51◆セシリアの我儘
修道院の部屋に戻ったセシリアは、メリーナよりも一足先に休むことにした。出番がないのにうろついていても仕方ないし、できるだけクリアな頭でレポートを読みたい。
「なーにキザなこと言ってるのよね」
ベッドに横になって、先ほどのマリウスの言葉を思い出す。なんだか妙に恥ずかしくなり、キツネの相棒とあーだこーだと言ってやろうと思ったが、そうだ、相棒はいないのだ。
「連れて行ってもらったっけ…」
自分の代わりのお守りに、というわけではなく、フォレックスを持っているなら位置が特定できるのだ。万一マリウスが隊からはぐれたとしても、フォレックスの場所ならわかるので救助に向かえる。それに今後、マリウスと合流することがあれば場所がわかるのに越したことはない。
(私が大人しくしていると思ってないわよね)
とにかく今は朝まで眠って、マリウスから渡された資料を読むことにしよう。
実家の方ではセシリアがいなくなったことで大騒ぎになっているだろうが、寮の机の上の自宅に戻る旨のメモの他に、ベッドの中に書置きを置いてきたので事件性はないのはわかるだろう。ちなみに『魔法の武者修行に出ます、探さないでください』と残してきた。そのうちデリア領にいることがばれたら武者修行先がたまたまデリア領だった体でいようとセシリアは思っている。
マリウスも、メリーナも、この窮地に自分をどう活かして貢献するかを考えながら動いている。きっと城に残っているアレスも、国王もセシリアの父親であるカーン公爵もそうだろう。
セシリアは自分のことを顧みると、この期に及んでも自分のことだけだと思う。
自分が消えるのも、世界が消えるのも同じことで、感じているのは恐怖というより怒りである。自分を阻むものは例え王であってもアンデッド・ドラゴンであろうと許しはしないのだ。
窮地に追い込まれた時、その人間の本性が見える。今はまだ皆その片鱗が見えているだけだが、本当に追い詰められたらどうなっていくのだろう。他の人たちも、自分も。
眠りにつく前、一瞬セシリアは目を開き天井をじっと見つめ、ゆっくりと目を閉じた。
その時の目はいつかの目に似ている。
毒杯を手にしたとき、そんな目をしてはいなかったか。
***
翌日セシリアは教会から離れ、図書館の中にある会議室を借り引き篭もることにした。今日は調べものをするので服は教会の借りものだ。護衛騎士がついてきたので、ドアの向こうで警備をしてもらいつつ、お腹が空いた、お茶が飲みたいなどと呼んでは持ってきてもらう。使いっ走りである。侍女など連れてきていないので使えるものは使おうという魂胆だ。
アンデッド・ドラゴンについてのレポートは何度も繰り返し読みこんだ。魔法陣の設計や付与する魔法を理解するために魔法書が必要になったので、図書館を選んだのは正解だった。
エステバーンがやったことは、大昔に現れたアンデッド・ドラゴンの仮説に基づく再現である。だけど実際は大昔のアンデッド・ドラゴンの痕跡は書物などにしか残っておらず、たとえ再現されたものが書物に書かれた特徴を持っていたとしても、本当に再現できたかなどわからない。
「アンデッド・ドラゴンの器を作り出し…それを動かすために、一体どうするか」
セシリアは椅子の背もたれにのけ反り、考える。これは自分の課題と似ていやしないか。
しかし、ドラゴンを魔法陣に呼び出すだけでどれだけの供物がいるか。それも全てデリア公爵が用意したのだろう。前回といい、厄介事を起こす手間は惜しまない人だ。
「セシリア様、そろそろ教会へお戻りになりませんと」
部屋に籠りきりのセシリアに護衛騎士が声を掛ける。もう図書館も終わる時間だ。
「悪いわね、今日はこちらに籠らせてちょうだい。マリウス殿下直々の指示なのよ」
実際は指示でも何でもないが、こう言えば通ると思ってセシリアは平気で事実を捻じ曲げて伝える。
「しかし、セシリア様のお体に何かあればマリウス殿下へ顔向けできません」
「大丈夫よ、眠くなったら横になるから…そうね、包まる毛布でも借りてきてちょうだい」
ドアの所で護衛騎士と館長は困ったように顔を見合わせるが、諦めたようにそれぞれ動き出す。マリウス王子の指示で動いているのであれば従う他ない。セシリアの思うがままである。
体は疲れたような気がするが、頭は冴えわたっている。まるでメリーナに復讐を果たそうとしていた時のようだ。メリーナの行動の裏をかき、それ以上の力でねじ伏せる。
セシリアは今、会ったこともないエステバーンと対峙していた。エステバーンのレポートの中に彼の姿を探し、探る。
この資料を見た有識者たちは再現されたアンデッド・ドラゴンの浄化方法や弱点は見つけるかもしれない。だけど何故動いているかは実験と検証を重ねないと見えて来ないだろう。
「ん~~~~………」
セシリアは広い会議室を一人歩き回って唸る。
きっと再現されたアンデッド・ドラゴンは、情報収集をして対策を講じていけばどうにかなるような気がする。何故なら天才でも何でもない、ただの人間が設計したものだから。だけどそれが長く続けば国は疲弊し王家は傾く。
何より、情報収集をするために出陣するマリウスが死ぬ可能性は極めて高い。時逆の秘法を使う前にやられることだってあるだろう。
「活動指針は、マリウス殿下に時逆の秘法をもう使わせない、でいこうかしら。ね、フォレックスちゃん」
セシリアは立ち止まり、今は傍にいない相棒に向かって囁いた。
そうして机に向かって、今後の手順をメモしてゆく。前回のセシリアも常に「やることリスト」を作っては、実行したものには消し込みを入れ、結果と実施前の想定との乖離と比較し検証をしていた。これをせずに何事も成功はない。
自分はどうも思った以上に、マリウスのことも、今のメリーナのことも、アレスや、できた友人たちのことが好きなようなのだ。
それらを何としても守りたいのはただの自分の我儘で、やっぱりどこまでも自分のことばかりなのだ。