーナの力は意図して精神に向けて使うと依存をさせる危険があるとベイルに言われ、メリーナは「気を付けて使わないと危ないわね」とその重みを理解していた。


「ほんと誰だよって感じだな、あのメリーナが」

「あのメリーナじゃないわ、ライラの育てたメリーナは」

「…そうだね」


マリウスは始祖の魔法使いが言った言葉を思い出す。かつて出会ったメリーナも、違う分岐の中に存在するということだ。一つ一つの選択が人間を形作る、その結果が。


「あと、もう一つ。君、エステバーンをどうした」


それを問うたマリウスの目は、今まで見せたことがないほど鋭い光を放っていた。その視線を受けてもセシリアは臆することはない。


「あら、なんのことでしょうか」

「石板からエステバーンの作った核が検出できず、逃げおおせた可能性があると報告書に記してあった。僕は石板に直接触れたのでわかるんだけど、あれにはエステバーンに繋がるもうがあった。その痕跡が消されてるんだよ。消えてるんじゃなく、意図的に」


術者の作った核が石板から切り離されて痕跡まで消されているのはもちろん調査チームも把握していた。だからこそ、その逃亡の見事さを恐れたのだ。こうまで完璧に逃げおおせるほどの黒魔術の使い手なのかと。だがエステバーンはただの研究者で、講師だ。黒魔術のエキスパートではない。


「あの時に仮説に辿り着いていたのはセシリア、君だ。君以外ありえない」


マリウスの断じる厳しい声に、セシリアは極上の笑みを向ける。

証拠を隠蔽し、真実を詳らかにする舞台には上げずに自ら葬る。それを迷うことなくやってのけるセシリアは敵に回せばこれ以上恐ろしい者はいない。


「マリウス殿下、それは証拠があるのでしょうか?」


笑顔のままセシリアが言う。その言葉には動揺も抵抗も感じられない。食えない狸親父と利権の話をしている時もここまでの緊張感はないとマリウスはため息をつく。


「…本当は正当な方法で裁きを下し、罰を与えるべきだと僕は考える。が、僕は別に君をその件で断罪しようってわけじゃないよ。その威圧やめてくれ」

「あら?」

「君が手を汚す必要はない。それが言いたかった」


汚れ役には慣れているセシリアはその選択肢を難なく選んだだろう。だけどこれから一つ一つの選択が彼女を作るのだから、できればそういうものを選んでほしくはない。


「眠っていた僕が言うのもなんだけどね、僕や然るべき者に任せてほしい。君には本当に君のためになることを選んでほしい」

「マリウス殿下こそ、もう荷を下ろしていいと思いますけど」


マリウスは自分を心配して言ったのだと、ようやくセシリアは理解する。

マリウスは基本的に人がいいのだろうとセシリアは思った。そしてとてつもなく正義感が強い。そうでなければ7回もやり直して良き未来を目指すなんて真似はしない。正義感が強いというのも良い事ばかりではないようだ。

そんなマリウスの言葉にセシリアも気が抜けた。


私の事を気にかけている場合じゃないだろうに。


「これからは王位争いを?」

「やめてくれ。アレスが立太子したことに僕は異存はない。僕が半年も寝てて父上も塞いでいたなら当然そうなる」


セシリアの物騒な発言にマリウスの眉間に皺が寄るが、先ほどの鋭さは消えていた。

アンデッド・ドラゴンの件から弱った王に不安を覚える者は少なくないため、当初の予定でもあった通りアレスが王太子となった。マリウスも眠り続けていたので反対の声は無かった。


ただ一つ、アレスとセシリアが婚約するという点だけは解消されていた。聖獣の件でマリウスとセシリアが愛し合っていると国民は思い込んでいるし、当のアレスも「二度も逃げられたんだぜ、さすがにフラれたのを受け入れるよ」などと言っていた。

王太子となったアレスには今まで以上に結婚話がやってくるが、アンデッド・ドラゴンの事後対応でそれどころじゃないと跳ねのけている最中だ。

聖女であるメリーナこそ王妃に相応しいという声もなくはないが、それにはベイルが理路整然と論破して回っているという。主であるアレスが駄目なら誰ならいいのか。難儀な奴である。


「デリア公爵は…残念でしたね」

「…そうだね」


マリウスが起きてから知った事実で一番驚いたのがこの件だ。

アンデッド・ドラゴンの元に向かう前、マリウスは強化した聖水と回復薬を十分な数だけ託し、司祭にデリア邸へ向かわせた。それを王はマリウスの手紙と共に受け取ったはずだ。

デリア公爵の体は見るも無残なものだったが、傷自体は大きなものじゃなかった。強化された聖水で浄化を繰り返し行えば助かる見込みはあると踏んでいた。

マリウスが王に聞いた所、手を尽くしたが間に合わなかったということだった。

だけどそんな言葉をマリウスは信じていない。

デリア公爵が死んだのは、王がそれを使わなかったからだ。

デリア公爵から真の思いを聞いた王は、王家の安定のためか、愛していた弟のためかはわからないが、あのまま死なせることを選んだのだ。


(どいつもこいつも…)


こうやって、間近に居る者が真実に介在していては伝言ゲームが上手くいくわけがないのだ。

デリア公爵は国のために戦って死んだ英雄として国葬されたという。英雄に勇者、これで王家の地盤も確固たるものというわけか、とマリウスは小さくため息をつく。

マリウスはデリア公爵の真実を、今セシリアに話すつもりはない。あれはもう終わったことだ。


「じゃあ、もう行こうかな。明日の朝待っているよ。お茶の支度をしておくから朝食は軽くしておいてくれ」

「畏まりました。王室御用達の紅茶がいただけるのは楽しみですわ」


立ち上がり、改めて向かい合う。今日は月がきれいに出ていて、月明かりでお互いの顔がよく見えて、マリウスの真剣な瞳がキラリと光った。

マリウスは手を差し出し、セシリアがそれに向かって手を差し出すと強く握られた。


「ありがとう、セシリア」


礼を言ったマリウスはすぐに手を放し、庭園を後にした。

夜の風が駆け抜ける。アンデッド・ドラゴンが現れてから半年が経過して、夜はもう肌寒い。だけどセシリアはとり残されたガゼボで、なんとなくそのまま佇んでいた。

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