5◆進級
入学から一年が経ち二年生になった。セシリアは学園の56期生なのだが、56期のAクラスは近年まれにみるほど優秀で結束が強いと評判だ。1学年の後半になるにつれ、セシリアはクラスを纏める役割を自分から王子たちに譲っていったので、その評価を受けているのは主に王子とその側近候補だ。全て計算通りである。
「セシリア様、私たちはセシリア様のお力をちゃんと解っていますよ。もちろんアレス殿下も」
「ほほほ、私の価値は解る人にだけ解ればいいのですわ。価値に気付かず後から嘆く羽目になるのはご本人ですもの」
セシリアが高笑いと共に発した高慢ちき発言にも取り巻きの皆さんはうんうんと頷く。これぞ取り巻きである。
56期のAクラスに脱落者はおらず、数名がBクラスより移って来た程度でメンバーにほぼ変更はない。来たばかりの元Bクラスの人たちが遠巻きに賑やかな集団を見ているのにセシリアはいち早く気付く。確かにクラスが変わったばかりでアウェイだろう。王子たちはそれに気付く様子も無いのでお膳立てが必要なようだ。セシリアは取り巻きを連れ、元Bクラスの人たちの前に向かった。
「初めまして、今日から一緒に勉強できて嬉しいですわ。私はセシリア・カーンと申します。よろしければ私からクラスの方に、皆さまのご紹介をさせていただいてもよろしいかしら」
彼らがクラスに馴染むことができず、妙な派閥ができると面倒だ。そんなわけで彼らも早い所「仲良しAクラス」の仲間になっていただくことにする。
「セシリア様!もちろん存じ上げております!56期の花と名高いセシリア様にご紹介いただけるなんて光栄です」
彼は騎士団長のご令息で勉強はいまいちだが剣技が素晴らしいという噂だ。Aクラスに来たということは一年間学業も頑張ったのだろう。
学園生活で真っ当な努力をし成果を上げた彼に、セシリアは微笑ましい気持ちになる。毎度17歳で死んでいるとはいえ、それも3回目となるとトータルでは50年近く生きているということになり、体感年齢は完全に親世代という感覚だ。どうにも同級生は親目線で見てしまうようだ。
そんなわけでセシリアは心から笑顔で彼らに接し、Aクラスの生徒に新しい仲間の紹介の場を作る。騎士団長の息子もアレス王子と話せて嬉しそうだ。将来彼も騎士団に入るのだろうからここで顔見知りになっておけば将来有利だろう。
新一年生の入学式は三日後だ。そこでついにメリーナ・ワールズ子爵令嬢が登場する。クラスメイトたちの賑わいの中、セシリアは一人頭の中でおさらいをする。メリーナがでっち上げたセシリアの冤罪の数々を一つ一つ思い出す。
・メリーナが学園内で階段から突き落とされ、犯人がセシリアだと目撃証言が出る
・メリーナがワールズ子爵よりもらったというネックレスが紛失し、寮のセシリアの部屋から見つかる
・メリーナが攫われ危機一髪で助けられるが、犯人からセシリア・カーンから依頼を受けたという証言が出る
さて、どうしたものか。
自分がやっていないことでこれだけの証言や証拠が出たのだ。今回だって仕込めばでっちあげは可能だろう。ちなみにこれらは一回目の時のことだ。二回目はもちろん階段から突き落としたのは一度や二度じゃないし、紛失だって三度四度じゃないし、実際に暴漢を雇って売るなり何なり好きにしろと依頼した。全て証拠なんて残らないようにしていたし、公爵家の名前で握りつぶしたりもしたのだけれど、結局はメリーナの証言が通ってセシリアは聖女を殺そうとした罪で処刑となった。
だけどセシリアの数々の行動のせいで処刑の頃にはメリーナは満身創痍で心も相当病んでいた。
(今思い出してもスカッとするわ)
窓の外の空を見ながら、セシリアは遠い記憶を懐かしむ。本当にやってよかった。
「おい、聞いているかセシリア」
自分を呼ぶ声で現実に戻され、目の前にアレスが立っているのにようやく気付いた。
「あら…春の花の美しさに思わず心で詩を詠んでおりましたの。失礼しました殿下」
「へえ」
アレスの白けた視線にセシリアは微笑みで返す。
「もう一度言うが、俺の弟が入学してくる。入学式の日に是非セシリアに会いたいと言っているんだが、時間を取ってもらえるか?」
「アレス殿下の…弟?」
聞きなれない言葉である。アレスに病弱な兄がいた。腹違いのマリウスだ。一回目の時は城で時々会ったこともある。何の病気かは公表されてないが、確かにいつも青白い顔をしていた。しかし弟など会ったことがないのだけれど。
今回はアレスの婚約者から外れて王家の事は全く気にして来なかった。
「まあ、マリウス殿下も学園に?お体は大丈夫なんですか?」
アレス王子を囲む生徒の一人がそう聞いた。
「ああ、マリウスもずっと調子が悪かったけど去年くらいからだいぶ良くてな。本人の希望で入学することになる。皆もよろしく頼む」
マリウス王子が弟、これは前回と大きく変わる出来事だ。瞬間、セシリアの頭にひらめく。
彼がこの状況のキーマンだ。
「まあ、アレス殿下。マリウス殿下が回復されたなんて喜ばしい限りでございます。是非とも私もご挨拶をさせていただきたいですわ」
完璧な微笑みでそう返すとアレスは満足げに頷いた。
二度死んで、三度目の生を受けているのはマリウス王子に関係がある。
セシリアはそう確信した。