38◆あなたはどうしたい?
「未来のカードは誰にもわかるものじゃないでしょう」
「そうだね。だけどさすがにトラップにでも引っ掛かった気分だよ。で、僕が言いたいのはね、セシリアは大人しくアレスと結婚をしてくれ」
「あら、あんなに私に求婚していたのに」
「状況が状況だからね」
マリウスは責任の前には自分の感情は二の次にできる。それを平然とやってのけるのはさすが長い間王になるべく生きていただけあるだろう。
だけど、だからといってセシリアへの気持ちを割り切ったわけではない。一瞬にして私欲は捨てても、想いが消えるわけではない。
「セシリアから、何かある?」
「…もし、マリウス殿下がアンデッド・ドラゴンに敵わないと思ったら、また時を戻すつもりでしょうか」
「もちろん、選択肢のうちだ」
「そうですか」
セシリアも背もたれに思いっきりもたれ、そのまま頭を上を向け体を反らせてガゼボの屋根の端に見える空を見る。
「で、マリウス殿下は本当だったらどうしたいんです?」
「なに?」
「自分の責任とか、王家の者としてとか、そういうの取っ払って考えたら、どうしたいですか?」
「実施不可能なことを考えるのは無駄だよ」
「そうでしょうか」
セシリアが反らせた体をガバッと戻しマリウスを見据える。その勢いの良さにマリウスは一瞬びくりとした。
「私、魔法を学んで思ったんですけど、魔法って『こうならいいな』を具現化したものなんです」
「まあ、必要に迫られて開発をしたんだろうね」
「そうです。だから何事もまずは『こうならいいな』が大事だと思うんです。『こうあるべき』よりも。それがないと何も始まりません。だからまずそこを言ってみてください」
『こうならいいな』は最初の設計図である。そこからああでもない、こうでもないと知恵を出し、実行していく。そうすると思った通りのものにならないことも多々あるが、材料が増える。セシリアはそうした営みであるべきだと考える。
だけど時間は限られており、そんなことをしている場合ではないのだ。
「言ってくれるね。そりゃあアンデッド・ドラゴンなんて片付いて、セシリアとアレスが婚約なんてふざけたことは撤回して、めでたしめでたしの万々歳が希望だよ!だけどアンデッド・ドラゴンを封じた結界には時間制限があるし、倒す手立てはこれから!じゃあ一体どうしたらいいっていうんだ!父上に駄々でもこねたらよかったのか!」
いつも冷静なマリウスが声を荒げて吐露する。
いつの日だって思っていた、めでたしめでたしの未来を見たいと。
だけどいつの日も自分の力が足りなくて崩壊の一途を辿ってしまう。今回は上手くいくと思ったとたんに、より酷い状況のルートに変更させただけだった。
「…君には、無事でいてほしいんだ」
恐らく、これがマリウスの一番芯にある心。
アレスと結婚することになろうが、また時を戻すことになろうが。
「アレスはね、本当に君のことが好きだよ。メリーナさえいなければ君をきっと大切にする」
「そんなわけ…」
「アレスの記憶を保持して巻き戻したことがあったと言っただろう。メリーナに絡めとられたのも、君を追い詰めて殺したことも覚えていて、僕はそれを今度こそ回避してほしかった…だけどアレスは死んだんだ」
「は?」
「自分の罪に押しつぶされて…死を選んでしまった。王宮の塔から飛び降りた」
あれは始めてすぐに終わらせた時間だった。マリウスの中で今までこれ以上の失敗はなかった。
メリーナの支配から抜けて振り返れば、アレスはなぜ自分があんなことをしたのかも解らない様子だった。そして自分が好きだったものを自分の手で壊した事実は絶望するのに容易いだろう。
「軟弱」
それを聞いてもセシリアの口から出たのはこの一言だ。これはマリウスもさすがに苦笑いをする。
「やられた当事者はそう言っても仕方ない」
「アレス殿下が好きだったセシリアはもう死んでいるんです。私はそのあと復讐に身を焦がしそれを果たした女ですので、アレス殿下とのことは、もう遠い。だから、そういうおセンチとかどうでも良くてですね、私は未来のことしか考えられません。自分が死ぬのも世界が滅ぶのも同じこと、もう二回私の世界は終わっています」
そこまで言うとセシリアは立ち上がり、少し弱弱しく見えるマリウスを見下ろした。
「なので、これから王宮へ参りましょう。アンデッド・ドラゴンについて知らなければ対策の打ちようがありませんわ」
「…君がそういう動きをしないように、僕は今日釘を刺しに来たんだけど」
「あら、ではマリウス殿下が名誉の戦死を遂げた後、無事にアンデッド・ドラゴンを打倒してアレス殿下とめでたしめでたしのハッピーハッピーになる、で構わないとおっしゃります?」
「いや…それは…」
万が一のことではあるが、そんなこともあるだろう。
「未来を作るにはまず動かなくてはいけません。マリウス殿下が失敗とおっしゃる繰り返しの先で私の人生が大きく変化しました。それはマリウス殿下、あなたがどこかで諦めてしまっていれば起きなかったことなのです。それに私がこうなるなんて、予測してなかったでしょう?」
「それは、そうだね」
「誰にもわからないんですよ。でも頑張るしかないんです」
セシリアの言葉を聞いて、マリウスはしばし考え込んだ。
「第二王子のご乱心」
「え?」
「…いざとなったらこれでいいか」
状況が上手くいかなくて、周りに迷惑を掛けまくって、どうしようもない状況になったとしても。もうこれでいいか。自分にはもう悪あがきしか残されていないのだ。
「行こうか」
立ち上がってセシリアの目を真っすぐに見たマリウスには、もう疲れた影は見えなかった。月明りだけではっきりとは見ることはできないが、纏う空気が変わったように感じる。
セシリアはそんな彼に会心の笑顔を見せた。見えたかどうかはわからないけども。