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53◆セシリアは旅立ちたい

「は?」


ベイルに対して完全に素の反応をしてしまうメリーナであるが、淑女の仮面が剥がれ落ちてもベイルにはもう問題ないらしい。


「アレス殿下からメリーナが現地へ派遣されたことを聞いた。急なことでとても心配をされていたし、それは俺もそうだ。助手でも使いっ走りでも何でもやる。もちろんその身に何かあれば俺が盾になろう」

「い、いやいやいや、ここにはアンデッド・ドラゴンはいないですし」

「もっと前線の方にいるかと思っていたから教会にいて安心はしたが、今後はわからないぞ」


怪我人は今後、マリウスの率いる討伐隊から出るので聖女の活動エリアはアンデッド・ドラゴンへ近づいていくはずだ。教会での仕事が落ち着けば移動になるだろう。


「…そうね…」


一瞬不安そうにメリーナの表情が陰ったが、ベイルはその肩を少し強めにポンと叩くと、安心させるように明るい声で言う。


「大丈夫、だから俺も来たし、選りすぐりの護衛騎士が付いている。今後移動するとなれば更に聖女のために護衛部隊が結成されることにもなった。何の心配もない」


メリーナは何よりも優先して守るべき国の財産である。アレスの側近候補であるベイルが来るのが許されたのは、アレスの聖女への敬意とも取れる。実際にベイルの魔法は優秀だし、魔法については英才教育を受けているためメリーナよりも造詣が深い。上手くサポートをしてくれるだろう。魔法省で聖女のサポート体制を組むにはもう少し時間が掛かるので、アレスは自分が動かせる人間から適切な配置をしたかもしれない。


「セシリア、聞いたわね?あなたは私と一緒にいなさいよ。絶対安全なんだから。きっとマリウス殿下も、だからここにいろって言ったのよ」

「なんだ、セシリア。お前はここでもまだどこかへ行くつもりだったのか」


思わずベイルの眉間にしわが寄る。王都からいなくなったと思えば事件の渦中にいて呆れていたところだが、まだ何かするつもりなのか。アレスが「あの女」というだけはある。


「お心遣いありがたいですが、私にはマリウス殿下より密命を賜っております」

「嘘言うんじゃないわよ!」

「嘘じゃないわよ。それに最初に言ったでしょ、私はアンデッド・ドラゴンを倒しに来たって」

「セシリア…お前の個人的な戦闘能力は確かに高いが、だからと言ってお前がアンデッド・ドラゴンを倒せるわけないだろう」


こんこんと二人に説教を食らってはいるが、セシリアはあらぬ方を向いて聞き流す。聞き流してはいるのだが、ここで相棒のキツネを出して「わかったわー」とできないのが辛いところだ。こんな時に本当に必要な存在なのだフォレックスちゃんは。


「わかったわよ。ほら、メリーナ呼ばれてるんじゃない?」

「あ、ほんと」


メリーナの仕事が出来たらしく、窓からシスターが手招きをしている。

セシリアにくれぐれもおかしな真似をしないように言って、メリーナとベイルは教会の中へ戻っていった。その後ろ姿に向かってセシリアは舌を出したが、それに気づいたようにメリーナがくるりと振り向いたので、さっと舌をしまう。


「わかったわね?」

「はいはーい」


メリーナは今度こそ振り向かずに歩いて行った。

前回のメリーナとはもはや違う人間なのはわかっているが、迷いなく仕事に戻るメリーナの姿に、本当に聖女なのだとセシリアは改めて思う。彼女を突き動かしているのは傷ついた人たちを救いたいという気持ちだ。生育環境でこうも違うのだ、ライラ偉い、ライラ素晴らしい。

あれがメリーナの本質なのだとしたら、自分の本質は一体何だろうとセシリアはふと思う。


どうやらマリウスやメリーナまでにも自分は心配される程度らしい。頑張っているとは言っても所詮は貴族のお嬢さんなのだろう。確かに実績も何もないので当然と言えば当然だ。きっと後続の隊に無理を言って付いて行っても同じような扱いだろう。


(よし、わかったわ)


辺境までの道のりは図書館で籠った時に地図を見て頭に叩き込んだ。方向もフォレックスの位置を辿ればいいので迷うことはない。

一人で行ってみよう。後続隊の足を引っ張るのは本意ではない。一人でここからマリウスの所まで辿り着けないのならハナから足手まといなのだ。

本当に守られていなくてはいけないお嬢さん程度の力しかないと自分でわかれば大人しく引き返す。


「そうと決まれば支度よ」


声に出してみるものの、やはりキツネの相棒がいないとどうにも決まらないのである。


***


部屋で荷造りを終えたセシリアは、その荷を改めてまじまじと見る。結構な大荷物になってしまったけど、物体浮遊の応用で軽量化させれば持てるだろう。

付け焼刃かもしれないが、自分でも身に着けられるアーマーも購入できた。こちらも軽量化して着用するが、戦闘以外に消耗する魔力が多いような気もしなくもない。だけど馬車も引けないし、重い鎧は着られないのだからしょうがない。

こう考えると確かに自分は頼りないかもしれないとセシリアは思う。


マリウスの付けてくれた護衛騎士の皆さんは修道院の建物には入れないが、出入り口とこの部屋の窓の下で警備をしている。セシリアの部屋は三階で、窓の下にいる護衛騎士には遠隔で魔法が届く範囲だ。そっと窓を開けて護衛騎士に向かって睡眠の魔法をかける。


「お疲れ様」


やはりここでも魔力の消費をしてしまうが仕方ない。


教会の方では入れ替わりで作業が続いており、明かりが消えることはない。その様子を眺めて、大きな荷を背負ったセシリアは窓から飛び降りた。

重力の負荷を考慮して物体浮遊の魔法を調整し、美しく着地する。裏門の辺りは誰もおらず、抜け出すなら今がチャンスだ。セシリアは高い塀にちんまりと付いている小さな木の扉に辿り着き、静かに開いたところで目を見開いた。


「まったく甘いわねセシリア」


扉の向こうには仁王立ちになったメリーナが立っていたのだ。それだけではない、その後ろにはベイルも一緒だ。


「セシリア様、勘弁してください。私たちがマリウス殿下に処刑されてしまう」


セシリアの背後から聞こえるのは眠らせたはずの護衛騎士の声だ。


なんだこれ、大失敗だわ。


セシリアは瞬時に頭を動かす。ここを無理に突破するには戦力を削ぐ必要がある。メリーナを人質に取って相手の動きを封じるのが一番いいが、ベイルの位置が悪い。一旦大人しく捕らえられた所で次の脱出は尚難しくなるだろう…


「顔!怖いから!!お前物騒なこと考えてるだろう!」


貴族の令嬢とは思えぬセシリアの表情に思わずベイルが叫ぶ。こんな女がいいという王子二人は本当に一体何なのだ。

メリーナはわざとらしく大きなため息をついて、呆れ顔を見せた。


「護衛騎士の皆さんには私が作った破邪のお守りを渡したの。セシリアが眠りの魔法を使っても効果は微弱よ」


破邪のお守りなんて、まるで魔物対策ではないか。

まさかのメリーナに先回りをされてしまった。今回はきちんと育てられたお嬢さんだと思って油断をした。ここで足を引っ張られるとは思わず、セシリアはメリーナを睨みつけた。


ここで足止めを食うわけにはいかないのだ。

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