47◆サーハルト・デリアの本当のところ
サーハルト第七王子は生まれた時から王位争いとは無縁であった。すでに終わっていたのである。
血で血を洗う争いは見事に王太子の母親の生家が勝ち取り、一大勢力となっていた。王太子となった兄以外に生きていた男兄弟はその時点で二人。だけどサーハルトが成人する頃にはこの世を去っていた。
サーハルトの母親の生家は王太子の一族に絶対服従を誓い、サーハルトにも野心など持たずに生きるよう育てた。
王位争いのあらましも教えられ、わかりましたとよい子のお返事をしたサーハルト王子の感想と言えば「もっと早く生まれたかった」である。
気持ちとしてはビッグイベントに参加できなかったという感じだ。
勢力が一極集中するとどうなるかと言えば、平和なのである。絶対的な力を手に入れた後にやることはその権力内での覇権争いなので、外野は全く以て影響がない。時々どの派閥を支持するかなどと聞かれるが、適当に笑っていれば時は過ぎる。勝手にやってくれといったものだ。
サーハルトは美しく優秀な子だったが野心もなく、人好きのする少年だった。そんな彼には若き日の王も心を許していたし、サーハルトの方も兄として慕っていた。
ただサーハルトはいつの日も「抜け目が気になるな」とは思っていた。
腹心の部下からの報告を全て信用してしまったり、現段階で問題となっていない議題は後回しにしてしまったり、人も時間も限られた中で運営しているので仕方ないのかもしれないが、サーハルトの目に付いた。
今回の違法研究の件もサーハルトが刑罰について助言をしたのだ。アンデッド・ドラゴンの研究は研究機関や家から放り出されたらやりたくてもできない、それが本人に対しての一番の罰になろう。
王はその助言に納得をしたが、サーハルトからしたら国家を揺るがすほどの魔物の研究者を捨て置く処置をして、反勢力が取り込んだりする危険を考えないのかと思ったものだ。始末をするか、王国の徹底管理下で利用するのが妥当である。
自分の助言に異を唱える者が何故いないのか。危機管理がズタボロだ。
こんな細々とした綻びがいつもどこかに見えて、それをフォローしたり、放っておいたりと好きにはやってきたのだが、平穏な田舎公爵暮らしにも飽き飽きしていた。
絶対服従をする代わりに、肥沃な土地を有した伝統ある貴族のデリア家に婿入りすることが幼いころから定められた。これは一生楽隠居生活を保障されたようなものである。
美しい妻に優秀な子供。金策なんてする必要もなく黙っていても金は入る。遊びの限りは尽くしたが、そんなものに興じていられるのも長くはない。
なので、エステバーンに近づいてみたのだ。本当にこの男を放ったらかしにしておくのか。
もしこの男の研究を面白いと思って支援する者が出てきたら一体どうするのか。そう、自分のように。
万が一、アンデッド・ドラゴンが本当に復活したらそれはそれでいい。ようやくビッグ・イベントに参加できるというものだ。
エステバーンをデリア領の郊外に呼び、無人だった屋敷を研究室として与え、資金などいくらでもあるので、言われるままに資材や研究費用を渡した。エステバーンは本当に研究バカで、その中から自分の遊びのために着服などせず、丸まんま研究費に充てていた。
「研究は構わないが、本当に呼び出すことはしてはいけない。国家への反逆行為になるからね」
そう、サーハルトはエステバーンに伝えていた。そう言いながら研究に必要な全てを与え、実施不可能と思われた魔法陣は試行可能なまでに研究が進んだ。
ここまで来て、エステバーンは思いとどまることができるのか、サーハルトは興味があった。
思いとどまることなんてできないだろう。自分が作り出した成果を手にしないでいられる者などいるはずがない。それが人を、国を危機的状況に追い詰めることだとしても。
そして支援をしている最中も、自分に調査の触手が伸びないか待っていた。罪人と密会し、違法とされた研究を支援しているのだ、国家反逆行為だ。
兄のことも、その子供たちも、兄の妻たちも好きなので、できれば気が付いて欲しいと思っていたが、とうとうそれは叶わなかった。
気が付かないのならば、しょうがない。
そうしてある夜、厄災は始まったのだ。
エステバーンの研究室のある地域で魔物の出現があったと一報を聞いた時の胸の高鳴りはかつてない。
混乱、恐怖、どんなに自分の力が優れていようが、無事でいられるのは運だけの状況。そんな中でようやっと自分も、自分らしくいられる場所に身を投じることができる歓びを感じた。
秘法の結界を張ってみたのは面白そうだったからだ。昔に読んで隅々まで覚え、機会があれば使ってみたかった。本当に王族が使えば発動するのだろうか。
結果、秘法は本物だった。その代償として対峙した際に傷を負ったが、それでもいい。後悔はない。
だってこんなに面白いじゃないか。
***
デリア公爵から途切れ途切れに紡がれる言葉を聞くほどに、王の目には彼が不気味に映った。
「サーハルト、私を、王族を憎んでいたのか?」
例えそうであれば納得がいく。長らく爪を隠し機会を覗っていたというのなら積年の憎しみが彼を動かしたのだろうと、許しはできないが理解はできる。彼がひたすら繰り返す「面白い」の言葉が、何か鬱屈した思いを裏返した言葉なのではないかと。
「いいえ…?私は何をも憎んだことなど…ないよ…、恵まれて…きた…」
全身に腐食は広がり体は辛いだろうが、デリア公爵の言葉は止まらない。止まらないほどに愉快な話題なのだ。
デリア公爵の話を聞きながら、マリウスは前回までの人生を思い返す。
デリア公爵はメリーナを見つけ手元で育てた時点で楽しみを見つけていたのだ。成長した彼女をどう使おうかと思案して暮らしていた。今回はその楽しみを奪ったようなものだ。それはそれは退屈だっただろう。
デリア公爵は、もしこの国が戦争をしていれば、王家や貴族が荒れていれば、自分の能力を遺憾なく発揮し素晴らしい業績を作っていたのだろう。他の人がストレスに感じる状況を楽しめるという稀有な感性を持っているのだ。
だけど彼が生まれたタイミングはとにかく平和で、与えられた人生も平穏そのもの。
セシリアのような窮地で発揮される火事場の馬鹿力を持っていても、平穏時には眠ったままであればそのまま生きられただろう。
彼の世界と現実の世界の不調和は不幸だったかもしれない。だけど、許すことはできない。
「どうする…?私を…国家反逆罪で捕らえるか…?現国王と…親密な元王族を…。お前の地盤は…どうなるだろうな…。ああ、違う、憎しみじゃない…。どうするのかが、見たいんだ…」
「処遇については追って伝える。父上、ご退出を」
憔悴した王に代わってマリウスがデリア公爵へ言い放つ。その姿を見てデリア公爵の表情が崩れたように見えた。きっと笑ったのだろう。