59◆ VSアンデット・ドラゴン②
セシリアの食らわせた爆撃で顔の大半を失ったアンデッド・ドラゴンは片目だけが残っている。がむしゃらに襲い掛かろうとしていたが、今度は足元で炎が上がる。フォレックスの吐いた火炎だ。
『セシリアー!フォレックスちゃん待ってたわ!』
「フォレックスちゃん…あなたと喋れるなんて感激だわ」
セシリアはフォレックスの隣に降りてきて顔を見合わせる。ずっと一緒だった相棒だが、こんな風に話すのはもちろん初めてだ。
「たくさんお喋りしたいけど、まずはあれを片付けないとね」
暴れ狂うアンデッド・ドラゴンにセシリアとフォレックスは息の合った動きで炎で攻撃をする。アンデッド・ドラゴンは外側は腐り落ちているが芯が強靭で動きが速い。猛スピードで回転したかと思うと尻尾で渾身の一撃を放つ。
「セシリア!」
マリウスが居る辺りまで一人と一体は吹き飛ばされたが、フォレックスよりもセシリアの方が大丈夫そうである。
マリウスは再びウィザード・ナイトを発動しアンデッド・ドラゴンの足止めをする。そしてその隙にマリウスはセシリアに問うた。
「どうなっているんだ?」
「あまり詳しくは話す時間はないですけど、今の私にはアンデッド・ドラゴンの穢れの攻撃は効果がありません。吹き飛ばされた物理分のダメージは負いますが、ちょっと体が頑丈になったみたいなので大したことありません」
「とりあえずこの場はそれで納得しよう」
「話が早くて助かります。アンデッド・ドラゴンは攻撃をしても穢れの風で再び蘇りますが…マリウス殿下はよく観察してください」
「なんだと?君が行くと言うのか」
セシリアはフォレックスと情報を同期したのでアンデッド・ドラゴンの情報を得ている。マリウスは何故知っているのかも聞きたいが、後回しにして策を聞く。
マリウスの言葉にセシリアとフォレックスが顔を見合わせ、笑う。
「そりゃあそうですわよ、私が行かなくてどうするんです」
『セシリアはフォレックスちゃんより元気よー!』
マリウスはフォレックスの言葉で一人と一匹はダメージを負ったのを思い出し、急いで回復魔法を掛ける。
「エステバーンのレポートを読んで思い至ったのですけど、アンデッド・ドラゴンのコントロールはエステバーン自身ではないかと」
「と、いうと?」
「魔木偶をオートで動かす研究をしている時に色んな方向から考えましたの。可能性を探していると辿り着くのが、大抵自分の分身を入れたり、人間の魂を込めたりする方法」
「黒魔術か。そんな所まで調べたんだね、君がやらなくてよかったよ」
「使い魔を作る方法までは知らないエステバーンが、アンデッド・ドラゴンを動かすためにできたことは多分その辺りだと思うのです」
出来上がったアンデッド・ドラゴンの器をどうしても動かしたければ。自分を否定した者にその姿を見せつけるのならば。
セシリアとマリウスは暴れ狂うアンデッド・ドラゴンを見やる。頭の大半を無くしても動き続けるのだから脳の命令で動く仕組みではない。そもそも臓器など腐り落ちているのだが。
「黒魔術に使う核石がどこかに埋め込まれているのか」
「私はそう仮定するわ。自分の魂を移しこむ核石をアンデッド・ドラゴンの器のどこかに仕込んでおいて術を行う。私ならそうやるわ。だから私は検証したいのよ、核石を破壊してアンデッド・ドラゴンが止まるかどうか」
今いる二人と一体ではアンデッド・ドラゴンの全てを破壊するだけの力はない。だけど核を見つけ出し分離するなら可能ではないか。
「問題は、どこにあるかだ」
「私とフォレックスちゃんがアンデッド・ドラゴンと戦うのを見て、その場所をマリウス殿下に予測を立てて欲しいのです」
セシリアはどうしてだか戦うだけの力を手にして現れた。それでも戦いに送り出すのは迷いがある。しかし現実的に考えればセシリアの案に乗るしかない。
マリウスの行動はすぐだった。セシリアとフォレックスに守護の強化と魔法の強化を掛ける。
「セシリア…僕はやはり君にこんな場所にいてほしくないと思っている。だけど、僕が戦う力は、君がいるから湧き上がる。…おかしいな」
この状況を全部、自分がどうにかできるだけの力が欲しかった。だけどそれは叶わぬ願望だ。見栄など捨てて戦うセシリアを受け入れれば、到底勝ち目の見えなさそうな戦いも何か手を打てる気がしてくる。そして、それこそがセシリアの力だとマリウスは思う。
マリウスの言葉にセシリアは一瞬驚いて目を開き、そして破顔する。それは取り繕った淑女の笑みなどではない。
「マリウス殿下の役に立ったのなら、嬉しい」
こんな笑顔のセシリアは、かつてどの人生にもいなかった。その笑顔がマリウスの胸を貫き、息が止まりそうなほどだ。
アンデッド・ドラゴンの猛攻にウィザード・ナイトが粉々になった。復帰までにしばらく時間を要する。それを目にしたセシリアとフォレックスは同じタイミングで跳んだ。
セシリアが地面から火柱を呼び、フォレックスの吐いた炎は片目だけの頭を燃やす。
「そろそろ来るわね」
セシリアがそう言った瞬間、正にそのタイミングがやってきた。瘴気に塗れた砂嵐だ。いくら穢れの攻撃は無効化するとは言え、砂嵐の威力だけで削られる。この時ばかりは砂嵐のダメージを最小にするよう動くのに必死で、攻撃に転じる余裕はない。
セシリアの柔らかい肌を砂嵐が傷を付ける。目も開かないほどの暴風がふと和らいだと思ったら、フォレックスがセシリアを風から守るような位置にいた。
「…優しいのね、製作者と大違いだわ」
フォレックスの大きな体を撫でてみると、まるで生き物のように温かかった。
「いつも助けられていたわ、フォレックスちゃん」
『フォレックスちゃんが優しいなら、セシリアが優しいの。フォレックスちゃんはね、作った人の持たない要素は持ってないのー。でもこれは、みんな知ってると思うな!』
キツネの相棒は無邪気に言う。こんなことを言ってくれるとは本当に親切なキツネだ。セシリアも極悪非道なわけではないから優しさの要素がひとかけらもないってことは無いが、こういう優しさでは無いのでは、なんてことを思う。
アンデッド・ドラゴンの燃やし尽くした頭部は再生され、復活の雄叫びが上がる。風が止み、セシリアとフォレックスは飛び出した。
空中で留まったセシリアは指で魔法陣を描く。魔法陣を描くのは手間は掛かるが大技が使える。セシリアがアンデッド・ドラゴンからの攻撃は物理以外は受け流せるので可能なことだ。
アンデッド・ドラゴンと対峙するセシリアの目は、敵を決して許さぬという意志の炎で燃えている。これはかつて、メリーナを追い詰めて力を削いだ時と同じ目だ。
「エステバーン、聞こえているかしら。アンデッド・ドラゴンで人々を翻弄してさぞ愉快なことでしょうね。…死してなお、地獄に叩き落してくれる!」
セシリアの魔法陣が広がり、三本の巨大な光線がアンデッドドラゴンに向かって撃ち込まれる。それはアンデッド・ドラゴンの体を打ち抜く程の威力だ。
光線は脇腹と胸と腕を貫き、左腕がもげて落ちる。
その様子をマリウスは真剣な目で見ていた。
(胸を抉られても動き続けるか。しかし、貫通はしていない…?)
マリウスがアンデッド・ドラゴンのダメージの具合を見て、ふと思う。腹には穴が空いているが、胸に当たった光線は背中まで貫通していない。腹と背中、何が違う。
(背骨…いや、待てよ)
デリア公爵が張った結界の内側ではアンデッド・ドラゴンが風を起こすことはなかった。マリウスが範囲を広げてからその活動は始まっている。自らの再生のために行っているというのもあるだろうが、範囲が狭いとできない理由があるんじゃないだろうか。
(………羽根?)
アンデッド・ドラゴンの背中には腐り落ちて骨の見える羽根があるにはあるが、それは飛ぶためにはできておらず、体の大きさからすると未熟で小さい。
(羽根の運動で風を起こしているのなら、叔父上の結界内では身動きが取れず発生させられなかった…)
アンデッド・ドラゴンの動きは芯の強靭さを感じる。それはきっと骨の強度だろうと思われるが、腕は落ちている。極めて重要なアンデッド・ドラゴンの活動である風起こしのため、背の強度が高いのではないか。
「背骨…いや、肩甲骨」
マリウスは呟くと同時に走り出していた。そしてウィザード・ナイトを繰り出すとアンデッド・ドラゴンの背後に回り背に向かって攻撃を仕掛ける。同じタイミングでセシリアとフォレックスが苛烈な攻撃を繰り出したが、アンデッド・ドラゴンは振り返りマリウスからの攻撃を跳ね返した。その結果、アンデッド・ドラゴンはセシリアとフォレックスの攻撃で側面に大ダメージを受けるが、尻尾を払って叩き壊したのはウィザード・ナイトだった。
「マリウス殿下!」
アンデッド・ドラゴンからの攻撃範囲内にやってきたマリウスにセシリアが駆け寄る。マリウスはいくら始祖の魔法使いの血縁とは言っても、もはや影響は薄いだろう。そして反則なくらい効果のあるメリーナのお守りも持っていない。加護の力は強いかもしれないが心配だ。
「肩甲骨」
「え?」
「アンデッド・ドラゴンの再生には羽根の運動で風を起こすんじゃないかと思った。なので一番重要な部位は肩甲骨だと思ってそこを狙って攻撃をしてみたら、セシリアたちより僕の攻撃を防ぐ方を優先した」
「あの羽根をちょん切ってやれば風は起きないってことですね?」
「魔法陣の魔法でも背中はダメージを負っていないから、それは難しいだろう。だけど、核石を仕込むならどこに仕込む?一番頑丈な所じゃないか?」
二人は顔を見合わせる。核石はきっと、肩甲骨の部分にある。
「セシリア、君に頼みたいことがある」
マリウスはセシリアの瞳を見つめて言う。
透き通る青いマリウスの目は、未来を見ている目だ。
セシリアはそんな風に思った。
12/30に最終話まで更新します。