35◆魔法実践教室での雑談
「マリウス殿下、お城に帰られるんですか?」
清楚で可憐という形容詞がぴったりなメリーナがセシリアに問う。今は回復魔法の効率を上げるための補助魔法や道具を調べているらしく、席には関連の本が何冊も積んである。
「そうみたい、お忙しい方ですものね」
「もしかしてアレス殿下も呼び出されてるのか?」
そう言ったのはアレスの側近候補であるベイルだ。父親が魔法省の官僚であるので魔法研究へ進むつもりだったが、メリーナと授業を合わせるために変えてきたのだ。
他にもそんなことをする者がいそうなものだが、魔法実践は魔法を使う適性がそこそこ無いと難しい。選択したはいいが単位が取れないという本末転倒になりかねない。彼はこの学科を選択できるだけの魔法適性があるということだ。
このベイルはメリーナの親衛隊の鑑と言える男である。メリーナを好ましく思うのならば好意を伝えたりはしないのかとセシリアが何となく聞いたことがあるのだが、聖女とはあまりにも気高く尊い存在なので、自分は近くで何者からも守るのに喜びを感じると言っていた。なんとも都合のいいやつである。
ベイルもアレス側近候補の例にもれず顔面偏差値がいいのだが、聖女推しが過ぎるので最近は若干みんなから引かれている、が、本人は全く意に介していない。
今回のメリーナは自分を崇めてくる親衛隊を持て余しているようだが、ライラに相談した所「あんたの笑顔が何よりのご褒美ならいいじゃない、色々お願いしたら?」とニヤリと笑っていたらしい。メリーナを介していつか自分もお願いをしようとしてるのだろう、抜け目がない。
「帰ると言えば、私も家に帰ってこいってうるさいのよねぇ」
「セシリア、冬休みも春休みも帰ってないのよね?」
「ええ。家に帰っても両親は不在が多くて何を話すわけでもないし、自分のものは寮に揃っているし、帰る必要ありませんもの」
「…そうなんですか」
メリーナは寮の生活も楽しいが、教会でたっぷり過ごせる休暇も好きだ。最近では礼儀作法も身に付き、ワールズ子爵家でも振る舞い方も板に付いてきた。ワールズ家の人たちもメリーナに歩み寄ろうとしているし、そんな交流ができるのも休暇ならではだと思う。
セシリアは用がなければ実家へ行く必要がないという。それはセシリアの家族との人間関係がそうさせているのだと思うと、メリーナは少し悲しい気がするのだ。
「それに今はこっちの研究に忙しいですし」
セシリアがキツネのぬいぐるみを取り出すと、物体浮遊の魔法で机の上を走らせる。
「これをね、オートでやりたいのよ」
「あ、さっきフォレックスちゃんが炎で攻撃したのオートよね」
「まてまてセシリア、自動で動かすのは計算式を組み込むだろう。あのキツネはお前の魔法力が尽きるまで永遠に炎を吐き続けるのか?」
ベイルが驚いてセシリアに言う。あの火力の元は術者の魔力だ。本来オートは他のエネルギー元、炉のようなものに繋げてやるものだ。それを術者と繋がる魔木偶で、しかも消耗の大きい術で使おうというのか。
「今のところそうなっちゃうんですよね。特に回数制限も付けてなくて」
「魔力枯渇で倒れるぞ」
「一応今は一発撃ったら引っ込めるようにしてるんだけど、要対策。フォレックスちゃんが自分で状況判断をして動いてくれるようになるのが理想。実家なんて構ってられないの」
一体セシリアはどこに向かっているのだろうか。ベイルは眉間に皺を寄せて見る。公爵家の令嬢が魔法兵士になるはずもなく、こんなに個人の戦闘能力を上げてどうするのか。
それに自動で状況判断をして戦う魔木偶は魔法省でも以前から開発に着手はされているが実現していない。一介の学生にできるものでもないだろう。
メリーナのように癒しの力を向上させたいという崇高な理由なら納得もするし感心もする、とベイルは私情たっぷりに考える。
アレスからセシリアに好意があることは聞いている。ついでに言えばマリウスもセシリア狙いで、兄弟で一人の女を狙っているという。不毛なことだとベイルはため息を吐く。
ベイルはちらりとセシリアの顔を覗き見た。
確かに一分の隙すら感じさせない美貌だと思う。だけどそのあまりにも隙のない感じも、妙に強すぎる眼力も、自分の伴侶に…という目で見るとどうにも尻込みしてしまう。
更に魔法兵士に難なくなれそうな魔法の威力、もちろん成績も優秀で品行方正、有力貴族の子女たちを周囲に侍らせている女。これは淑女というより猛者ではないのか。
そしてベイルはメリーナに目を向ける。
花の咲いたような笑顔でセシリアの話に頷いている。やはり家に居てほしいのはこちらだ。
そしてそう考える男は多いのでベイルはいつも威嚇に余念がない。
自分がメリーナの伴侶になど恐れ多いが、メリーナがいつか思い人ができて、その相手が全人類が納得できるような立派な男であれば結ばれるのを見届けたいと思っている。王子に負けず劣らず不毛な男である。
(まあ、セシリアくらいになると公爵家とか王家とかじゃないと嫁入り先に向かないだろうな。他のところに行ってもその力を警戒されるだろう)
まあ、自分には関係ないか、とベイルは手元の本に目を落とす。
所詮自分は実行部隊トップ程度の侯爵家嫡男。遥か高みにいる人たちの好みなどわかるはずもないと思うのだった。
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