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50◆マリウスの背中

「セシリア」


マリウスが呼ぶと、後ろに控えていたセシリアが前に出る。


「はい、もう行きますか?出発準備はできています」

「は?何言ってるんだ。さすがにこの先に連れていく気はないよ」


マリウスの言葉にセシリアは顔で不満を訴える。アンデッド・ドラゴンをどうにかするためにデリア領までやってきたのだから、ここに置いていかれても困る。


「そんなひどい、ここに置いていかれたら連れ戻されてしまいますわ」

「君はメリーナに付いている魔法術者のセシリアだ。カーン公爵の令嬢だとは言っていないよ。まあ、君たちに付いてる護衛騎士は流石に知っているけど、彼らには僕の命令は絶対だから安心してくれ」

「異議あり!」


言葉を続けようとするセシリアにこれ以上喋らせるつもりはないマリウスは、その後の言葉に被せるように言う。


「戦場に愛する者を連れて行く情けない男にしないでくれ」


マリウスの言葉に、セシリアは黙る。二人の間に妙な沈黙が流れてゆく。

なんなの?これは。


「君にじっと黙って待っていろとは言わない。これを渡す。アンデッド・ドラゴン復活のためのレポートだ」

「は?なんですかそれ!?」

「そういう違法研究がなされて有罪判決となった者がいる。学園の講師だったものだ」


学園の講師と聞いて、セシリアは記憶を辿る。確か除籍になった講師がいたような気がするが、名前までは思い出せない。


「これに書かれている方法でアンデッド・ドラゴンを呼び…いや、作り出した。だけどこれはまだ未完成のレポートなんだ。有識者たちもこの資料には目を通しているが決定的なことは上がってきていない。君にこれを見てもらって、打つ手がないか考えてほしい。僕にはそれをやる時間がないからね」


デリア公爵の証言でエステバーンが犯人と特定できて、アンデッド・ドラゴンはこのレポートの方法で作り出したという確信を得た。それならばマリウスはセシリアにも開示をしようと思ったのだ。内容はあまりにも専門的でセシリアに解が求められるわけでもないと思っている。だけど、この状況を切り開くヒントは全てセシリアに渡すつもりだ。


「打つ手を考えてから行くべきではないですか?」

「そうも言ってられなくてね。だけど僕も今すぐにアンデッド・ドラゴンと戦うわけじゃない。どう動くかはちょっと現場を見ないと何とも言えないけど」

「打つ手を思いついたら行っていいんですか?」

「方法は護衛騎士に手紙を託してくれ」

「私が私とバレて連れ戻されちゃうかも」

「そこは自力で逃げおおせてよ。君ならできるだろう?」


王や自分たちが作ったつまらない設計図からひとまずここまで逃げてきたのだ。この先だってセシリアはどこまでも行ける。状況を見て、自分の頭で考えて、セシリアは次の手を考えるのは解っている。そのための材料は渡した。


「ここにいるんだセシリア」

「…じゃあ」


セシリアは自分の胸元から、いつも一緒の相棒を取り出す。今までひと時だってセシリアと離れたことのない半身だ。


「代わりにこの子を連れて行って」


ずっと持ち歩いているが、汚れた所などひとつもない。セシリアがとても大事にしているのは一目見てわかる。


「…いいの?君の守り神だろう?」

「今はマリウス殿下に必要だわ」


セシリアがいつになく心配そうな目でマリウスを見つめる。それが嬉しいなんて、子供じみているだろうかとマリウスは口の端だけで笑う。


「じゃあ、借りるよ」

「絶対に死なないで!約束して!」


セシリアの真っ直ぐな訴えに愛しさが募る。そのことが自分に力を与える。

フォレックスを受け取り、マリウスは胸元にしまった。

セシリアに答える代わりに笑顔を向け、マリウスは戦場へ向かうため、事務室を出て外へ出る扉へ向かう。

マリウスの背はまだ小さいが、あの背中には積み重ねた責任が乗っている。時間を巻き戻したことによりアンデッド・ドラゴンを甦らせた未来を作ってしまった責任、そのアンデッド・ドラゴンと戦うのを見せなければならない王家の責任、…そして。


「もしアンデッド・ドラゴン討伐が失敗したら、私はマリウス殿下とのことを忘れてしまうのかしら」


マリウスがやむなしと判断した場合、時逆ときさかの秘法を行使する。セシリアが今回マリウスと過ごした時間も、仲良くなったメリーナも、全て無かったことになってやり直す。

誰の身に起きた嬉しくて忘れたくない出来事も、悲しくて忘れられない出来事も、全部。

そうして過ごしてきた日々を命を削って巻き戻すことの責任を、マリウスは背負っている。ここまで繰り返したからこそ、破滅の未来へ進むと解ったのなら、巻き戻さないことを選ぶことはできない。


セシリアの問いかけにマリウスは足を止めるが、振り返ることはしない。


「そうだね。君が僕を忘れても、僕は君を愛している」


喜びも嘆きも、全部マリウスは覚えている。たとえ今生きるセシリアを失ったとしても忘却は許されない。それがマリウスの罪であり、罰なのだ。


じゃあね、と軽く手を振り、マリウスは教会を後にした。セシリアはその背中を見送って、小さくため息をついた。


(外見は少年だけど、中身は頑固ジジイってわけね)


この状況を呼び込んでいるのはデリア公爵であってマリウスではない。彼はもうずっと長いことそれに抗おうとあがいているだけだ。

一人で余計な責任まで背負い込もうとして。それを思うとセシリアの胸が痛む。


セシリアには王家の秘法は使えない。彼の魔法の肩代わりをすることはできない。

運命共同体なんて御免だと思っているはずなのに、どうして彼の重責を少しでも渡してほしいと思うのだろう。

それはきっと、彼が孤独だからだ。

以前の人生を振り返って孤独だった自分を思い出す。婚約者や両親に見捨てられ、信じることをやめて復讐者として生きた自分。気は済んだが、あの時の自分を救うことはきっとできない。だからつい、一人で行こうとするマリウスに手を伸ばそうとしてしまうのだろう。


そこまで思って、セシリアは考えるのをやめる。まずはマリウスから渡されたレポートを読んでからだ。気持ちだけが逸っても何にもならない。セシリアは踵を返し、修道院に用意された部屋へ向かった。


そしてそんなやり取りが行われた廊下の突き当りのT字の陰で、ごはん休憩に入ったメリーナとシスターたちがこっそりとその様子を見守っていた。途中から聞いたので込み入った個所は解らないが、大事なところはしっかり耳にした。


「聞いた?『君が僕を忘れても、僕は君を愛している』ですって…!私胸がキュンキュンしちゃった!なんか元気出た!」


メリーナが興奮を抑えきれずにはしゃいだ声でシスターに言うと、きゃあと歓声があがる。


「素敵ねえ、青春ねえ!マリウス王子とセシリア様は、そうなのね~」

「セシリア様は戦場まで着いていくつもりだったなんて…愛だわぁ」


うっかり見てしまったときめきのシーンに女性たちは甘い溜息を漏らす。仕事は忙しいし状況も大変だけど、だからこそ楽しいことは全力で噛み締めたい。

「お似合いのお二人だわ」などと好き放題喋った彼女たちは、夜食を食べ終わったあとも結局寝ないで作業を続けたという。

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