48◆教会での業務開始
マリウスの率いる討伐隊と別れ、セシリアとメリーナは教会へ到着した。二人とその護衛騎士たちはここに滞在するよう言われている。メリーナの仕事についてはこの教会の司祭に任せてあるという。
聖職者たちは二人を出迎え挨拶をしたところであったが、それが終わらぬ間に二人の子供が教会の門まで駆けてきた。
「聖女様!父さんと母さんを助けて!」
「お願いします!」
兄妹と思われる二人が必死に二人の少女へ訴える。聖女がここにやって来るとシスターたちが話しているのを聞いたのだ。
「あなたたち!部屋に戻りなさい!」
シスターが慌てて子供をこの場から離そうとしたが、それをメリーナが止める。
「あの、もしかしてアンデッド・ドラゴンに襲われたんですか?」
「はい…この子たちはドラゴンが現れた村の生き残りです。両親も運び込まれましたが、どんなに清めても傷が塞がらず…」
兄妹の顔はくしゃくしゃになって、それでも泣かずに聖女に訴える。無力な彼らにはそれしかできないのだ。
当たり前の日常が理不尽に奪われた悲しみと苦しさを思うと、メリーナは怒りに似た感情が胸に燃えた。それが力になる。
メリーナとセシリアは示し合わせたように顔を見合わせ頷いた。
「私の力でどこまでできるかわかりませんが、すぐに試しましょう!セシリア、手伝ってくれるわね?」
「ええ」
形式ばった挨拶などそこそこに、メリーナとセシリアは教会のけが人が収容されている部屋へ向かう。
そこに居るのは常駐している医者と看病をしているシスターや手伝いの者、それに運び込まれた村人や立ち向かったデリア領主の私兵たちだ。部屋には異臭が漂い、ただ事ではないのがわかる。
「お医者様、これは一体どういうことでしょうか」
清潔に保っているはずなのに血や薬の臭いよりも更に強い腐敗臭にメリーナは思わず口元を手で覆う。
「大半の人たちの傷は大したことがなく、大丈夫だと思っていたのですが…アンデッド・ドラゴンに付けられた傷はそこから腐食していくようだ。教会で傷を清めながら治療を進めておりますが、思うようには…」
「そうですか…」
状況は理解したが、メリーナはさてどうしたものかと考える。ネックレスを外せばパワー全開に回復魔法が使えるみたいだが、それを全員に掛けまわるのがいいのだろうか。
「メリーナ、まずは聖水の強化をしてみましょう」
話を聞いたセシリアがメリーナに提案をする。
「聖水?回復薬じゃなくて?」
「大昔の魔法使いは聖なる護りを最大限に高める秘法をまず開発していたわ。アンデッド・ドラゴンの気配というか、瘴気が傷を腐らせていて、まずそれを祓う必要があるんじゃないかしら」
「なんでセシリアがそんなこと知ってるのよ」
「本で読んだのよ」
メリーナはセシリアに「何の本」とは聞かない。きっとそんな本があるのだろうと思い、勉強家のセシリアに感心するばかりだ。
「だから治療の前にまず聖水で邪気を祓えるように聖水の強化、それが上手くいったら傷や腐食した箇所に効くように回復薬の強化、その順番でいくのが効率がいいと思うわ。負傷者がこれだけ多いなら一人一人に魔法を使うよりも道具でまずは対応しましょう」
「わかったわ!」
提案はするが、実際にやるのはメリーナである。セシリアは作業のために聖水を一か所に集めるよう協力を仰いだり、司祭へこれから行うことの説明と報告を請け負った。
その間メリーナは礼拝堂を借り、神に祈る。
出発前に祝福を受けた時、よりいっそう神様が傍にいるような気がした。
「いただいた祝福を、目の前で苦しむ人々に分け与えたい」
メリーナのそれは、心から出てきた言葉であった。自分の心が一切の曇りもなく、真に一つの祈りで満ちた感覚は初めてのことだ。
聖女の力を持っていると持て囃されてきたが、今初めて自分は本当に聖女なのだと思う。
聖女とは他者のために祈るものだ。それがよくわかる。
「メリーナ、聖水を集めたわ」
「ありがとうセシリア」
集められた聖水の前に立ち、メリーナは首に掛けていたネックレスを外した。そして少し考えて聖水に向かって両手をかざす。
「強化は更なる祝福の付与ではなくて、聖水自体の効果を上げる強化魔法にするわ」
「それでいいんじゃないかしら」
聖女の勉強として祝福のやり方は教わっているが、そこはまだ勉強途中なので中途半端になっては困る。それならプロが込めた祝福が込められているのだから、その効果を上げた方がいいだろう。
メリーナが集中をすると、両手に光が集まる。
「!?メリーナ…あなた…」
メリーナの帯びた光は授業の時と明らかに違い、黄金色に輝き出す。
「おお…!」
聖女の力を目の当たりにした司祭が感嘆の声を漏らす。その姿はまるで以前聖クレア大聖堂で見た天使の絵だ。
柔らかな真綿のような力を練りあげてメリーナは聖水の上に優しく光を置くように魔法を掛けた。
すると聖水の瓶の中身が力を吸収したのだろうか、一瞬眩い光を放ち、そして落ち着いた。
「…上手くできたと思うわ。効果が上がってるはずです」
「早速使ってもよろしいでしょうか!?」
けが人たちを看病をしているシスターが居ても立ってもいられずメリーナに尋ねた。
「もちろんです!」
「シスター、使ってみて通常の聖水と効果の違いが出たら書き留めておいてください。情報の収集はドクターにお任せしてよろしいでしょうか」
セシリアは聖水を持って駆け出しそうなシスターを呼び止め申し伝える。今は魔法が上手くいったように見えただけで、実際の効果を検証しなければ意味はないのだ。
「承知しました。まずは重傷者から試してみましょう」
セシリアの言葉に医者が答え、早足に去るシスターを追いかけた。検証結果はデリア邸に居る国王に定期報告するようにしたらいいとセシリアは考え、マリウスに手配をお願いするのをタスクに入れる。
「メリーナ、もし効果があればデリア領にある聖水を全てここに集めるよう手配するよう言ってあるわ。それが来るまでは回復薬の強化をお願いするわね」
セシリアが目線をやった方にはすでに教会にある全ての回復薬が集められていた。けが人が収容されている教会には現在デリア領中央の回復薬がほぼ集められているため、大量の箱が積みあがっている。
「…全部、やるのね…」
聖女の仕事へのやる気は満ちているが、メリーナはその数に思わず気が遠くなる。
「そうね、頑張って」
「セシリア、あなた他人事みたいに…」
「まあ、この件に関しては実際に他人事だからね…私聖女じゃないし」
申し訳ないわね、みたいな顔をしたセシリアは、強化した回復薬も効果が現れれば、中央だけではなくデリア領中から集めるよう伝えている。この箱全て終わっても次の仕事の手配は完了済みだ。
「いや、やるけどさぁ…容赦ないなぁ…」
ブツクサ言いながらも準備を始めているメリーナに数名のシスターも手伝いに加わった。その様子を見てセシリアはよしよしと頷く。
「聖女メリーナ様が疲れた様子でしたら適当に休ませてあげてください」
「畏まりました」
そうシスターに伝えてセシリアは礼拝堂を離れ、教会の門へ向かう。
マリウスはいつ頃の到着になるのだろう。大通りを眺めてみてもまだやってくる気配はない。