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62◆眠る王子

アンデッド・ドラゴンの件は国民へ公表していなかったが、人の口には戸が立てられない。デリア領からやってくる商人などから噂は広がり、倒した後にはなるが王より国民に向けて説明された。

情報公開が後手に回った事への不満や、緊急時の動き方に不備があったのではと王家は追及は受けたが、それでもアンデッド・ドラゴン出現後すぐに明らかにしていたよりも混乱を防げたというのが王と側近たちの見立てだ。そういった批判はカーン公爵を中心に対応し、じきに沈静化した。そしてそのうちアンデッド・ドラゴンを見事に倒した王家への評判が高まった。

そしてアンデッド・ドラゴンを倒してから目を覚まさないマリウスには国民から心配する声が聞こえる毎日だ。


今日もメリーナはマリウスの部屋へやってきて眠るマリウスの手を握り、滋養強壮に効果があると評判の力を注ぐ。彼女の持つ力は体力値を100あったものを100に戻すのではなく、最大値が100だったのを150にするような力だ。自己の回復力も上がり健康維持の努力をすれば病気知らずだ。

そんな力を注ぎ続けているが、アンデッド・ドラゴンの肉に取り込まれ瘴気をダイレクトに受けたマリウスが意識を戻すにはまだ足りないらしい。

マリウスの部屋には聖女メリーナと、今やそのサポーターとして一緒に居るのが当たり前になったベイル、そしてセシリアがいた。


「メリーナ、毎日私も来る必要あるかしら。目が覚めたら呼んでくれてでいいんだけど…」

「あんったねぇ~!目が覚めて初めて見るのはセシリアがいいに決まってるでしょ!それに私は毎日マリウス殿下の手を握ってるわけよ!あんたが変なやきもち妬かないように他意がないのを見せてんの!」

「やきもち…誰が…?」


なぜだか最近、メリーナだけではなく他の人たちもセシリアがマリウスを愛しているという認識でいる。

アンデッド・ドラゴンと戦ったセシリアはもちろん偉い大人たちにたくさん問い詰められたわけだが、王子と結婚とかノーセンキューだからアンデッド・ドラゴンを倒しに行きました、なんて説明は角が立ちまくってけが人が出るので言えない。

実際にセシリアが戦っている姿を見た者は、セシリアが魔獣なようなものに呼ばれて現れ、人間としてあり得ない力で戦ったと証言をした。この魔獣についても王家の秘法を試しにやってみたらマリウス殿下の吐血でうっかり発動したなど言えば、やはり致死量の角が立つ。

そんなわけでセシリアは角の立たない言い訳を考えた。


あのキツネは聖獣で、マリウスが従えているものだと。そしてその聖獣はアンデッド・ドラゴンとの戦いのためにセシリアに力を与え、マリウスを助けるように言った…と、マリウスが寝ているのをいいことにセシリアは無いことを並べ立てたのだ。

元々頭がアレな令嬢として名を馳せているセシリアなので、あまりにぶっとんだことを言った方が「こいつに聞いても無駄」と解放されるんじゃないかと思ったのだが、どういうわけか皆それを信じた。


勇者が現れた時に姿を見せるという聖獣の存在を信じたので、今国民の間では勇者マリウスの一大ムーブメントが巻き起こってる。この件に関してセシリアはマリウスに何を言われても知らぬ存ぜぬを貫くつもりだ。

そしてなぜか、聖獣はマリウスを愛するセシリアに力を与えた、という話になっているのだ。これについてはセシリアは一言も言っていない。伝言ゲームはいつしか別の要素が付け加えられるものなのだ。


「しかし、エステバーンの黒魔術は恐ろしいな。魔法省の調査チームが調べても術者の魂で作った核が見つからないらしい。あれだけのことをして逃げおおせたということか…」


ベイルが口にしたのは先ほどまで話題にしていた調査チームの報告書についてだ。報告書はアレスの意向によりこの場に居る三人には公開して良いことになっている。


「本当、恐ろしいですわね。魔法省に入るのでしたら、防衛体制を強固にしてくださいな」


そんな言葉を返したセシリアは、神妙に頷くベイルを横目に心の中で舌を出す。

エステバーンはもう二度と現れない。石板から核に繋がっていたもうはセシリアが消し去った。そしてエステバーンの魂を封じた箱はデリア領からの帰りにフォレックスが森の奥に捨てて来た。術式が施されているので強度はあるし、もし動物や冒険者が見つけて開けたり壊しても、ただエステバーンの魂が消えるだけだ。できれば彼が救われるのは遠い未来であってほしいが。


セシリアは眠り続けるマリウスの顔を覗き込む。

ひょっとして、もう二度と目覚めないんじゃないかと思う時もある。

7回繰り返した人生で、やっと解決させることができたのだ。瘴気を受けたのもあるだろうが、マリウスはようやく落ち着いて眠れるんじゃないだろうか。

マリウスをじっと見つめるセシリアに気付いたメリーナはハッとして立ち上がる。


「あ…私もう行くね、マリウス殿下にちゅーしていいわよ?」

「何言ってるのよしないわよ!私も行くわよ!」

「えーチャンスチャンス!」

「何がよ!」


メリーナとセシリアがやいやい言い合うのはいつものことだ。ベイルにとって当たり前の光景なので割って入るような真似はせず、これからの自分の予定のことなど考えている。

こんな風にマリウスの元に通うのが三人の日課になっていた。


***


辺り一面真っ白で、ああここは死後の世界か、なんて思った。


「違う違う。お前があんまり起きないからちょっと呼び出してみたんだよ」


振り向いた先に居たのは見知らぬ男だったが、一目で血の繋がりが解った。こんな得体の知れない場所に現れるなんて、死んだご先祖だろうか。


「最初から心眼使えるなんて偉いじゃないか。初めましてマリウス、俺は始祖の魔法使いだ。お前が子孫なんだなぁ」

「あなたが!?」

「お前が使った時逆ときさかは俺の意識を組み込んでいないから今まで会うことなかったが、7回も使ったなんて無茶をするな。それによく発動したもんだ…あれは成功率が低い」

「そう…でしたか?」

「しかも巻き戻す時間も正確にコントロールしてる。お前、とんでもないな。セシリアがお前を助けたいと思うのもわかる」


どうして自分のご先祖、しかも始祖の魔法使いがセシリアのことを知っているのだ。口にしていないマリウスの疑問に、始祖の魔法使いは答える。


「ここはセシリアの使った術式の内側だよ。そこにしか俺はいないからな。お前の、使い魔によく似たあれ、魔木偶?あれにセシリアの魔力とお前の魔力が繋がって、だから呼ぶことができた」

「…それでどうして僕が時逆ときさかを使ったのがわかるんです?」

「ここに来た者は全部俺の手の内さ」


黒髪の男はそう言って笑う。どこか憂いを帯びた彼があのとんでもない魔法を作って繰り出したのか。マリウスはそんなことを考えて始祖の魔法使いを見るが、相手は微笑むだけだ。


「サーハルト、そいつはアンデッド・ドラゴンを最初に作った俺の兄によく似てるよ。先祖返りだな。いやー、やっぱあれ系生まれるんだな」

「…あなたの、兄上が?」

「そう。俺よりとんでもない魔法使いだったんだけどね、おかしかったんだよ」


アンデッド・ドラゴンを倒した始祖の魔法使いが王となったが、そもそもその王の一族がアンデッド・ドラゴンを作っていたなんて話が知れれば王家が転覆する。マリウスは気が遠くなる思いがした。

始祖の魔法使いは自分の兄がマリウスにも似ていると思ったが、さすがに口にはしなかった。


「で、お前そろそろ起きろよ」

「別に意図して惰眠を貪っているわけじゃないですよ。起きれるタイミングで起きます」

「睡眠は体だけじゃなくて、心も癒す。お前の体はもう起きれるのに、心の方が回復しないんだ。7回繰り返したダメージにお前が目を背けているんだよ。お前は全て終わったら自分は消えてもいいと思っていただろう」

「…別に、積極的にそうは思っていませんが…ただ」


マリウスが思い出したのは、セシリアと共にアンデッド・ドラゴンに立ち向かった時のこと。


「マリウス殿下の役に立ったのなら、嬉しい」


そう言ったセシリアが自分に向けた笑顔を思い出すたびに心に花が咲くようだ。

きっとそんな記憶は誰にでもあるのだ。忘れたくない一瞬が。

それを打ち消して何度も何度もやり直す過程で、その一瞬は二度と訪れないこともあるだろう。


「それが、苦しいんだな」


マリウスの心はこの場所では始祖の魔法使いに手に取るようにわかる。決まりが悪そうな顔をしたマリウスに始祖の魔法使いは笑う。


「その誰かに訪れた瞬間は、どこにも消えない」

「え?」

時逆ときさかは本人の意識においては時間を巻き戻してやり直すということになる。だけどやり直しの地点から始まった時間は、元のものと違う選択をした時点で分岐が始まるんだ。忘れられない一瞬は、違う分岐の中にちゃんとある」

「ちょっと、わからないですが…」

「そういうことを研究してみろ。魔法の幅が広がっていく。起きろ、お前は起きて乗り越えていけ。セシリアも待ってる」

「…セシリア」


セシリアの時間も巻き戻したが、始祖の魔法使いが言っているのは、毒杯をあおって死んだセシリアも、断頭台に消えたセシリアも、全部覚えているセシリアもそれぞれが違う時間軸に存在するということだろうか。


「そういうことだよ」


物を考える勘のいい子孫に始祖の魔法使いは満足げに言う。


セシリアに会いたいとマリウスは強く思った。

すると視界はだんだんぼやけていき、始祖の魔法使いの声は遠くなる。


「なに、何を言ってるんですか?聞こえない…」


ああ、セシリアによろしくってだけだから、聞こえてなくて大丈夫だよ。

マリウスの問いかけに答えた言葉も、やはりマリウスには届かない。


白い世界から抜けたマリウスの目に映るのは見慣れた天蓋ベッドの内側だ。マリウスが起き上がったのに気付いたメイドが急いで人を呼びに行く。


それはマリウスが眠り続けて半年が経った日のことだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 逆行ものは、一本道を戻ったことにするか、枝分かれのパラレルワールドにするか、迷うところだと思いますがだいたいは分岐ですよね。それって切ないなぁと思うので、これまで一本道だと思って頂けによけい…
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