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36◆厄災

「叔父上が重体ですって!?」

「ああ…しかしそれだけではない。大変なことになった」


城の会議室には人払いがされ、王と二人の王子、そして王の側近が数名だけで、護衛騎士も扉の外で待機している。王は顔色は悪いものの、気丈である。気の置けない仲のデリア公爵が重体ということも大事件だと思うが、それだけではないというのは一体どういうことだろう。

この場にはセシリアの父親であるカーン公爵もいて、顔を曇らせている。父親としての評価はひとまず置いて、国造りをする人間としてはとても腕が立つ人物である。


「アンデッド・ドラゴンが姿を現した」

「え?」


戸惑いから出た言葉は、二人の王子から同時に発せられた。アンデッド・ドラゴンが一体何なのかを知らぬ者はここにはいない。その昔、この国を破壊し尽くした魔物だ。この国では冗談でも「アンデッド・ドラゴンが出た」など口にすることがないほど、恐ろしい厄災の名前である。

それを国王自ら言葉にしたということは、真実なのだろう。


「叔父上が重体…アンデッド・ドラゴンが現れたのはデリア領ということでしょうか」

「うむ、その通りだマリウス。サーハルトがデリア公爵家の軍を自ら率いて…王家の秘法を以て結界内に封じたのだ」

「叔父上…!」


自らの身を犠牲にアンデッド・ドラゴンの足止めをした叔父を思い、アレスは悲痛に顔が歪む。きっとここにいる者は皆そうだろう。

だけどこの中でただ一人、マリウスだけは違った。


『厄災の根を焼き払わなかったせいだ』


マリウスの固く握った拳が震えるのを、アレスは自分と同じ気持ちであると取った。


「叔父上の意識は」

「一命は取り止め、一瞬意識が戻ったようだが、今は眠り続けているようだ」

「そうですか…」


七回目にしてメリーナとデリア公爵の縁を断ち切り、最悪の事態は回避したかと思っていた。マリウスは己の甘さに反吐が出る思いだ。

諸悪の根源はデリア公爵だ。いくらメリーナを引き剝がしたとはいえ、元を絶たねばならなかったのだ。まだ何の咎もない叔父を陥れ、亡き者にしておくべきだったのだ。

王家の皆から信頼の厚い叔父に刃を向けるのであれば、下手をしたら国王すら敵に回すことになるだろうが。


(…どちらにしても、王家の中は滅茶苦茶になるのか)


「おい、マリウス聞いているか!」


自分の考えに意識を持っていかれていたマリウスはアレスの言葉にハッとする。


「…失礼しました」

「いや、仕方あるまい…この国と王家にとって一番起きてほしくない事態が起きてしまった。王家はアンデッド・ドラゴンを打ち倒すためにある。それが民との約束だ。お前たちには伝えていなかった秘法を教える時が来た」


マリウスは地下の無限に続くと思えた道を思い出す。あんな記憶ですら懐かしいと感じるのだから不思議だ。ひとかけらの希望を見つけに、藁にも縋る思いで歩いた廊下に再び足を踏み入れることになるのか。


デリア公爵の作った結界は有効のようだが、内側ではアンデッド・ドラゴンが暴れ狂っているために常に補強が必要な状態のようだ。魔法術者がそれに当たっているようだが、必要とする魔法力が莫大なため早急に王都からも派遣する必要がある。

だがそれも所詮付け焼刃で、この国の魔法術者の魔法力を吸われ続けていずれは枯渇すると見られる。術者の回復は追いつかないだろうとの見立てだ。

どの道、結界を解いてアンデッド・ドラゴンを打ち倒す他ない、が、どうやって。


「王家に伝わる書からその手掛かりを探すが、あの書物に書かれている魔法は始祖の魔法使いの血を持たぬと発動しない。なのでアレス、マリウス、我らが戦うことになるのだ」


他国との戦争や強力な魔物が襲ってきた時に戦うのは騎士や兵士だ。だが、アンデッド・ドラゴンだけは違う。あれと戦うのは王家の血を引く者の役割だ。


「そのためにまずはアレス、お前を立太子する。そしてセシリアを娶り子をもうけよ」

「は…?」


アンデッド・ドラゴンと戦うことに思考を持っていかれていたアレスは思ってもいなかった話に呆けた顔で父王を見る。


「時は一刻を争う。私の命の保証がない以上、次の世継ぎを任命しておく。本当はセシリアの判断を待ってやりたかったが…。マリウス、すまんな」


マリウスは瞬間、状況を理解する。王家の血を絶やすわけにはいかないのだ。どうなるかわからない以上、早々に妻を娶らせて血を繋ぐ必要がある。王としてはどちらを王太子にするかはまだ決めかねていたのだろうが、状況が状況なので元からそうなるだろうと皆に思われている方でいったのだろう。余計な軋轢に構っている暇はない。

そしてカーン公爵家から妻を娶るのは王の中でも決定事項、なのでアレスとセシリアというわけだ。


そしてもう一つの理由もわかっていた。


「確かに、魔法適正は僕の方がある。魔法実践の授業を受けていてよかったよ。アンデッド・ドラゴンとの第一陣は僕が行きましょう」

「マリウス!?」

「できれば僕で終わればいいんですけどね」

「まて!俺だって戦う覚悟はできてる!俺も王家の者だ!弟に先に敵陣へ行かせない!」


普段は詰まらぬ言い合いをしているが、アレスは心根の真っ直ぐな少年だ。ここでマリウスが消えてくれたらいいなど謀の一つもない。そんなアレスにマリウスは思わず笑う。


そうだったな、地獄のような王宮の記憶ばかりが残っていたけど、お前とは仲のいい兄弟だった。だからこそアレスを狂わせるメリーナにばかり目が行ってしまった。


「アレス、陛下のご決断だ」


マリウスは静かにアレスに言うと、納得がいかない表情ではあるがそれ以上の言葉はなかった。


「では、アンデッド・ドラゴンと婚姻の件はセシリアにも早急に伝えます」


カーン公爵の言葉に二人の王子は耳を疑う。アンデッド・ドラゴンの件を一介の貴族令嬢に伝えるというのか?


「いくらなんでもそれは…」

「カーン公爵家の娘として生まれたのであれば、王家と共にあることを自覚しなければなりません。これは陛下のご意向でもある」


どうもカーン公爵という人は、セシリアという娘を一つの人格ではなく「カーン公爵家の娘」という見方しかしないようだ。とても貴族らしいし、大抵はそれでも問題なくどこの家も回っているのだろうが、マリウスは冷や汗が出る。

カーン公爵は娘のキャラクターをあまりにも見なさすぎではないか。アンデッド・ドラゴンの話など聞いたらセシリアがどう出るか。

マリウスは演習場で炎をぶっ放すセシリアを思い出した。


…嫌な予感しかしない。

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