45◆あまり驚かないでくれ
「よく来てくれた」
出陣のため装備を整えたマリウスが、やってきたメリーナにそう声を掛けた。まだ体も成長しきっていない少年のはずだが、貫録を感じるのはさすが王族だとメリーナは思う。しかし理由はそうではなく、中身がそれだけ修羅場に慣れているだけなのだが。
メリーナに用意されているのは物々しい馬車で、その周囲には王家の護衛騎士が付くという。一緒に乗り込むのは攻撃魔法の心得のある女性魔法術者とのことだ。
「今回は女性騎士の同行はしないのでそのようになった。だがデリア領に行くまでの道は安全なので安心してくれ」
「いえ、大丈夫です」
「詳しい話は馬車の中で魔法術者から聞くといい。…あまり驚かないでくれ」
「…はい」
マリウスの言葉にメリーナは身が引き締まる。きっと、想像を絶するような事態が起きているのだろう。自分の力はネックレスによって制御をされていたというが、制御を解除したらどの程度使えるのだろうか。試すのがぶっつけ本番になるのは心配だが、やるしかない。
メリーナが馬車に乗り込むと既に魔法術者はいた。帽子を目深く被り、そうして何故か学園で支給される戦闘演習用の服を着ている。
「…セ…っ」
メリーナが大声で名を呼びそうになると、魔法術者はその口を塞ぎ急いでメリーナを馬車へ引っ張り込んだ。
馬車の扉が閉められるとカーテンを掛け、人差し指を口元に当て『静かに』のジェスチャーをする。目元が見えなくたって、尖った顎も、口角の上がった美しい唇も、一目でセシリアだと解る。
「ちょっ…何をしてるの!そういえば今朝いなかったわ…!」
「出発したら説明しますわ」
馬車の中でヒソヒソと二人は言葉を交わす。メリーナはもう緊張などしていない。
間もなく討伐隊はマリウスの号令で出発し、外から誰に聞かれる心配も無くなってセシリアは説明を始めた。
「状況を端的に説明すると、アンデッド・ドラゴンがデリア領に現れて、マリウス殿下がそれを倒しに行きます。デリア公爵が戦った傷が腐食してきたのでまずは聖女の力でそれをどうにかできないか試したいって所よ」
「その前になんでセシリアがここにいるのか教えてくれない?」
「こんな状況だからアレス殿下ととっとと結婚して子供を産めって話になったのよ」
「え?なんで?」
「ああ、王家の事情とかはわからないわね。まあ、そういう話になって、言いなりは嫌だから私もアンデッド・ドラゴンの討伐に出ようと思ったの。倒しちゃえばそんな話は無くなるじゃない?」
メリーナにはどうしてアレスとセシリアが結婚することになるのかサッパリ解らない。王家や貴族の込み入った話を知らないので当然だ。だけど学園でのセシリアはどちらかと言えばマリウスと親密に見える。そしてマリウスの隊に同行するということは、やっぱりセシリアはマリウスがいいのではないか。メリーナは頭をこねくり回してそんな結論に達した。十代の少女の限界である。そうしてセシリアに力強く笑顔を見せた。
「うん、私、応援するね!」
「?ありがと…?」
話が楽で助かるが、メリーナの妙にキラキラした目は一体何なのだろう。
「アンデッド・ドラゴンって王族の魔法でやっつけられるのよね?」
「…そういうことになってるわよねぇ…」
アンデッド・ドラゴンは始祖の王族である魔法使いが打倒したのは全国民が知っている。そして再びその危機が訪れた時にはその血を引く王族が倒すのだと信じている。
だけど実際にアンデッド・ドラゴンが現れたのは大昔で、その間に魔物との戦いはあれど、兵や魔法兵士たちの戦い方を向上させてはきたが、王族が魔法でどうにかしたということはない。
できるわけがない、とセシリアは思う。いざそうなった時の備えをいつしかやめたのだ。
秘法の書は伝えても、王位継承の都合で伝達時期を変えてみたり、長い時間を掛けて伝言ゲームがおかしくなって、正しく伝わってないこともあるだろう。
だけどここで「できない」などと言えば王族の信用は地に落ちる。
「アンデッド・ドラゴンが現れた地に行くあなたには言ってしまうけど、恐らくアンデッド・ドラゴンを倒しただろうって魔法は、現代じゃ使えないっぽいのよ」
「え?」
「使い魔5体を生贄にするらしいんだけど、使い魔って何?って感じじゃない?魔木偶のことだとしても普通5は無理よ」
「えと…じゃあ、どうするの…?」
「これから考えるのよ」
セシリアから状況を聞いてさすがにメリーナも青ざめる。いざアンデッド・ドラゴンが現れたって王族がちょちょいのちょいでどうにかするものだと思っていた。それが実は手立てはありませんでした、というのは。
「…国民を騙してない?」
今まで信じて安心していた足元が揺らいだ気持ちだ。手放しにそうなのだろうと安易に信じていた物の中身は実はありませんでした、なんて酷いとしか思えない。
「国民を騙したことにしないためにも、何としてもアンデッド・ドラゴンをどうにかしないといけないわね」
「そうじゃなくて!手段があるって見せかけておいて実は無いって、この時点で騙してるわよ!」
セシリアは元々がアレスの婚約者で王子妃教育を受け、王族の重鎮であるカーン公爵家の娘として育ったのでつい王家側の視点になる。なのでメリーナの言葉にはっとした。もっともな意見である。
「そうね。つい丸く収めることばかり考えてしまったわ。ありがとう、視点が変わったわ」
「セシリアに騙されたって思ってるわけじゃないわよ」
「貴族、それも王家に近しい公爵家の人間に責任逃れはできないわ」
公爵令嬢という立場は今のセシリアには正直どうでもいいが、その土壌で生活をしているのだから義務は生じると思っている。なので、これはセシリアも聞くべき意見だと思った。
そして国民の全てが同じことを思うだろう。王家は国民の期待に応えるしかない。いくらその事実を隠し続けても長期戦になれば不信感を持たれるはずだ。
(私が悩む話じゃないんだけど…)
アンデッド・ドラゴンの件で下手すると王家の信用が揺さぶられ国が不安定になる。それだとマリウスの見た未来と同じではないか。
今回の生では好き勝手に生きようと思っているし、王太子妃なんて絶対に御免なセシリアだが、彼らのことがどうでもいいわけではないのだ。
「メリーナ、あなたの怒りはもっともだわ。きっとその問いにはアレス殿下やマリウス殿下が答えてくれるはず。でも手段がないという現実をまずは対応していきたいと思うの」
「…セシリアは立派よねぇ。わかった、今はもう言わないわ」
メリーナは納得したわけじゃない。王家がその体たらくで偉そうに聖女に貢献せよと命令をするのに怒りは感じる。だけどやるべきことがあるなら、まずはそちらに集中しようというセシリアの言うことも解る。現に何の関係も無さそうなセシリアが討伐隊に参加しているのだから、行動で示す友人にこれ以上文句は言わないでおこうとメリーナは思った。
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