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61◆ VSエステバーン

アンデッド・ドラゴンを動かすのは上手くいったと思っていたが、国を壊滅させるに至らなかったのは、やはり大昔にいた物とは違うからだろう。もっと研究を重ねなければ。


「研究ですって?お前は死んでいるというのに、何ができるというの」


知らぬ声が部屋に響き渡る。ここはエステバーンが作り出した黒い部屋。魔法の講師をやっていたので黒魔術についても知見がある。この「黒い部屋」は自分の魂の格納場所だ。アンデッド・ドラゴンに埋め込んだ核石かくせきとなる石板には、動力となる契約した魔の力を供給するためのパイプと、コントロールのためにこの黒い部屋からアクセスできるためのもうが付いている。もしアンデッド・ドラゴンから石板が取り除かれたとしても石板へのアクセスを遮断し、次なる実験台に再びアクセスしたらいいようにしておいた。

そんな自分の魂の置き場に何故知らぬ声がするのだ。


「肉体を持たないのよ、心眼でご覧なさいな。私がお前のテリトリーにやってきたということは、宣戦布告に決まってるじゃないの、ねえ?」


黒い、ただひたすらに黒い空間。天も地もない、ただ漆黒だけが広がるそこに、鋭い目をした女が不敵に笑っていた。


「お前は…なんだ」

「お前の敵よ。愚かね、お前はたくさんの証跡を残した。私がここに辿り着くのもとても簡単だったわ」

「ここは俺の場だ。黒魔術においてテリトリーに入ってきた侵入者に勝ち目などない」


エステバーンはアンデッド・ドラゴンの研究者だが、魔法に関しても上級者である。黒魔術についても精度の高いものを練り上げた。並みの、しかもこんな苦労も知らぬような貴族の娘に負ける要素はない。こんな小娘に「お前」など言われる筋合いはないのだ。


「ふ…ふふふふ…」


目の前の女が意味不明に笑いだす。全く以て不愉快だ。この部屋にやってきたということはあの女も魂の存在、永遠に救われぬ拷問部屋に入れて飼ってやろうか。アンデッド・ドラゴンの研究の最中に作った、捕らえた魂を保管しておく箱がある。隷属を強いるために痛めつける仕様にしているのだ。


「女、俺に勝てると思うな」

「ホーホホホ、あーおかしい!侵入を許した時点でお前の黒魔術に綻びがあるとどうして思わないのかしら!」


エステバーンは意識の中では女と向かい合って対峙していた。だが次の瞬間、自分が女の足元に居るような感覚になる。そして指先一つ動かせなくなっていた。


「何…!?おい女!どういうことだ!」

「石板から辿ってお前の術式は読んだ。術式を読まれてどうして無事でいられると思ったの?手の内を晒しているのよ?ふふふ、愚かねほんとに」


女から発する気配はただの小娘ではないことをこの期に及んでエステバーンは気付いた。この恐るべき気迫は一体何なのだ。


「…アンデッド・ドラゴンのことで怒っているのか…しかしあれは、世のために実証が必要だったのに、寄ってたかって否定した奴らが…」

「ああ、もう言い訳とかはいいの。許しも譲歩もするつもりはないわ。私はね、教会や聖女の清らかな力でお前が浄化されるのを見るのが嫌なだけなの」


身動きは取れないが、それは感覚だけのことで、ここにあるのは魂だけだ。だけど自分の体を女の足に踏まれ、蔑んだ目で見下されているのをひしひしと感じる。

その瞳にはひとかけらの情もない。

もし、自分の全てを奪う毒杯を手にしたらこんな目になるのだろうか。

害を為す毒にどうして憐れみを持てようか。


「お前の視線の先を見たわ。良いものを作ったわねえ、お前にぴったりよ。私も余計な手を汚さずに済むわ」


エステバーンは背中を蹴られて地の底に落ちていく。


「お前の作ったこの箱には、壊れないように私が術式を加えて差し上げたわ。それでは御機嫌よう」


遥か高い場所から声がする。もう姿を確認できないくらい遠い。自分がいる場所は一体どこか確認するも、全ての感覚が狂わされ把握することすらできない。耳鳴りのような嫌な音が聞こえ、体の内側からチリチリと痒いような感覚が来る。五感の再現をわざと狂わせるように、何かを設計した気がする。

一体何だっただろうか。思考が正常にできない。何も考えられない。ただ、とても嫌なだけ。


それが永遠に続くのだ。


***


セシリアはデリア領郊外、壊れた廃屋の一角で空の小箱を目の前に集中すること数時間、ようやっと目を開けた。

小箱には厳重に鍵が施され、その上でトラップも掛けた。開かれる時はそのまま壊れるので、壊れた影響がわからぬまま箱の術を解いて開こうとする者はいないだろう。

壊れるときはエステバーンの魂が消えるが、その時まで未来永劫に魂はこの箱に囚われる。


『セシリアお疲れ様ー!あれでエステバーンの魂はずーっと拷問部屋ね!』

「自分で作った部屋なら快適に過ごすんじゃないかしら」


ぐったりと力の抜けたセシリアの肩口で、今は可愛らしいぬいぐるみのフォレックスがぴょんぴょん跳ねながらねぎらいの言葉を掛ける。

セシリアがエステバーンのレポートを読んで思ったのは、実験は続くのではないかということだった。目的の第一は蘇らせることだが、エステバーンは動いたアンデッド・ドラゴンから情報収集をし、次に繋げたいだろう。

そうなると、どのような手を使うだろうか。自分の魂でアンデッド・ドラゴンを動かすだろうとは思うのだが、実験材料にそのまま魂を移すだろうか。そう考えて思い至ったのがこの「黒い部屋」の黒魔術だ。肉体を捨てて魂を別の場所に保管をし、必要な媒体に必要な時に憑依をする。フォレックスをオートで動かす研究をしてる際見つけたが、肉体を捨てて憑依するのは違うと候補から外したものだ。


アンデッド・ドラゴンから取り外された石板は現在魔法省で調査されている。黒魔術が使われているのはすぐにわかるだろう。そして黒い部屋に引きこもっているエステバーンは、見つかったとしても教会の白い力で浄化されるだろう。

エステバーンはセシリアの獲物だ。そんなぬるい真似はさせない。

そうして瓦礫となったエステバーンの研究所で黒魔術の形跡を探し、彼の作った黒魔術の装置に閉じ込めたのだ。


セシリアが王都からデリア領へ移動するのは一瞬だ。今は使い魔となったフォレックスにエステバーンの研究所に向かわせ、到着したらフォレックスに向かって転移をすればいいのである。マリウスの血で発動した秘法だが、使い魔の所有権は術式に記載した通りセシリアにある。


「よーし、帰ろっかフォレックスちゃん!」

『帰っておやつにしよー!』


帰るときはあらかじめ自宅に座標を設定しているのでフォレックスに先に行かせる必要はない。

魔法実践の授業を恐るべき速さで吸収し、今やすっかり便利に使いこなしているセシリアであった。

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