40◆秘法の書
王家に伝わる秘法の書は、後世のために残しておいたというよりは本人の覚書のようだ。デリア公爵が使ったであろう結界については『エネルギー効率が悪い、要調整』なんて意味のことも記されている。
秘法というか、自分で開発した自分専用の魔法。どれも自らの血を起点として作っているので、本人の血筋、要は王家の者じゃなければ使えないわけだ。
マリウスの使った時逆の秘法はどんなだろうと、セシリアは唐突に書へ手を伸ばしてみる。
「ちょっと失礼」
「え、なにいきなり」
マリウスが書のページを捲っていたのに手を出し時逆の項目を探す。
『アンデッド・ドラゴンを討つために保険として使用、アンデッド・ドラゴンに対して対策が功を奏しなかった場合発動』
『二回が限界、さすがに寿命が惜しい』
マリウス王子は時逆の秘法は年齢を食われると言っていた。繰り返すたびに自分がやり直す時間が遅れて始まる。これによると、それは単にその遅れた一年分は寿命分を払ったということであるらしい。要は寿命が最初は100歳だったとしても、一回使うと一年遅く生まれ、同じ時に死亡するので99歳というわけだ。まあこの寿命も天寿を全うしたらであって、途中に事故や事件があればその通りなわけないのだが。
「マリウス殿下!作った本人が2回でやめてるのに、7回ってあなたなんてことを!」
「ちょっと待てセシリア!読めるのか!?」
「今はそんなこと重要じゃありません」
「十分重要だ。これは王族に伝わる文字なんだけど」
魔法使いが他の人に見られてもわからないように書いたものを、その子供は読み方を教わってずっと続いていたのだろう。
セシリアがこの文字を覚えたのは王子妃教育ではなく、カーン家での学習だ。これが王族に伝わる文字とは知らずに学習していたのだが。
「いつどこで必要になるかわからない言語だ、カーン公爵家の者であれば覚えるのだ」
そう言って幼いころに父から教わった。
王族に伝わる…確かにそうだろう。その昔セシリアの家のご先祖は王族だ。本来は王家から抜けた時点でこの文字も伝えないルールなんだろうが、忠義なカーン一族のことだ、何かの役に立つかもと良かれと思って伝えてきたに違いない。
「現にデリア公爵だって読めるんですよね?人の口に戸は立てられませんよ」
セシリアに言われ、マリウスは頭痛がする思いだ。
デリア公爵は今は王族ではないが、王族であった時に教えられている。そしてあの人なら面白半分に人に教えていてもおかしくない。そしてそんな王族が今までいなかった保証はない。
「機密保持が破綻している…」
「まあ、その辺は終わってから考えましょうよ」
この書にはアンデッド・ドラゴンを倒した時の手順のようなものは記されていない。あくまでその時に使用してみた魔法使いの自分専用魔法が書いてある。
「手順は記されてなくても、本人の使った順で残してある。ということは、後ろに書かれているものが決定打の魔法なんだろうね…困ったな」
書の一番最後の魔法は、魔法使いの使い魔五体を使ったものだ。その前段で使い魔の作り方も記されている。魔木偶の作り方と似ているが、錬成の工程を読むにテイストとしては禁呪とされてる黒魔術に近い。それを五体、供物として用意をする。
そもそも前工程の時点で途方もないが、これを読んで別の供物で試そうと思う者はいるかもしれない。
「マリウス殿下的にはどうですか?」
「前提を踏まずに代替え手段を用いる気はない。事故の元だ。やるなら使い魔を作る方から始めるよ。ただね、使い魔五体を使役してるなんてその時点で規格外の魔法力だと思うよ。魔木偶一体だって大変じゃないか?」
マリウスに問われてセシリアは演習を思い出す。実際に魔木偶の術式を用いたフォレックスを使っているが、それでも精一杯である。本職の魔法術者や魔法兵士の中には何体も使う者はいるかもしれないが、それだって結局は自分の魔法力を消費するので使いどころは考えなくてはいけないだろう。
「マリウス殿下、偵察隊が帰還しました。これより作戦会議を始めます」
扉の外から声が掛かる。王と一緒にデリア領に向かった隊の中から数名、アンデッド・ドラゴンの状況を確認し戻るという予定はその通りとなった。果たしてデリア領はどうなっているのだろうか。
「マリウス殿下、会議にご参加ください。わたくしはここで待機しております」
「作戦会議には限定されたメンバーしか入れない。すまないがここに居てくれ」
「疲れたら適当に廊下に出て休んでますのでご心配なく」
疲労困憊の有識者集団に混じった所でセシリアのことなど気にも留めないだろう。修羅場としか言えない場所に置いていくのは気にかかるが、そんな気遣いがセシリアには無用なのもマリウスにはわかっている。
部屋の中の書物は秘法の書以外の全てが廊下へ運ばれているので、作業をするのにこんな所にいてもしょうがない。秘法の書は王族にしか読めない。
そんなわけで今部屋の中にはセシリア一人しかいない。
セシリアは使い魔の項目を開き、作成工程を確認する。魔木偶と同じ基本構造だけど、自分から明け渡すものが多い。どういうことかと言うと、魔法力だけではなく、精神力や生命エネルギーなども必要なのだ。それで核を作り、上手くいけば本来渡したエネルギー以上に核が育つという。恐らく、魔木偶の作り方はここから簡略化させたものなのだろう。
「術式はやはり王家の血が起点…他に代用も可能だけど、血の情報を使うことによってこの長ったらしい術式を少しでも短くしてるのね。あまりに長い術式は間違うものね」
術式自体いくらでも長く組めるが、発動させることが不可能になっていく。同じ文字を書き写すにも文章が長くなれば書き損じの確率が上がるのと同じだ。その文章を100文字いるところを、血の情報で20文字程度にしているのだ。王族の血が重要なのも頷ける。
だがしかし。
「やってみたくなるでしょう、これは」
セシリアは胸元からスッと相棒のキツネのぬいぐるみを出した。その表情は国の一大事というには不相応に、なんともいたずら心に溢れていた。