34◆3年生になって、それぞれ
セシリアとアレスとその界隈は三年生、マリウスとメリーナは二年生となった。
アレスは今回セシリアと婚約しておらず、メリーナにも心を奪われていないという状況で、言ってしまえばフリーである。セシリアへ婚約の申し込み中ということは王家とカーン公爵家だけに留めているので、アレス史上一番貴族からの令嬢の斡旋がヤバいことになっている。
王宮にいてもあの手この手で刺客のごとく令嬢を向けられ迫られているという状態で、アレスはそこから逃げ出すように公務の時以外は学園の寮に入り浸るようになっていた。そうなると側近候補たちや他の男子生徒との付き合いが密になっていき、傍から見ると学生らしい青春を謳歌しているようにも見える。
マリウスの方も同じような状況かと思いきや、立ち回り方が上手のようで外野からの猛攻で疲弊している様子はない。学年首位で美貌の王子であるが、いかんせん今はまだ背丈が足りずにアレスほどの女性人気はないが、まあ本人のやりやすい立ち位置をキープしているという所だろう。
忙しい身分であるには違いないが、隙あらばセシリアとの時間を持つようにスケジュール管理をしているのは流石である。
メリーナはというと、この一年で「THE 聖女」という感じに成長した。セシリアと切磋琢磨することで勉学も礼儀作法も習得にぐっと力が入り、品行方正で成績優秀な心優しい美少女の化けの皮をしっかり被って生きている。そしてまんまとアレス王子の側近候補たちはメリーナ親衛隊と化した。
メリーナの聖女の力は前回までの近くにいる人を知らぬ間に回復させているような滋養強壮の力はなく、代わりに回復系の薬品作りに強い力を発揮するようだ。薬草だけで作った回復薬も効果はあるが、それに聖女の力を付与するとてきめんに効果が上がるらしい。ただし、そういった道具を介した回復には絶大な効果はあるが、本人が掛ける回復魔法自体は平均的で、それを今後どう伸ばすかが目下の課題のようだ。
そうして、三回目の人生はただの貴族令嬢セシリア・カーンはというと。
「業火を我に授けよ!!」
ドスの効いた声が演習場に響くと、戦闘訓練用の装いのセシリアが物体浮遊の魔法で高く飛び上がり、頭上から炎弾を放つ。対戦相手の水魔法の上級生は、魔法属性的にはセシリアよりも優位であったのにも関わらず自分の水魔法の攻撃は炎の弾丸で蒸発してゆく。
「なんの!まだまだだ!出でよ、『ランドベル』!」
上級生が胸の前で陣を描くと、その中心の空間から現れたものがある。魔法術者が作ることができる『魔木偶』である。自分の魔力で動かすことができる木偶人形だが、これを作ることができると自分で動かせる手足が増えるので非常に便利である。
ランドベルと言われた水の妖精のような魔木偶は猛スピードで水魔法を繰り出し炎の玉を消し去っていく。本人と魔木偶が使うだけの魔法力があるということだ、並々ならぬ能力の持ち主である。
「セシリア、お前の炎の弾丸はランドベルが消し去るぞ!さあどう来る!」
「ホホホ、さすがですわ先輩。それではわたくしも」
空中から降りてくるセシリアが見下しながら笑う。そうして胸元から取り出したのは相棒のキツネのぬいぐるみだ。
「『フォレックスちゃん』!遊びましょう!」
セシリアが魔法力を込めると、キツネのぬいぐるみはみるみる大きくなっていく。
「これは物質拡大?魔木偶の応用?どっちだ!?」
「後者と、あとは企業秘密ですわ!」
可愛らしかったキツネのぬいぐるみは、如何にも獰猛な声を上げる。その姿はぬいぐるみのものではなく、キツネ形の魔獣のようだ。
「全てを打ち砕けフォレックスちゃん!地獄のフレイムストーム!!」
セシリアの声に呼応してフォレックスが大気を吸い上げそれを炎に変える。
上級生との演習を脇で見ているマリウスは「いやいや、地獄って」と突っ込みを入れた。そんな言葉はなくとも魔法は発動するのである。
フォレックスが口から炎を吐くと嵐となってランドベルに襲い掛かった。そうして壁となっている魔木偶が破壊された瞬間、セシリアが放った火弾が上級生を襲った。
上級生が直撃を食らったとたん、セシリアの魔法は砕け散ってキラキラとした光の粒になって消えた。生徒がケガをしないように、演習中はプロテクトが掛けてある。
「勝者、セシリア!」
審判がジャッジを下す。その瞬間、演習場からは拍手が沸き起こった。
「ったく、お前の悪役みたいな戦い方どうにかなんないの?」
「まあ先輩、わたくしそんなつもり全くございませんのよ」
先輩と握手を交わし、セシリアはフィールドから出た。どうも戦っている時は前回の悪役令嬢モードになってしまうようだ。マリウスはセシリアを手を叩いて迎える。
「いやー、今日もすごかったねセシリア」
「ふふふ、魔法術者になるべく日々精進しているまでですわ」
「今の活躍だと魔法術者というか魔法兵士だね」
「まあ、就職先の選択肢が広がりますわね!」
「ねー!」
最後に合いの手を打ったのはキツネのぬいぐるみのフォレックスである。セシリアの自演だ。会話の端々に「王家に嫁入りする意思はありませんよ」というアピールを入れるのはいつものことだが、マリウスはそんなものは聞き流す。セシリア本人の気持ちはもちろん欲しいが、今はそれよりも大事なことがある。
見事な演習を見せつけたセシリアに集まる熱烈な視線。よからぬ虫がつかないようにマリウスは一瞬の隙も見せないのである。セシリア自身が演習で見せる姿が恐ろしげであるので、声を掛ける勇気を持てる者はそういないのだが、あれだけ強くて目を引くセシリアが実は気安く話せるタイプだと解ったら厄介なことが増える未来しか見えない。現在セシリアを取り巻くのは二人の王子に聖女であるメリーナ、有力貴族の令嬢たちだ。セシリア本人も公爵家の令嬢なので距離を詰めるハードルは高いはずだ。
マリウスのそんな努力のおかげでセシリア本人は「家の都合の結婚話がなければ王族以外にモテない」と開き直っているが、マリウスには都合がいいので誤解を解くことはしない。大体王族にモテてるんだから満足してほしいものだ。
「マリウス殿下」
マリウス付きの従者が目線で呼ぶ。その雰囲気から人には聞かれてはならない話があるようだと察する。
「少し待ってくれ」
マリウスはそう言うとセシリアを教室まで送り、メリーナと合流させる。アレスの側近候補の一人がメリーナの側に居たいと選択を魔法実践に変えており、いつも一緒にいるのでそこらの男子生徒は下心を持って近づいたりはできないだろう。
マリウスは従者の元へ行くと、王からの使いの者が硬い表情で立っていた。そうして至急話があるとのことで王宮に召集されることになったのだ。
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