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54◆出発

「…そんな目で睨まないでよ。止めに来たんじゃないんだから」

「え?」


メリーナの思わぬ言葉にセシリアは険しい表情からいつもの顔に戻る。発せられる圧が消えてメリーナもほっとした。


「あれだけ言ってもマリウス殿下の所に行くつもりだったら、もうしょうがないじゃない。止められないわよ。だから私とベイル様で護衛騎士の皆さんにお願いをしたの」

「一応大義名分はあるんだぞ。ほら、この強化した回復薬と聖水。討伐隊へ持っていってくれ。出発の時にも渡したけど、追加分だ。強化魔法を効率化してこの数を用意できたんだ」


ベイルが親指でグイと指した方向には、荷馬車とメリーナとセシリアが乗ってきた頑丈な馬車がスタンバイしていた。


「…勝手にこんなことして、マリウス殿下に怒られるんじゃないの?」


後続隊に付いていくのであれば、マリウスに依頼されていた事について本人に話があるとか適当に理由を付けて強引に同行する予定だった。だけど護衛騎士たちはマリウスからセシリアがここにいるようにと命じられているのを知っているはずだ。だからこっそり抜けようと思ったのだが。


「もう覚悟はできております。上手く抜け出された方が恐ろしいです」


護衛騎士たちはもはやセシリアをただの美しい令嬢だとは思っていない。教会での薬の強化の運営体制を整え、その隙間にマリウス王子への報告を纏め、恐るべき集中力で調べ物をこなし、床で仮眠を取るような娘である。実務をこなす力が並大抵ではない。

ふわふわした令嬢を連れて行くとなると躊躇するが、セシリアならば討伐隊の運営本部でも力を発揮しそうである。だったら見失うよりかは連れて行ってしまった方がいいんじゃないかという判断にもなる。

護衛騎士がセシリアの背負っていた荷物を軽々と荷馬車へ運んでいった。結局面倒を掛けることになってしまうらしい。


「一人で行けるか、力試しでもあったんだけどな」

「おい、セシリアは一体どこを目指してるんだ!?」


令嬢が一人で戦場の目的地に辿り着けるか力試しをするなど聞いたこともない。ずっと思ってたことがついにベイルの口から出た。


「別に何を目指してるわけじゃないわ。ただ、何人たりとも私の邪魔をするものには打ち勝つことができる存在になりたいの」


小首を傾げてそんなことを言うセシリアにベイルは口をあんぐりと開けて言葉が出ない。そんなとんでもない存在は、王妃などではない。女王でもない。強いて言えば。


「魔王か何かか?」

「まあ、面白い冗談」


コロコロと笑うセシリアに、ベイルはニコリともせず真顔のままだ。セシリアには是非、自分の付き従うアレスではなくマリウスと一緒になってほしいと心から思う。魔王の細君を持つ主など、苦労をする未来しか見えない。

そんなやり取りを聞いていたメリーナはハッと思い出したような顔をし、ポケットの中を探った。


「セシリア…これ」


メリーナが差し出したのは、ライラにもらったネックレスだ。


「これ、魔力制御のアクセサリーだったの。ライラが昔くれてずっと付けてたんだけど、司祭様に頼んでその効果は無くしてもらったわ。お守りで持ってて」

「いいの?あなたがもらったものなのに」

「帰ってきたら返してよ。あなたのフォレックスちゃんはマリウス殿下に貸し出し中でしょ」

「なんで知ってるのよ」


メリーナがセシリアの手を取ってその掌にネックレスを握らせた。その握った手をメリーナが両手が包み込むと、暖かい力が流れ込んでくるのを感じた。もしかしてこれは前回までのメリーナが持っていた滋養強壮に効くという力じゃないだろうか。この力にライラは気が付いて、力が大きくなる前に隠していたのか。


「あなたのライラは、本当にすごいわね」


今ここで、どうしてライラが褒められたのかはメリーナにはわからなかったけど、悪い気はしない。


「力の制御頑張りなさいね。あなた、駄々洩れよ」

「言うことそれ!?今はいいでしょ今は!役に立ってるんだから!」

「楽しそうなところ恐縮だが、もう出発できるぞ」


護衛騎士たちの方は準備を完了したようだ。セシリアはネックレスを首にかけてみると、なんだかくすぐったいような、妙な気持ちだ。


「借りるわね」

「危ないことはしないでよね。アンデッド・ドラゴンと戦ったりしちゃダメよ!」

「わかってるわよ」


心配そうに言うメリーナにセシリアは笑顔で答える。セシリアが真に戦う相手はアンデッド・ドラゴンではなくエステバーンだと思っているので、その言葉には嘘はない。

セシリアが馬車に乗り込むと護衛騎士の指示で出発する。あっけないくらいあっさりした出発だ。その馬車が見えなくなるまでメリーナとベイルは見送っていた。

いってらっしゃい、とは言わなかった。この出発をメリーナは納得しているわけじゃないのだ。


「あーあ…行っちゃった。でも、そんなに好きならしょうがないよね」

「え?」

「マリウス殿下のこと」

「セシリアが?そうか!それは朗報だ!」


アンデッド・ドラゴンがいる場所へ何をああまで行きたいと言うのが謎だったが、マリウスを慕ってのことなら納得できるし、ベイルは一安心だ。

王の命令でアレスとセシリアが結婚するよう言われているのは知らないので、セシリアがマリウスを選べば自分の主は魔王を娶る必要がなくなるとベイルは思いにんまりとする。


「アンデッド・ドラゴン相手に武者修行でもするつもりかと思っていたが、あいつも乙女だったのだな」

「ちょっと、セシリアのことなんだと思ってるんです?」


メリーナはセシリアが『魔法の武者修行に出ます』と書置きを残してきたことは知らないが、ベイルはもちろん知っている。そして友人のことは決して悪く言わないメリーナに、さすが聖女とうんうんと頷くベイルである。


メリーナはマリウスとセシリアのことを考える。

マリウスはとても賢くて、冷静で頼りになる。王子なのでいつも完璧な立ち振る舞いで近寄りがたさも感じるくらいだ。そんな彼が隙を見せるのはセシリアにだけだ。

セシリアと一緒にいるときの笑顔は他では見せることがないし、取り繕った話し方もしない。きっと二人きりの時はもっとそうなのだろう。


とはいえ、マリウスはセシリアよりも背も小さいし、何となく弟っぽく見えてしまっていた所もあるが、やはり学園から離れたマリウスを見たら立派な王子で、そんな事はないのがわかる。

きっとセシリアを心から頼りにしているし、守りたいと思っている。

だからきっと、今マリウスの元へセシリアが行けば怒るとは思うけど。


(なるべく穏便にお願いします、マリウス殿下)


きっと加担した自分たちのことも怒るのを忘れないだろう。

だけどセシリアは私たちの手に負えるじゃじゃ馬ではないのです。

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