60◆ VSアンデット・ドラゴン③
結界の補強をしている魔法術者の限界を考えても、穢れた風を受けるのは次が最後だ。その次は結界を維持できなくなりアンデッド・ドラゴンが外へ飛び出す。
なのでチャンスは一度きりだ。
アンデッド・ドラゴンは風を起こすときには攻撃をしてこない。自身を癒すのに力をシフトしているからだろう。砂嵐の威力でこちらも厳しい状態になるが、無理を承知で攻撃を仕掛ける。
そのためにセシリアとフォレックスはまずは風を起こさせるべくアンデッド・ドラゴンの体力を削る。
「フォレックスちゃんは大丈夫?」
『早くこんなの倒して、フォレックスちゃんはお菓子を食べたいのー!』
「いいわね」
回復魔法で体は癒えても消しきれない疲労は蓄積する。踏み出す一歩が先ほどよりも重く感じるが、セシリアは構わずに走り出す。そして空中に飛び上がり、光線の魔法陣を描く。これは大技なので本来何度も使えるようなものではないが、セシリアの魂はフォレックスと融合し二つに分け合ったので魔法力は精霊界から貰い受けることができる。
「食らえ!」
セシリアが叫ぶと再び三本の巨大な光線がアンデッド・ドラゴンを襲う。胴の真ん中と顔と左ひざに風穴を空け体勢を大きく崩す。しかしやはり腹の奥、背骨だけは無事だ。
マリウスは羽根の動きに注視していた。大きな動きではないが、左右の羽根の先が内側に一旦閉じられ、時計の長針が半刻から10分ほど進むような角度までゆっくり広がった。
「風が起きる…」
そこで動きが止まったかのように見えるが、アンデッド・ドラゴンの羽根は微かに震えている。いや、腐った肉の下で何かが蠢いていると言うべきか。
アンデッド・ドラゴンの周囲に微かな風が纏い、そして爆発する。穢れた風が激しく吹きすさぶ。
セシリアはこの暴風の中、アンデッド・ドラゴンに向かって飛んだ。嵐に交じる石が肌を抉るがそんなものに構ってはいられない。
無防備になった今なら背中への攻撃も直撃させられるだろう。
どうにかコントロールを取りながら飛んでいるが風の抵抗で思うように進まない。
『あぶない!』
声にセシリアがハッとすると、フォレックスはセシリアを突き飛ばし、代わりに風に乗って飛んできた大岩に当たって落下する。
「フォレックスちゃん!」
『壊れてないわ大丈夫よー、セシリアは石では壊れるからね!気を付けるのよ!』
それでもダメージが大きかったのかフォレックスはそのまま地面に落ちた。フォレックスを立て直す時間はない。セシリアは「ありがとう」と礼を言って進む。
なるべくアンデッド・ドラゴンの視界に入らない軌道を通って背後に辿り着くとセシリアは魔法陣を描く。今日三回目の大技だ。魔法力は精霊界から供給されているとは言え、肉体はそれなりのダメージがある。それでもセシリアは意識を集中させ、細部まで違わず描いた。
「マリウス殿下!行きます!」
セシリアは叫ぶと、魔法陣から光線を放ち三本全てを背中に命中させた。やはり無防備になったアンデッド・ドラゴンはガードすることは無かったが、それで羽根の動きが止まることはない。背の肉が削がれて骨がむき出しになっただけだ。
「十分だ!」
マリウスは腐った肉が剥がれ落ちた骨に瘴気の集中する場所があることを見抜き、そこを目掛けて飛んだ。右の肩甲骨だ。
近づいて見てみるとそれは一本の骨ではなく、たくさんの骨の塊が形作っている。様々な動物の骨や、中には人骨もある。この奥深く瘴気を色濃く感じる部分に核石が埋め込まれているはずだ。
アンデッド・ドラゴンの背に飛び乗ったマリウスは魔木偶を呼び出す。
「『ナイト』!この骨を叩き壊せ!」
振り上げた剣が肩甲骨を打ち付けると骨がバラバラと崩れてゆく。
マリウスの思っていた通り、外側の肉は物理攻撃を受け付けないが、骨は物理攻撃しか効かないのだ。骨が肉の鎧に覆われる前にダメージを負わさなければならない。
「マリウス殿下!背中の肉が蘇ってきています!」
セシリアの声は風にさらわれ小さくしか聞こえない。
もう少しだ、もう少しで瘴気の元に辿り着く。
ナイトが与えるダメージで肩甲骨のひびは広がってゆく。
「マリウス殿下!」
再生した肉がナイトを覆うのを見たセシリアが声を上げる。
「クソ!」
マリウスはナイトがつけたひび割れの中に腕を入れまさぐる。細かい骨がマリウスの腕を傷つけ、流れた血を吸っている。しかしそれで核石は脈動し、自分の存在を知らしめた。
核石の位置を捉えたマリウスがついにそれに触れる。
だがその瞬間、マリウスの体もアンデッド・ドラゴンの肉が覆った。
セシリアはマリウスが肩甲骨の核石を探るので協力してほしいと頼まれた。アンデッド・ドラゴンに光線を命中させた後はマリウスが動く。もしマリウスに何かあれば撤退し、結界の補強の補助をするように言われていた。
しかしその言いつけを守らずに、セシリアはマリウスの埋まった場所へ降り立っている。
「マリウス殿下!聞こえてますか!マリウス殿下!」
マリウスが内側に取り込まれた背に威力の大きな魔法を放つわけにもいかず、セシリアは微弱な炎魔法を手に纏わせてアンデッド・ドラゴンの肉を掘る。
メリーナのネックレスのお陰で瘴気を含んだ攻撃は無効だが、爪の間や傷に腐った肉が入ればそこから肉体的なダメージは来る。しかしそんなのは構わず、セシリアはぐちゃぐちゃの肉を掘っていた。
セシリアの目的は、マリウスに時逆の秘法も使わせず、死なせもしないこと。
自分はこんなに無力なのか。復讐を遂げることはできても、誰かを守ることはできないのか。
そんな思いが湧き上がるが、セシリアは決して悲観はしない。まだできることがあるはずだ。
セシリアはふと、アンデッド・ドラゴンの下にマリウスの魔木偶も埋まっていることを思い出す。
(他人の魔木偶って…動かせるのかしら?)
セシリアはマリウスの魔木偶に感覚を集中させ、マリウスの描いた術式にアクセスした。形を瞬時に変えることができる設計はさすがと言える。命令をしてみたが、ナイトとウィザード・ナイトはやはりマリウスの命令でしか動かない。
だけど切り替えの設計の部分、ここに型を新規に追加できるだろうか。
アンデッド・ドラゴンの再生が終わり羽根から力が抜ける。あと少ししか猶予はない。
セシリアはマリウスの魔木偶に意識を集中させて、肉を隔てて術式を描く。
「『ファイア・ウィッチ』!腐った肉を焼きなさい!」
セシリアが叫ぶと、肉の下から熱が帯び、そして炎が上がった。内側から外に向けた炎で肉を開かせたのだ。そしてドロドロと弱って爛れ落ちた肉を振り払ってマリウスが姿を現した。
まだ胸から下は肉に囚われているが衰弱している様子はない。
「右腕を引っ張ってくれ!」
邪魔な肉を掻き出してセシリアはアンデッド・ドラゴンの骨の中に埋まったマリウスの腕を勢いよく引っ張る。すると傷つき血塗れだが、その手にはしっかりと邪気を放つ石板があった。
風が止み、少しずつ瘴気が晴れていく。復活を遂げようとしていたアンデッド・ドラゴンはそこから微動だにすることもない。結界の外で見守っていた人々も、様子が変わったことに気が付いた。
司令塔を失ったアンデッド・ドラゴンはただの死んだドラゴンだ。そのまま倒れてゆく瞬間に、セシリアはマリウスを抱きしめ飛んだ。
「もう、恰好つかないな」
「十分かっこいいわマリウス殿下」
セシリアはそのまま急いで隊長のいる場所までマリウスを運ぶ。物体浮遊を得意とするセシリアはマリウスを抱えるのも、そのまま飛ぶのもお手の物だ。
「たぶん…もう大丈夫…」
マリウスは隊長にそれだけ言うと意識が途絶えた。アンデッド・ドラゴンの肉で受けた汚染は守護があってもダメージは大きい。
マリウスは意識が無くなる前、一瞬歓声を聞いた気がした。