6◆入学してくるキーパーソン×2
入学式で注目の人物はやはり聖女メリーナだ。以前の記憶では聖女メリーナの独壇場だったが、今回はマリウスと二分する形だ。前回、前々回とマリウスは病弱を理由に学園に入学をすることは無かったので上級生にもマリウスはいなかった。
癒しの力を持つ聖女は滅多に現れることがない。痩せた土地に活力を与えたり、汚染された水を浄化できたりその力の有用性は非常に高い。故にこの国で聖女が現れたら国に身分を保証され、人々からも羨望される存在だ。
14歳になると全国民が教会で祝福を受けるのだが、その時に力の判定も行う。この祝福も聖女を見つけるために実施されているようなものだ。そして去年の祝福でメリーナが聖女の判定を受け、晴れて子爵家の養女となりこの学園へやって来た。
(そういえば、メリーナはなぜああも私を貶めたのかしら)
大勢に囲まれ天使の笑顔を振りまくメリーナを遠くから眺めながらセシリアは思う。
前回は恨み辛みが激しすぎてメリーナ側の事情などに思い至ることはなかったが、今回はその恨み辛みは晴らしたあとなので心に余裕がある。
一番簡単に考えればアレス王子が好きだからだろう。公爵家の令嬢が婚約者に決まっているなら簡単には撤回することはできない。引きずり下ろすためには大層な罪を背負わせなくてはいけないということか。
確かにアレス王子の隣が空席になれば、聖女であるメリーナが据えられる可能性は高い。王子妃として正式に王家が囲ってしまえば王家の好感度も上がり都合がいいだろう。下手に教会に所属されるよりも王家としても面倒がないかもしれない。
「セシリア、取り巻きがいないなんて珍しいな」
声を掛けて来たのはアレスだ。取り巻きの皆さんは聖女の姿を一目見ようと輪に加わっている。取り巻きという特性上、ミーハーなのは仕方がない。
「大丈夫よ、フォレックスちゃんがいるものー、仲良しなの!」
セシリアはいつものキツネのぬいぐるみを取り出し、裏声で答える。
「なあ、なんで俺との婚約から逃げた?」
「コンコン!」
「だから!フォレックスちゃんはいいって!」
この様子だとセシリアが残念な子の振りで王子の婚約者から逃げたという推測は立っているらしい。どうやらこの王子は根っからの馬鹿ではないようだ。それともメリーナに出会ってからポンコツが加速するのだろうか。前回、前々回ともセシリアはアレスの能力を正確に測ることをして来なかったので今更ながらそう思う。
馬鹿ではないが間の悪い男だとセシリアは思う。なぜこのメリーナがいる空間の中で隣に立つのだ。メリーナが王子の隣に立ったというだけでロックオンしてくる狂人だったらどうするつもりだ。
「…チッ」
「え?今舌打ち…」
生まれてこの方舌打ちなんかされたことがないであろうアレス王子は驚愕の表情を見せる。セシリアにしてみたらこっちは命が掛かっているというのに、舌打ち程度なんだというんだという気持ちである。
「マリウス殿下をご紹介くださいますか?アレス殿下」
二人でいるよりも三人の方がいいだろう。そう思って今日の二人目の目的、マリウスの名前を出す。
「…向こうにいる。紹介しよう」
アレス王子はこれ以上婚約の件は聞くことなく、マリウス王子の元へ案内した。舌打ちが効いたらしい。やったねとセシリアは心の中でピースサインをした。
***
「やあ、セシリア。僕はマリウスだ」
「お初にお目に掛かります、セシリア・カーンでございます」
今まで城で行われたパーティーにも病気を理由にマリウスは出席することはなかったので、今回は遠目に見ることも無かった。一度目の時のマリウスと比べるとなんだか溌剌としているように見える。二度目の時は憶えていない。
アレス王子が紫がかった黒い髪に紫の瞳、マリウス王子は明るい金髪に空色の瞳とまるで似ていない兄弟だ。腹違いなのでこんなものだろう。
「セシリア、君と是非二人きりで話がしたい」
「まあ、マリウス殿下。もったいなきお言葉」
「おい、ちょっとまてマリウス!」
唐突なマリウス王子の申し出に根掘り葉掘り聞き出すチャンスと思ったが、アレス王子がそれに待ったを入れて来た。一体なんだとセシリアはキロリとアレスを睨む。
「お前がセシリアに会いたいというからこうして会わせてやったが、いきなり二人きりってどういうことだ」
「とても美しいお嬢さんだし、アレスにいつもセシリアの素敵な話題を聞いているから気になっていたんだよ」
『素敵な話題』とはまあよく言ったものだとセシリアは思う。お人形遊びの頭が足りない女と王宮で言いふらしているんだろうか。何とでも言えばいい。
「まあ、美しいだなんてそんな…」
セシリアはわざとらしく照れつつも『言われて悪くないですよ』という素振りを見せる。
OKOK、さあ二人で話をしましょう。ゲロってもらおうじゃない!
「まてセシリア!俺だってお前のことを美しいと思っている!」
「有難きお言葉」
アレスの言葉に最低限の社交辞令を返す。妙に邪魔くさいが、一体何だというのだ。今回は婚約者じゃないのだから好きにさせてほしいとセシリアは思う。そして「失礼」とアレスの手を取るとメリーナを囲む輪へ導き歩いた。
「セシリア?」
「皆さま、アレス王子が聖女メリーナ様とお話をしたいそうですの。少し譲ってはもらえませんか?」
「なっ…!?」
そうだそうだ、そうだった。これからアレス王子はメリーナ親衛隊その1になるのだからとっとと引き渡してしまおう。
せっかく入学してきたメリーナを早速有効利用しようとセシリアは妙に邪魔なアレスを押し付けることにした。
「アレス王子…初めまして、メリーナです」
聖女様の挨拶は50点くらいではあるが、可憐さ、可愛らしさなんかを加点したら100点になるんじゃないだろうか。取り囲んでいた集団がぱっくりと二手に分かれ、アレスがメリーナの元へ行く道ができる。
「あ、ああ。よろしくメリーナ」
再び生徒たちがメリーナとアレスを取り囲むのを見ていると、いつの間にか自分の後ろにマリウスがいた。
「やるね、さすがだよ」
「懇談室へ行きましょう。…他には聞かれたくないお話がございますでしょう?」
セシリアの言葉にマリウスは不敵に笑う。これはYESと言ってるようなものだ。
そうして二人は足早にその場を去ると、懇談室へ向かった。