57◆VSアンデット・ドラゴン ①
マリウスがメリーナが強化した回復薬を飲むと胸の痛みが引いていった。実際に使ってみると素晴らしい効果だ。ついでに魔法力の回復薬も二つほど飲み干す。
『やったー!炎魔法はとっても有効みたい!』
燃えさかるアンデッド・ドラゴンが苦し気な叫びを上げてのたうち回るのを見て、フォレックスが嬉しそうに跳ねている。
「意思疎通ができるのか?」
『もっちろん!』
「セシリアのオートが完成したのか!?」
『そうみたい!マリウス殿下の血でちゃーんと発動したわね!』
「まて、どういうことだ」
どういうことかと尋ねてはいるが、その言葉でフォレックスに何が起きたか解っていた。秘法の書に書かれていた使い魔の術式をセシリアはフォレックスに組み込んでいたのだろう。発動したということはあの長い術式を間違うことなく。しかも炎で攻撃をしたということは、その前にセシリアが設計したフォレックスへの術式の体系は維持したまま連結させたのだ。そして使い魔の作成には王族の血を吸わせることが必須条件だったはずだ。
「…僕の血液待ちだったってわけかい」
お守りだと思っていたし実際助けられたのだが、自分の血で発動される魔法が組んであるとはトラップに引っ掛かった気分だ。
『あれれ、火が消えちゃうわー。おしゃべりしてられないみたい』
「だろうな。使い魔の攻撃で消滅できるくらいなら魔法兵士で片が付いている」
アンデッド・ドラゴンが昔の通りに再現されているかは解らないが、強度に関しては文献通りと言っていいだろう。
『じゃあフォレックスちゃん、また火を吐くわねー!』
「待つんだ。君の魔法はセシリアが動力源だろう。あまり大技を連発されたら困るんだが」
『フォレックスちゃんの力は精霊界からもらってるもーん!』
フォレックスは機嫌良さげにそう言うと、アンデッド・ドラゴンを目掛けて駆け出した。そうして足元まで行くと炎を噴き上げる。しかしアンデッド・ドラゴンは怯まずに、焼かれたままの状態でフォレックスを踏みつけた。通常の魔木偶であればこの攻撃で壊れているはずだが、使い魔というのはもっとタフなようだ。フォレックスは『いったーい!』と言ってチョロチョロと遠ざかる。再びアンデッド・ドラゴンがフォレックスを目掛けて片足を上げた。
「『ナイト』、行け!」
声がした瞬間、片足となりアンバランスになった状態のアンデッド・ドラゴンが大きな衝撃を受け倒れた。マリウスが魔木偶を発動させたのだ。
この魔木偶は物理攻撃特化の巨大な石人形である。アンデッド・ドラゴンの腐食も石の体には影響がない。渾身の体当たりでアンデッド・ドラゴンを突き飛ばした。
『助かったわー!ありがとマリウス殿下!』
「使い魔の動力が術者から来ないのだったら僕も作っておけばよかったよ。生憎ナイトはただの魔木偶だから燃料は僕の魔法力だ」
マリウスは魔法については自身が行使し、補助の物理攻撃を担うための魔木偶を作っている。アンデッド・ドラゴンは物理攻撃は通用しないので今の『ナイト』では戦力にならない。
「『ナイト』よりフォーム変更、『ウィザード・ナイト』!」
凛々しい騎士の姿の石人形はバラバラと小石になるとすぐにまた塊となり姿を変える。先ほどよりも禍々しく見える石人形が持つのは剣の柄だけである。
「炎は有効、試しの一撃助かったよフォレックス」
ウィザード・ナイトは構えの形を取ると、その柄から炎が噴き出す。この魔法で作られた剣での攻撃ならば魔法攻撃と同質のダメージを与えることが可能になる。
「叩き斬れ!」
マリウスはウィザード・ナイトに命じるとアンデッド・ドラゴン目掛けて炎の剣で斬りかかる。そしてその後にはフォレックスも続いた。
その二体が戦う後ろでマリウスは強化魔法を使い二体の威力を上げる。
魔木偶で戦うことは想定していたが、何が有効かを探る前にフォレックスによって知ることができたのは幸運だ。
ウィザード・ナイトはもちろんオートではないのでマリウスが操作をしなくてはならない。ある程度のコマンドは組み込んでいるが、状況に応じて自身で選択する必要があるから自身が戦っているようなものだ。しかし自らアンデッド・ドラゴンへ向かえば触れるだけで腐食するが、腐食の効果を受けない石人形で魔木偶を作っていたのが幸いした。これでずいぶんとやりやすくなる。
しかし、ウィザード・ナイトとフォレックスの攻撃でアンデッド・ドラゴンを倒せるかはわからない。秘法の書には使い魔5体と引き換えにした魔法を最後に作り出していた。術式から計算した威力は相当なものだったが。
アンデッド・ドラゴンの動きが鈍くなり、攻撃も空振りをするようになる。明らかに弱り始めてたところへ2体が襲い掛かった。するとアンデッド・ドラゴンは雄叫びを上げ、結界内は激しく吹き荒れる暴風が起こった。
マリウスもフォレックスも吹き飛ばされ、大きなダメージを負う。魔木偶もその衝撃に形が崩れ落ちた。
『ふえぇん、いたーい』
「…これは…」
マリウスの体に掛けられた守護が抵抗を始める。吹き荒れる風は穢れているのだ。アンデッド・ドラゴンが通った場所を穢していたのは本体に触れた個所だけではなく、この風も影響しているのだろう。
自分以外を結界の外に出しておいて正解だとマリウスは思う。守護の力が王族ほど強くない兵たちがこの風を受ければ全員が瀕死となっていただろう。
アンデッド・ドラゴンは風の力で自らを癒していく。炎で燃やされた体は再び腐り落ちた体に蘇っていく。この穢れた風はアンデッド・ドラゴンにとっては治癒の力のようだ。
「元通りだな…」
『いやーん!マリウス殿下、どうしよ!』
マリウスは自分とフォレックスに回復魔法を掛けながら思案する。この風を封じなければきっといくら攻撃をしても無に帰すのだ。だからきっと始祖の魔法使いは高火力の魔法でアンデッド・ドラゴンが風を起こす隙を与えずに止めを刺した。書の中にこの風を封じるような魔法はなかった。
「隊長…力が…吸い取られていくようです…!」
結界を補強し続けている魔法術者たちの叫びがマリウスの耳にも聞こえた。穢れの風は結界にもダメージを与えており、補強するために必要な力が急激に増えたのだ。
今いる魔法術者の数ではこの風を受け続ければ結界維持は難しい。アンデッド・ドラゴンの体力を削らなければこの風は起こさないのか、それともそれと関係なく行うのか。
一時撤退をして案を練るべきか。マリウスは考えながらも、自分に守護を高める秘法を使い始める。撤退を考えているが、体は戦い続けるために動いている。それが少しおかしかった。
フォオォーン…!
フォレックスが高く嘶く。それは辺り一面に響き渡るような声だ。
『目が覚めたみたい!』
そう言って見上げる方向をマリウスも見やる。結界の内側、どんな魔法効果も外側から干渉できないはずなのに結界の中心部、ちょうどマリウスたちとアンデッド・ドラゴンの間の空間に白い光の玉が浮かぶ。
アンデッド・ドラゴンは風を止ませて攻撃に転じる。狙いは光の玉だ。口を大きく開き、穢れた毒液を浴びせた。しかし光は揺らぐことはない。
「炎魔法、有効なのよね?」
その声にマリウスが目を見開く。決して忘れることができない人の声。
セシリアだ。
光の中、右手を掲げたセシリアはアンデッド・ドラゴンの口の中を目掛けて静かに火の玉を放ったと思うと、爆発した。
アンデッド・ドラゴンの口の中で爆発は連鎖して起きる。セシリアが研究していたオートの応用で魔法の作用が繰り返されるよう設計されている。
そんな爆発を連続で起こせばすぐに魔力が切れるはずであるが、セシリアは小さくなる光の中、燃え上がるアンデッド・ドラゴンを平然と見下ろし笑った。
「あら、いい姿だこと」
バトルとかいいよって…?もう少々お付き合いください…!!